新生日本海軍のはじまり
それから一週間、二人はうみゆきに戻っていた。正宗は、いつもの厨房で。美奈子は、CICにいた。
中国との戦争に勝利し、日本に正式な日本陸海空軍が誕生しても、平時においてやる事は有事の時と大差なかった。
自衛隊が、日本軍に変わっても、国防という一点において、刃を磨いて備えておくという方針に何の変化もなかった。現場隊員にとっては、大きく変わったという認識も一切なかった。これは、言葉遊びに過ぎないという幹部も居たくらいである。そういう認識の兵士は多かった。
海軍の大幅な増強により、横須賀基地も増設される事になった。兵力が多いとその分、維持費がかかる。それはいつの世も変わらない。
兵士が増えても、名前が変わっても、自衛隊での伝統や文化はそのまま残った。そうする事で、現場の無用な混乱を避ける狙いがあったのだろう。給養員が、飯を作るのも、CICの兵士が、模擬戦闘により戦闘訓練をしているのも、全ては有事の為である。日本が、島国である以上、外敵から身を守るには海軍力の強化は必須である。
それに併せた陸軍力、空軍力のバランスが大切なのである。バランスの悪い軍隊では、壊れた機関銃で、戦地に行くようなものである。効果的な戦闘とは、戦力の均衡が大切なのである。偏りがあっては良質な軍隊とは言えない。
それは本来、防衛大臣や幕僚級幹部が考える事なのだが、国家防衛という大任を果たす為には、無作為に行き当たりバッタリの政策では、文民統制にしても、それは意味がない。
正常な国の軍隊というものは、やるべき事をきちんと明確にした上で、各員が暴走しないで機能的になる事が理想であるだろう。それは日本海軍とて同じだ。大義名分というような精神論は必要ではない。ある程度の倫理観は必要かもしれないが、それに傾倒し過ぎるのは、良くない。
人員の増強だけでは、強い海軍足り得ない。必要なのは最新鋭の艦船と、それに順応出来る人材の二つである。どんなに高い最新鋭の艦船があっても、人材がいなければ、只のオモチャである。最新鋭の兵器を、最高の人材が操る。それで初めて戦力と言える。まだまだ、新生日本海軍の歴史は始まったばかりであるが、旭日旗のみが威勢よくひらめいている。




