本の虫は魔法を見たい
「鳩が豆鉄砲食らった様な顔っていい例えだよな。八雲、お前、面白い顔してるぞ」
徹君は面白そうに鼻で笑った。
「南雲、僕は、南雲 孝和だよ。菅原君って、あんまり他人に興味無いんだね。もう 2 学期も終わるのにクラスメイトの名前を覚えていないって。」
僕は立ち上がって、徹君に落胆の意を告げた。今度は、徹君が口を小さく縦に開けた。確かに、鳩みたいな表情だった。
「あ。南雲だっけ?ごめん。」
先程の上級生への態度と相反して徹君は素直だった。自分の非を認めるくらいの冷静は持ち合わせているのだと僕は判断した。以外にも冷静な徹君を見て、彼は彼と上級生の問答について、僕が盗み聞いた事について知られていたとしても、怒ることは無いのではないかと、僕は淡く期待を抱いた。
「菅原君は何をしに体育館に来たの?」
僕は恐る恐る徹君に訪ねた。
「体育館から悲鳴が聞こえたから見に来た。えっと、心配でさ。何かあったんじゃないかと思って。」
徹君は取って付けた様な補足情報を継ぎ足して答えた。彼はさっき僕と会った時から僕から一度も目を逸らしていない。彼に凝視されている僕は盗み聞きを責められている気がして、彼から目を逸らした。
「悲鳴聞かれてたんだね。恥ずかしい。昼寝をしていたら、季節外れの温かい風が吹いてびっくりして。」
僕はたじろきながら答えて再び徹君を見た。徹君はさっきよりもより細めた目で僕を睨みつけていた。
「季節外れの温風。あー。そういえば、さっき吹いてたな。あともう一個南雲に聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「な、何?」
「さっき、俺が外で喋ってたこと聞いてた?」
徹君は間を惜しむように質問を続けた。やはり、聞いてはいけなかった事をきいたのかもしれない。僕はそう思うと、再び徹君から目を逸らさずにはいられなかった。僕は取り繕う、誤魔化すという類の事が苦手だったので、全て聞いていた事を正直に話す事に決めた。
「うん。規則違反とか。そうじゃないとか。青年会にいくとか行かないとか。あと、魔法。」
僕はここまで答えておそるおそる徹君を見上げた。徹君も僕から目を逸らして天井を見上げていた。そして、「はあ。」と小さくため息をつくと、再び僕の方を見つめて、急に笑顔になった。その不自然な笑顔を見て、僕の心音が加速した。
「いやー。聞かれてたか。実は演劇の練習をしてたんだよ。盗み聞きなんてタチ悪いなー。恥ずかしいじゃん。あ!まだ、劇の内容は皆には秘密だからさ。黙っていてくれよ。」
ここ数日間、僕は自分と同じ匂いのする徹君を観察していて、その間に彼がどの部活にも所属していなく、また、ここ数日間は一切演劇の練習をしていないことを知っていた。加えて、もう既に文化祭は終わっていて、学校行事で演劇を行うことは無いと分かっていた。
「そ、そうなんだ。文化祭も終わったのに大変だね。まだ演劇をやる機会があるんだ。演劇部でも無いのに。」
僕は早くなっている心音に同調して僕は早口で答えた。僕には彼が嘘をついている事が分かっていて、とりあえずの相槌を打ってその場を乗り切るつもりだったが、その時の僕は考えている事全てを口に出してしまった。僕は、また、口を開けて鳩の様な顔で固まっていた。考えた事は少し間を置いてから話すべきだ。普段、必要以上に他者とコミュニケーションを取ってこなかった事が災いしたのだ。頭では分かっていても、普段からやらない事はできないものである。あの時僕には年齢相応のコミュニケーションが取れなかった。徹君は僕の答えを聞くと、口を三角にして、再び天井を見上げ、頭に指の先を添えた。
「なんだ。案外、人を良く見てるんだね。はー。誤魔化せると思ってたのに。」
徹君は口を閉じた後もしばらく上を向いた頭に手を添えていて、数秒そのままだった。その数秒が僕にはとても長く感じた。徹君は何を誤魔化したかったのか。魔法は本当にあるんだろうか。魔法が本当にあるというのなら、本物の魔法をこの目でみてみたい!僕の膨れ上がった好奇心は僕が感じていた盗み聞きをした後ろめたさを心の片隅へと追いやっていた。