トマトチキンカレーの虜になった人
「スマートで目先が利いて几帳面負けじ魂これぞ船乗り」という、海上自衛隊のスローガンがあるのだが、山島田は、それを改良したものを自らのスローガンにしていた。
「トマートで手羽先入れて炒ーめる辛口魂これぞカレーマン」カレーマンシップとでもいうのだろうか?
術科学校時代に叩き込まれたトマトチキンカレーが山島田の十八番であった。数ある海上自衛隊のカレーの中でも、トップクラスであるこの味を週に一度は食べられる、護衛艦うみゆきの乗員は幸せだった。
この酸味と辛味のバランスが、絶妙でほのかなトマトの甘味が、辛味を痛くしないでくれるものだった。また、カロリー控え目のこのメニューは、女性隊員の評判も良かった。
海士長の寺倉美奈子二十歳も、そんな山島田のカレーのファンであった。寺倉海士長は、入隊二年目の新米隊員であり、ノンキャリだった。女性のノンキャリは、ほぼ下士官止まりのまま退官してしまうのがほとんどであった。
だが、寺倉美奈子海士長は、この階級にしておくには勿体ない程の実力があった。部内幹候(幹部候補生)に受かるだけの知識と、実力はあった。艦長を夢見る二十歳の初初しい乙女は、水雷長指揮下の対空戦闘を任される、期待の星であった。
護衛艦で最も大切なのは、言うまでもなくCICであった。その位置に信頼の置けない人間を置いたりする幹部はいない。そういった所からも、彼女の期待度は高かった。
男社会と思われがちな軍隊であるが、現代の民主的な国家の中の軍隊というのは、男女平等でないと駄目なようである。
女性など皆無だった帝国陸海軍時代には有り得なかった光景である。流石に女性の海上幕僚長は出ていないが、今後は出る可能性があると言える。
だが、やはり国防の基本は男のものという考え方は、万国共通にあるようで、大切な部所には必ず男性が付くように暗黙のルールがある。
島国である日本人にとって、海の防人は必要不可欠な存在である。海軍の抑止力は、国家にとってどこまでも防御的なものである。というのが、帝国海軍以来引き継がれてきた。
話がそれたが、寺倉美奈子海士長は、そんな気を使う部所で働いてきて、腹が減り、毎日の食事が非常に楽しみだった。
海上自衛隊一の飯が食える事を知ったのは、教育隊を終えて、最初に配属された護衛艦とわゆりでの事だった。ここでの飯があまりにも不味くて、転属届けを出して、それが受理されて護衛艦うみゆきに配属になったのが、一年前の事だった。




