卑劣な挟撃
護衛艦五隻を現場海域に派遣。陸上自衛隊の水陸機動団を乗せて、狭い尖閣諸島に浸入してきた海上民兵を排除すると、政府が決めたのは、海上保安庁の通報からわずか30分後の事であった。
佐世保基地所属の艦艇が四隻、そして、うみゆきは、陸上自衛隊特殊作戦群50名の精鋭を連れて、直ぐ様現場海域にスクランブル(緊急発進)した。
今回の上陸部隊排除のメインとなるのは、この50名の中央即応集団隷下の、日本最強の特殊部隊による作戦だった。2006年に発足以来防衛出動するのは、初めてであった。
現場海域に到着するまでの数時間の間に、50名分の戦闘糧食を作る事になり、山島田をはじめとした給養員は、必死で作った。米を炊け、日持ちのする漬け物をいれろ。うみゆきの艦内の厨房は、フルスロットルで稼働した。
50名の陸自特殊作戦群の隊員全員に、戦闘糧食が行き渡る頃には、戦場になるであろう尖閣諸島に到着していた。
先着していた、四隻の護衛艦は、陸自隊員のピストン輸送の準備を終え、うみゆき待ちの状況だった。P-3Cによる、上空及び周辺海域の哨戒も、同時に行われていた。ここまで来れば、役者は出揃ったも同然。後は精鋭に任せるだけだった。
佐世保基地所属、護衛艦きりさめからの情報によれば、二隻のボロ舟で、民兵のふりをした中国海軍兵士が100人程上陸したという。武装はしているのか、していないのかその時は分からなかったが、近くには中国海軍のフリゲート艦艇二隻が確認されている。その為、軽武装はしていると考えられる。
陸上自衛隊特殊作戦群隊長の山井武彦二等陸佐(48)は、班を二つに分けて、静かに作戦を開始する、状況によっては敵兵の殺害もやむなし。許可を出した。
だが、結局この時銃弾が、尖閣諸島で飛び交う事はなかった。上陸した中国海軍兵士は、武力の差をすぐに察知。人民解放軍(陸軍)の助けがなければ、勝負にならないことが分かると、直ぐに、投降し、海上保安庁の巡視艇に連行されていった。
流血の事態にならず、一安心と行きたい所であったが、上手く日本に対応されてしまった中国側の心境は穏やかではなかった。その証拠に威嚇の為のフリゲート四隻(東海艦隊所属)を、日中中間線を超えた所まで待機させていた。
最早、日中は一触即発の事態になっていたと言える。在日米軍も、日本の自衛隊も、この時は、まだ大きな武力衝突が起きないとタカをくくっていた。
阿部防衛大臣が、防衛出動の命令を解除し、部隊の撤収に当たっていたその時、現場に最後まで残っていた護衛艦くらゆりが、中国海軍のフリゲート艦二隻に挟み撃ちにされ、交戦状態となった。という情報が、総理官邸に入って来たのであった。




