パクスアメリカーナ
ロシアも講和会議に参加し、予後を上手く過ごそうとしていた。ロシア陸海空軍は、アメリカ主導の元、中国の様にアメリカナイズされた軍隊に変容を遂げる。
日本や欧州各国の間で起こっていた領土問題も、50:50で譲歩することになってしまう。だが、ロシアも地域大国として、新たな船出をすることになる。
新政権は、日本や中国に非常に友好的な国となる。安定的な大国として、モデルチェンジ出来たのは、中国に比べて制裁が甘かったからである。
国土のダメージもほとんどなく、復興は中国に比べて早かった。
引き続き世界最大の面積を誇る国として、アメリカとの競走から、共存の道を探ろうとしていた。アメリカに勝とうとしていたのも今は昔。軍事力でアメリカに敵わない事は、今回の戦でよーく分かった。
だが、ロシアは経済成長率二桁の今や経済大国になろうとしていた。ロシアと中国2つの国に共通していたのは、日本が第二次世界大戦後に経験した、占領と反日教育のような、あからさまな制圧行為こそなかったものの、軍備を調整されアメリカナイズされた上で、経済を成長させ国民に豊かさを与えるというモノだった。
ここに、アメリカの政治のしたたかさと上手さがある。これだけ国土を広く、人口数も多い2つの大国と、日本のような占領政策を当てはめるのは、無理がある。そういう意図が隠れているのである。
日本はそれを見て、自分達も中国やロシアと同じ様にされたと、強く感じたはずである。アメリカに敗れた敗者が経験するのは、一次的な高度経済成長である。それに加えて一次的な民主主義も流入してくる。
それも全てはアメリカの思惑となり、強者の倫理観が心を寂しくさせる。強者の思い通りにやるせない気持ちを持っていたのものの、どうする事も出来ない無力さに、山島田はうちひしがれていた。アメリカの極東アジア地域の軍事プレゼンスは、こうして高まっていった。
敵を叩いて牙を抜く事で、落ちていた国力でも何とかパクスアメリカーナを持続させていたのがアメリカ軍である。同盟国の輪を中国、ロシアにまで増強したこの三大勢力による、アメリカの国益に添った振る舞いにも注目だろう。
アメリカの帝国主義はこうして完成形に向かいつつあった。日本としては、同盟国が隣国に増えたと安穏とはしていられなかった。




