10日後の金曜日 艦上レセプション
その日は、突如訪れた。
安部強防衛大臣と、九村一太総理補佐官も出席して行われる、観艦式の日のおもてなし料理をうららで作ってくれないか。というものだった。
安部大臣や九村総理補佐官の意向で、海軍カレーが食べたいという事もあり、20人前並のカレーを作らなければならなくなった。
山島田は、若杉一等海曹に相談した。
「いつものトマトチキンカレーじゃ正式な海軍カレーとは言えなくないか?」
「マサさんらしくないじゃないですか?」
「どういう意味だ?」
「形とか伝統にこだわらないのがマサさんらしさじゃないですか?」
「それはほめてるんだよな?」
「いや、いつものマサさんなら、自分が最高に自信持っている、トマトチキンカレーを、何がなんでも出すぞ!って言うと思って。」
「観艦式だからって緊張しているのかな?」
寺倉三等海曹が、上官への発言の仕方とは思えない様な言い草で、若杉一等海曹と山島田の会話に割り込んで来た。
「それはそうかも知れんなぁ。」
山島田は気にする事はなく会話を続けた。
「今回の艦上レセプションは、うららで行われるそうですね。」
寺倉三等海曹が、話を最初に戻すかの様な口振りで、言った。
「でも、マサさんこういうのはお手のものじゃないですか?少なくとも、自分は慣れないポークカレーや王道のビーフカレーより、いつものトマトチキンカレーがベストだと思います!」
「いつもどおりは大切ね。ところで、今日の昼飯まだ?」
明らかに下士官が士官に対して発言する言葉遣いではなかった。
「はいよ。今日の昼飯は海鮮丼だよ。」
若杉一等海曹が寺倉三等海曹に昼食セットを持って来た。
がつがつと寺倉三等海曹は、胃袋に海鮮丼を流し込む様は、男性隊員と変わらない。
「お前、お嫁に行けんぞ。」
若杉一等海曹は、寺倉三等海曹に忠告する様な口ぶりで、言った。
そう言われた寺倉三等海曹は、山島田をジーっと見つめていた。まるで、貴方か私をもらってくれるわよね?と言わんばかりの目付きをしたが、山島田は鈍感で全く気付いていない。
「で、レセプションの日程は?」
さりげなく寺倉三等海曹が若杉一等海曹に聞いた。
「10日後の金曜日だ。」
「よし、新メニューに挑戦をしてる余裕は無い。トマトチキンカレーで行く。若杉一等海曹、寺倉三等海曹有り難う。」
山島田は自室に戻った。
「寺倉三等海曹、お前なんか役に立つ事言ったか?」
「いや、別に。」
「何だかマサさん吹っ切れたみたいだな。」
「ああ、そうだな。給養員じゃない若い女性隊員に、鞭打たれてやっと目が覚めた感じ。あ、食器は流しに入れといて。ありがとな。マサさん、士官に昇格して臨む初めての大舞台で緊張しているんだよ。じゃ、また。」
そう言うと若杉一等海曹も自室に戻った。
海上自衛隊の艦の中では、プライベートスペースは、狭い自室くらいのものだ。下士官や兵の場合は三段ベットとロッカーがあるだけ。私物は必要最小限度の物しか持ち込めない。個室というプライベートスペースがあるのは、せいぜい艦長くらいのもので、士官クラスの人間も二段ベットが当たり前であった。




