縁結びの禁じ手
僕達が蛇の対応に逐われている間に、徹君の体は闇に覆われていた。彼が纏う闇は泥のように彼に纏わりついていて、時々、「ボコッ!」という破裂音を伴って泡を吹いていた。
「徹君が使っている魔術はどういうものなの?」
「あれは、神通力の類じゃ。徹は鬼に魅入られておっての。徹が纏う闇は地獄の最下層、奈落の闇。あれ程の邪気に呑まれて正気を保っている人間なぞ聞いたことが無いわい。」
「徹君は大丈夫なの?」
「この間は大丈夫だったの。」
シーナと御守さんの顔は硬直し、青ざめていた。その様子を見れば、何の知識もない僕にも事態が深刻であるという事を推し量ることは難しくなかった。
「おい、猫又!今、余との約束を果たせ!」
突然、声がした声がした方を見ると、首だけになった白大蛇の片割れがじわりじわりとこちらに近づいて来ていた。
「猫又、貴様が大人しく余に魂を差し出せば、貴様の主人にはてを出さん。さあ、大人しく我に喰われよ。」
「ポン!」コルク栓を抜くような音と共にパンジーが白い霧に包まれたと思うと、すぐに、中から熊と見間違う程大きな黒猫が現れた。黒熊猫と化したパンジーが結界の外へと歩いていった。
「パンジー!?耳を貸しちゃだめだからね!?」
驚いた御守さんがパンジーの肩を掴んだが、パンジーは片手で彼女を振り払い、彼女は体ごと吹き飛んだ。
「キャッ!」
「おい!智恵!」
か細い悲鳴を上げて、御守さんは気絶してしまった。シーナが御守さんに駆け寄った。パンジーはそのまま結界をすり抜けて、首だけになった白大蛇の前まで歩いていった。それを白大蛇の首が丸飲みにした。すると、「シュー」という音を出して蛇の首から胴が生えてきた。大きな頭の割には、貧弱な体だった。
「ほう?気を失っても、まだ結界は解けぬか。大した娘よ。こやつを喰えば、余の妖力も戻せるというもの」
蛇が髑髏を巻いて、結界を締め上げてきた。「ビリビリ」結界から嫌な音がし始めた。更に、毒牙で噛みついてきた。
「舐めるなよ。偽物が。月詠兎の名にかけてこの結界は破らせん!汝者我見欺言竟、捕我悉剥我衣服。」
プチプチという音がして、シーナからペラペラの白兎が剥がれ落ち、ゆらゆらと結界の外を漂い始めた。シーナは血塗れになって倒れていた。大地がシーナの側から赤く染まっていった。
「逃がさんぞ!」
白大蛇がペラペラの兎を追いかけて結界から離れていった。
「みたか。良縁を繋ぐ白兎が禁じ手。」
シーナは誇らしげに虫の息で呟いた。




