最尤の判断は結果ありき
シーナから滲み出していく血が止まる様子は無い。そして、徹君がこちらに気づいている様子も無かった。今、僕に出せる尤も最適な解は徹君にこちらの状況を知らせて治癒魔術をかけて貰う事だ。御守さんが目を覚ますだけでも僕達の安全は確保されるはずだと僕は判断した。
「いくよ!マリモ!」
マリモに向かって叫び、僕は結界外へと飛び出した。
「答えよ先人の遺志、雷撃充填!」
僕は、白いドーム上の結界の天井を指さして叫んだ。
「ズドン!」鈍い音と同時に天井付近へ発生させた魔法陣へ雷が飛んだ。
思惑通り、徹君がこちらを振り返った。すぐに彼は白大蛇との応戦に戻ってしまったが、たびたび振り返ってこちらを気にしてくれている気がした。最も、彼の顔は黒い何かで覆われていたので、彼の目線は読めなかったのだが。
「癒せ!」
攻防が混沌とする中で、徹君がしっかりこちらに手をかざして叫んだ。御守さんが張った結界が赤色の外円と金色の内円に包まれた。その外円と内円の間にオレンジ色の文字が走り出した。魔法陣が描かれる様子を見ながら、万事休すと思った時、後ろから黒い粘液が飛んできて僕の後頭部に付着した。生暖かいその温度に僕は背筋を寒くした。辺りを見るとに「コポコポ」と泡を立てて踊る黒いジェルが飛散していた。恐る恐る後ろを振り返ると、黒い人影に白大蛇がかぶりついていた。黒い人影の踵は宙に浮いていた。白大蛇が頭を上へ振り上げ口を開けた。人影がほんの一瞬宙に浮いて、白大蛇の口が閉じられるその僅かな時間が僕には果てしなく長く感じた。自分の判断は誤っていた。他に適切な対処法は無かったのか。そんな後悔の念を頭の中をグルグルと回しながら、僕は徹君から黒いしぶきが上がる瞬間を目の当たりにした。白大蛇の顔に黒い粘液が飛び散った。僕は口を開けて何かを叫ぼうとしたが、恐怖で声が出なかった。もう終わりだと思った時、白大蛇が激しく頭を降り始めて、口を開けて徹君を降り落とした。徹君は僕の頭上を越えて御守さんの張った結界に当たった。グニャリと結界が曲がり、徹君が飛んできた勢いを殺して受け止めた。徹君を包んでいた泥の様な闇の大部分は剥がれ落ちていて、彼の顔から表情を読み取れた。未だ静かに闘志を燃やす彼の目を見て、僕の心に平静が戻ってきた。彼の目はいつも通り、真っ直ぐに前を見つめていた。
「さんきゅ。御守!」
「回復魔術だけはセンスあるよね。やっぱり、術式構築よりも術の発動が大分走ってるけど。」
結界内を見ると、御守さんが立ち上がって徹君を見上げていた。
「南雲君!何してるの!?早く中に戻って!」
「うん!」
返事をして、僕は結界に飛び込んだ。「ザボン!」と水しぶきをたてたものの、僕の服には一滴の水もつ着かなかった。御守さんはシーナの治療を始めていた。彼女は何かの薬草を取り出しシーナに飲ませていた。徹君の魔術でシーナの血は止まっていたようだが、シーナは目を閉じたまま「ゼエゼエ」と苦しそうな息をしていた。シーナの事は御守さんが何とかしてくれるだろうと僕は思った。彼女が意識を取り戻せた事は大きかった。蛇の方を見ると、頭に着いた黒い粘液を払おうと1人で首を首を振り回していた。黒い粘液が着いているところから白大蛇の顔が溶けてきていた。
「さて、そろそろもう1つの首も落とせるかな。」
徹君が結界の上から地面へ飛び降りてきた。




