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カレーなるNAVY ~7日に一度のお楽しみ~  作者: 佐久間五十六


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海外派遣 インド洋

 当時も今も世界最強であるアメリカ海軍での生活は、あっという間に終わった。山島田の感想は以下の通りであった。

 「これだけの装備と人員がいれば、世界一なのもうなずける。しかし、こと、アメリカ海軍の飯は不味い。スコッチャム一等軍曹には傷付くと悪いから、言わなかったが、給養員のレベルなら、日本の海上自衛隊の方が上だな、と。」

 そう苦言を呈して、日本に帰国した。今から10年以上前の話である。帰国してまず思ったのが、うみゆきは、"小さい"という事であった。それは、今でも鮮明に覚えている。

 横須賀地方隊では、最大規模のうららでさえ、基準排水量は、原子力空母イズワルドの半分程であった。それは一種のカルチャーショックであった。だが、この訪米を機に非エリートだった山島田の給養員魂に火が付いた。

 あんな不味い物を食べていては、アメリカ海軍に入隊する人間も少なくなる訳である。そんな原子力空母イズワルドでの経験が、彼を術科学校を首席で卒業させる結果となる。

 そして、部隊に戻って来た頃には、うみゆきで海上自衛隊一の飯を食わせるまでに、成長していた。とここまでは、以前にも少しだけ紹介した。

 海上自衛隊での生活が、10年を迎えた頃で、あろうか。9.11が発生し、テロ対策特措法に基づく海外派兵が始まった。うみゆきは、インド洋に派遣される事が、閣議決定された。という事にも、少しだけ触れた。

 その当時、寺倉三等海曹は学生だったし、若杉一等海曹は、新米も新米。二等海士から一等海士に昇任したばかりであった。

 当時の艦長は、現在の森滝一佐ではなかった。貝沼太郎一等海佐(当時)が、艦長であった。

 うみゆきの任務は、アメリカ海軍を中心とする多国籍軍の一員として、補給艦ちごらの給油を護衛する事であった。日本から遠く離れた遠海での活動であったが、足掛け2年に渡る任務を無事こなし、うみゆきは錬度の高い優秀な艦として、高い評価を受けた。

 危険な目に遭う事もなく、無事計500回以上の給油を護衛した。これは艦内の意識も高くなったし、自信にもなった。この間、山島田はカレーをアレンジしたり、毎日のご飯も飽きさせない様に創意工夫を凝らした。7日に一度のお楽しみは、艦長から、直々に命令を受けており、その通りに行った。

 トマトチキンカレーは、もちろんの事、ポークカレーやビーフカレーも作った。和風、洋風、キーマ風、野菜にシーフード。様々なカレーに挑戦して隊員を飽きさせない工夫をした。

 ストレスフルかつ、過酷な気象条件下で働く隊員達を大いにバックアップしたのである。

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