お誘い
「山島田三等海尉とは君かね?君がうららの調理責任者の給養員長かね?」
阿部防衛大臣は続けた。
「君はどうして、カレーにトマトを混ぜようと思ったのかね?」
周囲の制服組は固唾を飲んで、見守っていた。
「完全にアレンジですよ。なんとなくカレーってしつこいじゃないですか?だから、さっぱりさせる為に使い出したのが原点です。ちなみにうららではホールトマトの缶詰を使っています。」
海幕の連中も、阿部防衛大臣と山島田の会話には、ヒヤッとしたことだろう。艦上レセプションは、こうして何とか無事成功裏の内に終わった。
後日、海幕の広報から呼び出しを食らって、厳重注意をされたのは仕方なかった。山島田は停職3日の処分を受けた。が、それを聞いた阿部防衛大臣が激怒して取り計らってくれたおかげで、停職にはならずに済んだ。
シビリアンコントロールで、自衛隊のトップは内閣総理大臣であるが、防衛大臣はNo.2として事実上の自衛隊トップとも言える閣僚であった。内閣総理大臣が防衛上必要な決定をする際、助言を与えるのは防衛大臣の役目である。他の閣僚とは、少し重要性が異なる。
話はそれたが、背広組トップの阿部防衛大臣の助けもあり、山島田は、何のおとがめもなく、うららでの勤務に戻った。
「寺倉三等海曹、今夜1杯付き合ってくれないか?」
山島田は久しぶりに寺倉美奈子三等海曹を飲みに誘った。
「自衛隊員として行くのは、お断り致します。」
寺倉美奈子三等海曹は、面と向かって言った。
「それは、どういう意味?」
山島田は、不器用だから分からなかった。
「一人の女性として見て下さい。」
山島田は、困った様な顔つきで、こう言った。
「俺が、君を誘ってる時はプライベートだから、一人の女性として見てるよ。」
流石は、百戦錬磨の叩き上げ士官だった。入隊して2~3年目の新米下士官(寺倉美奈子三等海曹)を何も言い返せなくした。それだけではなく、自分が好意を抱いている事も、吐露してしまった。
「何時ですか?」
寺倉美奈子三等海曹は、観念したように時刻を聞いた。
「ヒトキュウマルマル(午後7時)正門前だ。」
寺倉美奈子三等海曹は、戸惑った。今日も隊員クラブだと思っていたからだ。そう、山島田は基地外の施設で、飲もうと言うのである。土日だから、明日は日本が災害もなく、ミサイルでも飛んで来ない限り仕事は休みだ。今日のこの日に、山島田は寺倉美奈子三等海曹にどうしても話をしておきたい事があった。
私服姿の山島田は意外とお洒落だった。それは、寺倉美奈子三等海曹も同じだった。彼女も年齢から言えば、女子大学生と同じ位である。
「何が食べたい?」
開口一番に出た質問に、はっとした寺倉美奈子三等海曹は、思わずこう言った。
「ラーメン」
と答えて笑われた。でも、握ってくれていた手は真剣だった。




