第二話 竜宮城の屋根の色
【十五時十〇分】
私は探偵の霧ヶ丘が運転する車に乗り、山の麓を通る広いバイパス道路を一駅分移動した。春には桜の名所となる通り、そこにひっそりと建つ地味な建物の前で霧ヶ丘探偵は車を停めた。
「ここだ。降りるぞ」
真新しい黄銅の紋章が取り付けられた古いテナント賃貸。最近人気の宗教の集会場だそうだ。名前は思い出せないが、街角で手相占いや小店を開いているのを目にしたことがある。九州最北端のこの市内を本拠地にしており、最近は若者に人気があるという。
「あら、青也くんじゃない。久しぶり〜」
霧ヶ丘探偵が玄関を開けると赤い派手な服を見にまとったふくよかな中年の女性が現れた。
「セイヤって……」
霧ヶ丘探偵の下の名前だったような。
「あっ。依頼人の方? そうよねぇ、貴方がプライベートで来たことなんてないものねぇ」
「はじめまして。到津海松と——」
「ああ、ごめんなさい。どうぞ中に入って」
建物の外観とは打って変わって内装は洋式にまとめられており、高級料理店のような敷居の高い雰囲気すらあった。床は古いものに上からカバーをしただけなのか歩くたびに軋んだが。
「それで、今回の用件はな〜に?」
霧ヶ丘探偵に肩をつつかれるまで、自分に話しかけられていることに気がつかなかった。
「えっ、あっ。ごめんなさい!」
「フフ。いいのよ〜」
「私は到津海松といいます」
「ミルちゃんね〜」
「ミル、ちゃ?」
「あら、嫌だったかしら?」
「あっ、いえ。そんなことは」
「じゃあミルちゃん。今日の用件を教えてちょうだい」
「はい。水透門大学の名誉教授、日明教授が行方不明になっています。多分、平尾台でです。新しいドリーネ、まあ縦穴についての調査だったようなんですがどうもおかしくて」
霧ヶ丘探偵が間を挟まずに続ける。
「大学がネットで公開してる彼のブログがあるんだが、その調査についてまとめた未公開の最新記事にこちらの関係者さんと思われるがいるみたいなんだよ」
「そう。関係者ってわかる特徴があったのね」
「えーと、あぁ。赤い羽織だ」
霧ヶ丘探偵の挟んだ一言に女性は顔色を変えた。
「昔馴染みの青也くんには出来る限り力を貸してあげたいんだけどねぇ、借りもあるし」
女性は「でも……」と口をつぐんでしまった。
「全てを話せないことはわかってます。出来る限りでいいので、お願いします」
霧ヶ丘探偵が急に丁寧な口調でそう言うと、下を向いていた女性は勢いの良いため息をついてから、再び話し始めた、
「私は平尾台のことはよくわからないけど、ドリーネって雨水に削られてできるんでしょう? その入り口が現れるにしても、九月の頭に続いた大雨が原因なのかねぇ。まあそれはともかく……まずはこの宗教についてちょっとお話しする必要があるわね。ミルちゃん、別に勧誘とかじゃないから安心して聞きなさいね」
「ええ。お願いします」
「この宗教にはね、ほかの宗教には、他にはあまり無いと思うんだけどね、とある特徴があって。それは『信仰の自由』。別にどんな教えやどんな神様を信仰してようが、私たちの宗教を信じる際の支障にはならないの」
霧ヶ丘探偵が間髪入れずに続けた。
「機能的な解説になるが、この宗教は入信とは別に『寄信』という体制をとっていて、千円払えば一日、五千円払えば一週間、関連施設が、まぁこの宗教が経営してる施設が無料で利用できるようになる」
「えぇ……と?」
「そんで、予約いらずで飲食店が見つけられるわ格安ホテルが確実にとれるわそれらが最初に一括払い扱いになってるわと旅行に来る者にとって良い事づくしらしい。これは噂だが、ここらの観光ツアーを組む際に有用として市から補助金を得ているとか」
「ちょっと青也くん。最後のは事実無根よ。まあ確かに、この短期間でこんなに人気が出たら疑いもするわねぇ」
宗教って、あれ?
「まぁ一応と言っちゃなんだけど? 私たちにも信仰する神様はいるのよ。信仰対象というよりかは、日々の感謝の対象ね。「寄信」もホラ、神社でお祈りする感覚よ。まあ本格的に儀式とかお祈りとかやってるのは本部、まあ一部の人間だけなんだけどね」
「彼らが、赤い羽織を?」
「だいせいか〜い。赤は私たちのイメージカラーなの。名前にもアカツチって漢字が入ってるしねぇ」
「それは、どうしてなんでですか?」
「おい、焦点がズレてるぞ。まずは赤い羽織の者たちについてだ」
再び霧ヶ丘探偵に小突かれた。
「いや、なんか気になったんですよね。ホラ、もしかしたら本部の方にお話を伺うかもしれない……し」
「ん〜まぁすぐ終わる話だから話そうかしらね。アカツチの色は竜宮城の屋根の色だと言われているわ」
「浦島太郎とかに出てくるアレですか」
「そう。海の中にあるだとか、空の上にあるだとか言われてるけど、私たちの宗教は実は結構歴史があって、古くからこの地で竜宮城伝説を語り継いでるの。この地で、ね」
「霧ヶ丘さん。この辺りで、赤土ってどこにありましたっけ」
「大昔に九州の中央にある火山から飛んできた塊があったはずだが……そんなことよりもだな」
「そうですねぇ、台地も真っ白な石灰岩ですし。じゃあ、あの、本部の場所を教えてください」
「ごめんねぇ本部の場所は私も知らないのよ。でも北区の施設でなら本部の人間に会えるかもしれないわよ」
霧ヶ丘はもうすでに部屋を後にしていた。
「今日はどうもありがとうございました」
「いいのよそんな畏まらなくても。あっそうだ。これあげるわ。玉手箱じゃないけどね」
女性は懐から御守りのような赤い布袋を取り出した。それがなんであるかはすぐに分かった。安眠用のアロマとして友人の間でも度々話題に上がっていたのだ。この宗教の関連施設に立ち寄ると必ず貰えるらしい。顔に近づけるとほのかに線香のような匂いがした。
「夢袋。いい夢見れるわよ」
「夢! へぇ、ありがとうございます。では、これで」
「は〜い。今度来た時は、どんな夢を見たか教えてちょうだいね」
私が乗り込むと、霧ヶ丘探偵はすぐに車を出した。
「霧ヶ丘さんはもらわないんですか? これ」
「腐るほど持ってるよ」
そう言うと、ポケットから三つも同じものをヒョイと出して私に預けた。そういえば、この人からは同じ匂いがずっとしていたことになぜか今気がついた。
信仰方向の空は既に赤くなり始めていた。
「えっ嘘。そんなに時間経ちましたっけ」
「いや、普通に日が落ちるのが早くなっただけだろ」
「そっか。もう十月も終わりますもんね……」
私たちはそのまま北区を目指しバイパスを北上した。