日本国憲法9条改正
ところで、黄海沖での2回に渡る海戦と、アメリカ軍の後方支援任務は、自衛隊にとって初めて経験する有事であった。
これを受けて、日本国内ではアメリカ軍のおかげで勝ったものだと、軍備拡張を訴える声が多く上がり、自衛隊の評価は専守防衛の下、よくやったという声と、そうではないという声に二分されていた。
ただ、政府の動きは迅速であった。自衛隊法を改正し、自衛隊員を現行の25万人体制から75万人体制に拡充する事を発表。中国の没落し始めたを言いがかりに自衛隊を無闇に増強した。特に海上自衛隊と航空自衛隊の増強が、顕著であった。
戦力の内訳は陸上自衛隊が、微増の約30万人。海上自衛隊は25万人、航空自衛隊を20万人まで、増強した。
この戦力増強は国内の批判を大いに買ってしまった。だが、この戦力増強は日本政府の反省が、生かされていた。少ない戦力では、日本の主権を守ることはおろか、自衛隊員を悪戯に危険にさらすだけである。
今回の防衛出動で、自軍や遊軍の犠牲を目の当たりにした霞が関の背広組も政治家も、今度ばかりはやむを得ない。そう認識をしていた。
非核三原則は堅持するも、日本国憲法第9条の改正に、重い腰をあげる事になった。これを期に自衛隊という曖昧な部隊名ではなく、日本陸海空軍に改めることも、改正案に盛り込んだ。
だが、シビリアンコントロールという大原則は変わらず、最終的な軍事作戦の最高指揮官は、時の内閣総理大臣に任せるという点は変わらない。
ただ、現場で足枷になるような自衛隊法を廃止し、陸海空三部隊にそれぞれ独自のネガティブリストを作成させ、やってはいけない事を明確化して、それ以外の事は、現場の部隊長に判断させる。というスタイルに変えた。
それと同時に海上自衛隊がベースとなった新日本海軍のなかで、陸上自衛隊の水陸機動団とは別に、二個師団相当の海兵隊を設立。モデルはアメリカ海兵隊とすることが決定した。
だが、この規模のアメリカ型の軍事組織になるためには、国民投票で、過半数以上の国民の支持者が必要で、国会の衆参両院の三分の二以上の賛成が必要だったが、デジタル化された現代の戦争は、第二次世界大戦の時と違い、国民はこの戦いをライブ配信やテレビのニュースで、毎日のように見ていた。
国民投票の結果約80%の日本国民が、憲法改正に賛成し、与党が三分の二以上を占める衆参両院でも条件をクリアした。
アメリカ型の軍備拡張はこうして、容認された。この瞬間、日本はアメリカに次ぐ世界第二位の軍事大国になった。




