最悪の想定とそれ以上の事態
「今から向かう場所にミカばーちゃんの猫もいるかもしれない。蛇の妖は魔力を求めて他の妖や式神を襲っているらしい。もしも、ミカばあーちゃんの猫がいたら、御守が救出する。危ないから南雲は御守と離れない様に気をつけてな。」
歩いている途中、徹君は唐突に何事も無かったかのように明るく話し始めた。
「と、徹君?不吉な事言わないでよ。」
「最悪の場合っていうのは、頭の片隅にでもいれておくべきでしょ。考えるのは嫌なのは分かるけどさ。」
御守さんは目を大きく開いているが、彼女の瞳孔には光が無く、口元は震えていた。対して、徹君は真っすぐ前を見つめていた。
「おばあちゃんの猫は妖怪なの?」
「いや、おばあちゃんの猫はこの間は普通の猫だったよ。そろそろ寿命で、最近姿を消したらしい。ばあちゃん曰く、あの猫は猫として7度目か8度目の生を受けているかもしれないらしい。多分、そろそろ、次にあの猫が死ねば猫又に成るかもだそうだ。産まれたばかりの妖怪なら、恰好の獲物だと思う。」
「これから行く所にその猫は居ないといいね。」
「そう願ってるよ。」
僕の言葉に徹君は微笑んで答えた。もう湖の目の前まで来ている。僕たちが小道を進んでいくと、目の前には立ち入り禁止の札と黄色いロープでつながれた赤いコーンが立ちふさがっていた。
「人払いの結界?」
「妖怪に使えるもんなの?」
御守さんと徹君は怪訝な顔をしながらも、ロープをまたいで前へ進んでいった。僕もそれに続いた。すると、辺りに金属音のような高い音が響いた。後ろを振り返ると、白い壁が僕の目の前に出現していた。
「人払いの結界って、視界を完全に遮るような効果あったっけ?」
「ううん。」
「閉じ込められたんかよ!?」
「ど、どうしたの?」
徹君は目を血走らせ、歯を食いしばって怒りを露わにしていた。御守さんは手を胸に当てて不安そうな顔をしていた。
「御守、監視用に式神を付けられてたでしょ?そいつを使えば連絡取れるんじゃないと?」
「やってみたけど、無理。」
御守さんの目から涙がこぼれ落ちた。徹君は彼女にポケットティッシュを差し出した後、白い壁に向かって行き、壁を殴りつけた。壁に黒いヒビが入り、それは上のほうまで弧を描く様に上がっていった。良く見ると、白い壁は空の方までドームの様に続いて、まるで雲の中にいるかの如く辺りは白一色だった。黒いヒビは入ったところから白い流体が噴出し、瞬く間に壁は修復された。
「俺だけならまだしも、御守の扱いが雑過ぎるだろ。」
徹君は戻ってきて御守さんの頭をポンポンと叩いた。
「ごめんな。」
徹君の言葉に御守さんはティッシュに顔を埋めたままフルフルと横に首を振った。
「南雲、御守から離れるなよ。」
徹君はそう言うと、先陣を切って奥の白い霧へと進んでいった。御守さんも顔をあげて僕に向かって頷くと徹君に続いていった。僕も遅れないように彼女の後に続いていった。




