第三次世界大戦の前触れ
映像でしか聞いた事のない様な、艦砲射撃の音が、耳をついた。もちろん、迫力どころかリアルな感じは映画の比ではなかった。
「ドーン、ドーン」
「スダダダズダズダスダダダーン」
くらゆりは必死で逃げた。佐世保基地まで行けば、味方の援護があるはず。
しかし、くらゆりは二発被弾しており、航行するのもやっとだった。
早朝という事もあってか、くらゆりへの救援は迅速だった。尖閣諸島で追っ払いを担当した四隻の護衛艦と入れ替わる様にして、呉基地や舞鶴基地から、三隻の護衛艦が直ぐ様現場海域に到着。くらゆりの救出にあたった。
「総員退艦。」
の命令が出され、くらゆり周辺には脱出用のゴムボートが大量に出現した。ここは戦場である。そう、彼等に感じさせたのは、そのゴムボートを狙って追ってきた中国海軍のフリゲート艦から、迫撃砲弾が撃ち込まれた事であった。
運良く被弾する事はなかったが、現場は騒然とした。
海上自衛隊第5航空群(那覇)所属のP-3C対潜哨戒航空機二機が、哨戒ではなく、中国海軍のフリゲート二隻を沈めるため、直ぐ様対艦ミサイル2×2発を発射。それぞれ二発が中国海軍のフリゲートに命中。一隻は沈没、もう一隻は水上火災が発生。これで、彼等は攻撃不能となった。
護衛艦くらゆりの乗組員は死者なく救出されたが、中国側は死者305人、行方不明多数と、甚大な被害を出した。
戦果で言えば、日本の勝利と言えるが、護衛艦くらゆりは、曳航途中で沈んでしまった。朝になり、報道機関に、尖閣での軍事衝突のニュースが飛び込むと、その頃には事態は収束し、部隊は撤収していた。
この事態を重く見た中国共産党は、政府を通じて怒りの声明を発表した後、日本国に対して宣戦を布告した。日本側は既にその覚悟は出来ていたし、米軍と共同で対中国との戦争に臨む事になった。
米国は、当然の事ながら、日本を支持してきた。韓国と北朝鮮は、中立の立場を表明。米国は今回の戦争の原因を作ったのは、国際法を無視した中国側に否があると、主張した。ロシアは中国側を支持。英国と、ドイツは日本側を支持。フランスは、第三次世界大戦になるのを恐れ、中立の立場を打診してきた。
東西冷戦を彷彿とさせる対立構造に、結果としてなった。自衛隊としては、内閣に速やかに防衛出動を再度発出するよう、統合幕僚長安立武から、内閣総理大臣戸部寛三に申し入れがあった。
だが、日本政府としては、何としても戦争は避けたかった。外交筋での、中国共産党への働きかけを続ける方針だったが、中国政府はこれを無視し、中国共産党人民解放軍の総力を結集し、日本を叩く事にした。
この事態を重く見たアメリカは、第7艦隊所属の原子力空母ドナルド・シーガンに加えて、二隻の原子力空母を黄海と尖閣諸島に派遣、万全の態勢を整えた。




