愛する息子への父のスピーチ
正宗は、初めて父の店の味を堪能し感動していた。それを押し殺して努めて普通の表情を作り出すのが、精一杯だった。早く父に会って美奈子と孫を紹介したい。この二つの気持ちで、正宗の心は、溢れそうだった。
縁もたけなわ御開きかというタイミングで、正宗の待望の人物が現れた。
「皆様、本日の結婚披露宴用の特別コース料理は如何でしたでしょうか?」
と言うと、マイクを持ち直してこう言った。
「新郎新婦の人生の門出にカレーで締めたのは訳があります。人生はデザートの様に甘くとろけるようなものではありません。スパイスの効いたカレーの様に刺激的で、険しいものであります。二人は自衛官という職業についておられるそうですが、国を守るという事は一人では、成し遂げられません。他部隊や他地域の隊員と共に行う協同作業であります。そういう意味では、国防も結婚も協同作業という点で共通しています。一方通行のコミュニケーションでは、決して良い結果は得られません。私のいつものコース料理では甘いデザートで締めます。でも今回はカレーを〆に持って来ました。それが私から新郎新婦に送るメッセージなのです。辛すぎても、スパイシーなだけでも、駄目なのです。調合比率を上手く調整するのが、良き夫婦生活の第一歩なのです。恥ずかしながら、この私も結婚をし、子供をもうけました。その子供が、新郎の正宗です。私は誉められた親ではなかったですが、夫婦関係はしっかりしていた方だと自負しています。その私が、夫婦関係をカレーに例えるのでありますから、間違ってはいないはずです。良いスパイスの黄金比率を探る事から二人の一歩は始まります。長くなりましたがル・ジャポネ・フィアゼの総料理長として、私のはなむけの言葉として返させて頂きます。本日はありがとうございました。」
大拍手喝采であった。スピーチの上手さもさる事ながら、TV慣れしたその威厳は正宗にはないものであった。
正宗はよくしゃべくる父を初めて目にしたが、父の言葉は嬉しかった。
美奈子も、義理の父がこんな有名人だったという事に驚いていた。
こうして、二人の結婚披露宴パーティーは大盛況の内に終わった。ル・ジャポネ・フィアゼ関係者への挨拶もそこそこに、父と少しだけ会話が出来た。
「父さん、今日はありがとう。」
すると父は、一言、
「おめでとう」
と言ってくれた。正宗はその5文字に今までのギクシャクした関係を解消するメッセージ性を感じていた。この会話が、きっかけとはいかなくても、父との仲を改良する方向に向かえば良いと、思っていた。




