引火体質のクラスメイト2
「禁止事項について、正確には『魔術の発動とその魔術の継続』です。例え、術者による魔術行使の兆候が見られたとしても、発動の証拠がなければ処罰出来ないはずですよ?」
彼は踵を浮かせたまま、相変わらず面倒くさそうに反論した。
「確かに、魔術行使の兆候は見られなかった。だが、菅原 徹、お前の魔力が上昇しているのを感じたんだ。魔術の行使を試みていたんだろう?結界外での魔術行使の未遂で魔術青年会へと連行する。」
上級生が勝ち誇ったように、彼、菅原 徹 君にそう告げた。この時、僕は初めて徹君の名前を知った。もちろん、普段の学校生活の中で彼が菅原と呼ばれている事から彼の名字が菅原であることは知っていたが、名前が徹だとは知らなかった。この時、自分が興味を惹かれるクラスメイトの名前すら知らなかったことに気づいて、僕はあまり他人に興味が無かったのだと自覚した。
「魔力は感情の高まりに比例して上昇することもあるでしょう。実際、今あなたも魔力が高まっているじゃないですか?なぜ、そんなやせ型なのに、片手で僕の体を持ち上げ続けられるんですか?もう 1 分は持ち上げているでしょう?魔法の補助無しでできる事じゃありませんよね。先輩、無意識に魔法を行使しているのはあなたではありませんか?」
上級生は反論できずに黙っている。
「しょうが無いですね。一緒に謝りにいってあげましょうか?」
先ほどまで興味が無さそうな喋り方をしていた徹君の声が低くなり、少し早口になっていた。彼の周りを取り囲むように、残り 2 人の上級生が集まってきた。彼には、自分の上級生に対する態度が上級生の感情を逆撫でしているとう自覚が無いようだった。理詰めで話している割には、彼は冷静さを欠いていた。普段は静かにしている彼だが、案外、短気なのだと知った。もし、僕が、今、彼の傍にいれば、とりあえず、場を丸く収めて彼を引きづって上級生の前から立ち去りたい。そうしなくても、この一件で、徹君は上級生の間で目を付けられる存在になるだろう。僕はそう感じていた。
「調子に乗るな!!」
上級生が叫んだ時だった。サウナの入り口を開いた時のような熱風が僕を襲った。体にしみるような暑さを感じた僕は裏返った声で「うわっ!」という叫び声を上げて、のけ反ってしまった。この時、叫び声を上げたのは僕だけでは無かった。徹君を取り巻いていた上級生達も同じような叫び声を上げていた。僕は拍子抜けして動けずにいた自分の臆病さに感謝していた。先ほどのことに驚いていたのは僕だけでは無かったのだから、僕が体育館で隠れて盗み聞きをしていたことに、この 4 人が気づいていることは無いだろう。そう思って、僕は引き続き気配を殺して微動だにしなかった。
「『結界外での魔術の発動と継続』を禁止する掟には例外規定があります。自らの心身に危険が迫った時、特に、悪意を持った魔法によって自身の心身が危険に瀕しているときです。俺の襟をつかみ上げて威嚇した事は黙っててあげますから、もう勘弁してくださいよ。」
徹君の低い声が聞こえた後、1 人の足音が遠くへと歩き去っていった。僕は息を殺して上級生達が過ぎ去るのをまっていた。
「しみるな。魔傷だ。」
「加減しろよ。何なんだよあいつ。」
「面倒くせーな。菅原を引き入れるのはもうやめにさん?協調性無いやつ引き入れても使えんのやないの?」
上級生達は、悪態をついて歩き去っていった。僕は、彼らの足音が聞こえなくなるのを澄ませた耳で確認した後、「はー」と小さくため息をついて後ろに倒れこんだ。すると、そこには先程まで体育館の外にいた菅原君の姿があった。口元にぎこちない笑みを浮かべながら、細めた目で僕の方を見つめている。僕は口を開けて固まってしまった。
「よ!同じクラスの八雲だっけ?昼寝するなら、もっと暖かいとこにしとけよ。もう 12 月なんやから。」
徹君は、片手を上に挙げて僕に気軽に挨拶をした。彼の口元は笑っていたが、彼の声は低いままだった。僕は聞いてはいけなかったことを盗み聞いてしまったかもしれない相手の突然の登場に驚いて、会釈も返せずに、ただ床の上で背中から体温が奪われるのを感じ取っていた。