二面性2
徹君は生首をしばらく眺めた後、僕の方に向かって歩いて来た。反射的に僕は後ずさりをしてしまった。徹君は僕の様子を見て目を丸くした。
「シーナを診せてくれる?」
徹君は立ち止まって屈み、僕と目線を合わせて僕に語り掛けた。彼の瞳には一片の敵意も蔑みも獲物を追う猟奇的な獣の飢えすら無かった。躊躇なく人の首を刎ねた彼の目は、ここに来る前に僕に魔法の世界について語り聞かせてくれた友達のそれだった。僕が落ち着きを取り戻してシーナを渡すと、徹君はシーナを優しく抱きかかえた。
「答えよ先人の遺志。赤葡萄、金色の稲穂、清水。癒せ。」
徹君の魔法でシーナの荒くか細い呼吸音に安らぎが戻って来た。近くにいる僕にまで影響があるのか、僕の足の痛みが引いていった。
「そんな無理しないで俺を置いて皆で逃げれば良かったでしょう?」
「お前が暴走したら誰が止めるというのだ。ワシはお前達を守らなければならない。御家瀬椿との約束だkらのう。後生じゃ、徹、智恵の事を頼む。」
「馬鹿な事言ってないで、安静にしててください。もう寝てていいですよ。」
徹君はため息をついて、呆れた様に笑っていた。その時、徹君の後ろから白く長い生首が音も無く跳んできた。僕は声を上げる事すら出来ずに目を見開いた。徹君は気づいていない!
「星幽捕縛!」
御守さんの叫び声と共に金色の鎖が表れ、生首を巻き込みながらでたらめに絡まっていった。徹君は振り返り状況を確認すると、僕を片腕で掴んで飛びのいた。徹君と共に僕は10数メートル程宙を舞った。
「徹君!油断し過ぎ!」
「ごめん!ありがと!」
御守さんが腕を組んで徹君を睨みつけていた。徹君は焦りで顔を引きつらせながらも笑っていた。
「答えよ先人の遺志。赤葡萄、金色の稲穂、清水。癒せ。」
僕を温かな光が包み込んだかと思うと、足の痛みと違和感が完全に消えた。光が消えると、徹君は僕をそっと降ろしてくれた。おそるおそる立つと、怪我をした事が嘘の様にすっと立てた。
「ありがと。」
「おう。」
僕のお礼に徹君がニッと笑った。
「南雲、シーナを抱えててよ。」
シーナを僕に託した徹君は、白いドームの端に向かって歩いて行った。
「何するの!?」
「外に出るんよ。早く帰りたいやろ?」
御守さんの静止を振り切って徹君は真っすぐ歩いていった。徹君の左手から真っ黒な淀みが溢れ出してきた。徹君がゆらゆらと揺れる黒い淀みを壁に押し付けた。壁に黒いヒビが入っていき、一瞬でドームの反対側まで到達した。しかし、直ぐにヒビは修復を始めた。更に、徹君の腕の周りの壁に厚みが増してきた。徹君の腕が白い何かに飲まれていった。
「南雲君!後ろ!」
御守さんの声で振り返ると後方に湖が広がっていた。上を見上げると、白い外壁がだんだんと徹君に向かって前進していっていた。再び徹君の方を見ると、徹君の躰が白い何かに飲み込まれていく所だった。徹君は体中に黒い闇を纏いながら白い何かに抵抗を続けていた。
「「徹君!」」
僕と御守さんは叫んで徹君に駆け寄った。徹君は顔だけ残して、雪だるまの様になっていた。徹君が不貞腐れた顔をして僕達を睨んだ。
「あんま、見んなよ。雪だるまみたいで恥ずかしいから。」
「「プッ」」
噴出した僕等を見て徹君は更に剥れ、そっぽを向いてしまった。
「さて、試験の講評をしましょうか。」
不意の声がした方を見ると、白や茶色の神事服や赤い袴の巫女装束を着た人達がこちらを見ていた。




