誕生 海上自衛隊
海上自衛隊が誕生したのは、サンフランシスコ平和条約発効直前の1952年4月26日の事であり、海上警備隊として設置された。
1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発。その際に帝国海軍関係者が、GHQ(連合国最高司令官総司令部)と米極東海軍に、局地紛争に対応出来る小規模な海軍を再建してはどうかと、提案したのがきっかけであった。
それに対して日本に、最低限度の海上部隊設置を認める事で、極東地域の沿岸警備能力を強化出来ると、米極東海軍も賛意を示した。
ちなみに、当初の定員は、6000人強で、幹部の99%と下士官の98%以上が、帝国海軍出身者であった。
1951年、GHQからフリゲート艦10隻、大型上陸支援艇50隻が譲渡され、受け入れ体制の整備が指示され、1952年4月26日には、運輸省(現在の国土交通省)の外局にあたる海上保安庁の機関として、海上警備隊が創設された。
さらに、同年8月1日に総理府の外局として、保安庁(現在の防衛省)が創設されて、警備隊となり、1954年7月1日、防衛庁設置法と自衛隊法の施行に伴い、海上自衛隊となった。
その為、帝国海軍出身者の多かった海上自衛隊は、帝国海軍の色を濃く残す事になった。施設や港湾も、帝国海軍時代から使っていた物をそのまま使用したため、新しく出来た航空自衛隊や、陸上自衛隊に比べると、少し異質な内部のムードはあったかもしれない。
憲法9条との兼ね合いから、核兵器や攻撃的空母の保有は許されず、原子力潜水艦や原子力空母の保有も禁止された。
だが、今その憲法解釈はねじり曲がり、国民の生命財産保護という名目の元、ヘリ空母を持ち、ハイブリッド潜水艦を持つまでに至っている。
足枷になるくらいなら、憲法は変えるべきである。日本国憲法が、アメリカ人によって作られた事は、百歩譲って良しとしよう。だが、必要なだけの、人員と装備を確保する事は、一人前の国家ならば、当たり前に成されるべき事であり、戦う前から負けてしまうような、国にはなりたくない。国民を守る事にお金を出し惜しみしていては、守るものも守れない。
それは、山島田ら、現場レベルの自衛官は思っていた。出来る事と出来ない事の線引きは、現場判断になる事も、多々あり自衛官として彼らが出来る事は、そう多くはなかった。




