渓谷境の幻獣探し
渓谷地帯を境にして、二つの国がある。厳しい崖道が間にある故に国交は閉ざされ、互いに干渉することもなかった。
しかし、谷間を流れる川岸に、古より伝わる知恵と命を授ける幻獣の捕獲を目的に人員を渓谷へ派遣した。探しあう過程でそれぞれの国の者が相対すると我先にと捜索活動を押し通し合い、いがみ合いから闘争へと勃発寸前であった。
一方の国から、1人の医者が山を登り上がった。彼は王室の専属医であり、自他共に認める国最高の名医であったが、そんな彼でも王を侵す病には現状「不治」と言わざるをえず、渓谷を歩いて回っているという不死身の幻獣を探しに登山するのだった。
名医は山から川岸に下山すると雨宿り出来る場所を見つけ、そこに野宿の用意をした。初めの数日は、幻獣の目撃情報を元に辺りを捜索していたが、数日経つと焦りと名医である自分が何故こんなことをと思う情けなさから、気が触れたかのように毎日果物の香水を身体に吹き掛け、可愛らしげな女物の衣服を着て一日に数回川岸を歩いて回る。
ある晩、名医は草葉を集めた布団の上で寝ていると、白い燐光に包まれた身体の、螺旋した角を頭に生やした大鳥が枕元に降りた。
名医は咄嗟に鉄の矢を持って幻獣を射抜こうとしたが、身体に力が入らず幻獣に顔を覗き込まれるまま寝ているしかなかった。
「この人間、餌でもなければ贄の者でもない……どちらも欲しくはありませんが」
名医の頭に語りかけるように、幻獣の声が響く。
「こちらの知恵と肉が欲しいか。どの者も欲しいものの本質は変わらぬのう」
幻獣は顔を名医から離し、向こう岸に燃えるように輝いている瞳を向けた。
「人間は変わらぬ。我を求める為に、そんな珍行をするのだからな」
幻獣が人をバカにするような笑いと共に飛び去ると、名医はようやく起き上がることが出来た。
名医は向こう岸まで歩いてみる。そこには名医と同じく果物の濃い匂いを放つ女装姿の男がいた。
二人は互いの姿に笑い合い、そして互いに住んでいる国について語り合い、それを手土産に国へと帰った。