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第三話 赤時の夢

回想にややショッキングな表現があります。

お使いの心が正常な場合、余裕がある時に読むことをお勧めします。

「なぁ。そういえば、何で教授を捜してるのか聞いてなかったな」

「……それは必要なことですか?」

「えっと、別に話したくないならいいんだけど」

「大学が警察に届け出てるのに、どうして一生徒が探偵を雇うのか。と?」

「いや、到津さんがいかにもって真面目キャラだからなおさらね」

「霧ヶ丘さん。語りたくない過去ってあります?」

「孤児だったこと」

「——えっ」

「ほら、その反応が嫌だ」

「語りたくないことって」

「語ってはない」

私は噴き出しそうになるのを手の甲で口を押さえた。

「しまいには笑われる」

「いえ、なんだか馬鹿らしくなって」

車窓にまだ黄色の強い光が射し込み始めた。



 孤児院の職員が物陰で私の生い立ちを密談しているのを聞いている。それが物心ついた私の最初の記憶だった。

「あの子の母親、どうして殺されたんでしょう」

「母親も孤児だったんですって」

「まだ大学生だったのに。気の毒にねぇ」

「ドロドロの愛ってやつ?」

「教授との噂話も立ってたらしいわよ」

「あの有名な教授でしょう?」

「そんなことより、母親の殺され方よ」

「これは公にはできないわよねぇ」

「お腹をざっくり開いて、人のすることかね」

「誰も産声は聞かなかったそうよ」

「そういえば、泣いてるとこみたことないわね」

「感情を出しにくい子はたくさんいるけど、あの子はなんか異質なのよねぇ」

「化物が置いてった子じゃないだろね」

「コラ! アンタたちこんなとこで何サボってるんだい! ——タラタラしてるととって食われちまうよ」

私は周りとは何か別のモノのように扱われた。いじめられたり無視されたりということはなかったが、明らかに距離を置かれていた。中学生になっても里親は見つからず、高校への進学は諦めていた。そんなある日、水透門大学の図書館で日明教授に出会った。私がかつての教え子の子供であることを打ち明けると、哀れみなのか贖罪なのかはわからなかったが、里親を申し出てくれた。仕事柄家を留守にすることが多かったが、私は何一つ不自由することなく大学へ進学することができた。今年の春、教授から今度のアメリカ出張から帰ったら退職すると伝えられた。そしてあの日、教授は日本に帰ってきた。これからは毎日恩返しができる。そんな時に、教授の行方はわからなくなった。



「私、泣いたことがないんです。叱られた時も、こけた時も涙は見せなかったそうです。夕日に射されてると目は痛みますけどね」

「なるほどね。今回の事件とは関係なさそうだ」

霧ヶ丘探偵は棒読みで返事をした。

「嘘は、つかないんですよね」

「あー。あとそれなんて孤児院?」

「今はないそうですが、市内の——」

「あぁそうなんだ。ならいいよ」

「そういえば、さっき霧ヶ丘さんも孤児だったって」

「あーいや、俺は養護施設には入らなかったんだよ。ただ、昔扱った案件と関係が無いことを確かめたかっただけ」

「そうですか」


 大通りを一本外れた飲食店街に一軒だけ周囲から浮いた建物があった。赤煉瓦を模した真新しい壁に『レッドドリーム』の看板。とても軽食店とは思えない出で立ちだ。

「さて、この店かな」

ドアノブに小さく教団の紋章が彫られていたので間違いないようだ。古くなったファミレスを改装したのか、高い敷居で区切られた大きな座席が等間隔に並んでいる。客足はそこそこといったところで、待つことはなかったが空いている席を探すために歩き回らなければならなかった。


 店内を一周し、やっと座れたかと思うと、霧ヶ丘探偵が口を開いた。

「なあ」

「話なら注文した後でも」

「赤羽織。見たか?」

「あっ」

私は頬が夕焼けと同じ色に染まるのがわかった。

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