御家瀬おばあちゃん
「大社の鳥居」
「そうだよ。大社の陰、裏にある異界と表にある私達の背中を繋げてるに。」
「陰?裏?」
僕の呟きに御守さんが答えた。その答えに対して、僕はまた問いかけた。
「普通の人には見えないよう、気づかれないように隠してるんよ。だから、俺達から見て裏なんよ。」
今度は徹君が答えてくれた。彼らは知らない事だらけの僕に対して丁寧に説明してくれる。鳥居を通る前に徹君が僕の手を握った。
「御守、ミカおばあちゃんの所へ情報収集に行こう。南雲、さっきと違う場所に行くから、しっかり掴まっててな。」
徹君は僕の返事も聞かずに鳥居を抜けていった。鳥居の境界線に触れたところから空間に波紋が広がっていった。神界に入った時に感じた何かを探る様な感覚は無かった。
鳥居の外に出ると、大社の中から眺めた景色と少し違う感じがした。気づいていなかっただけなのか、昔から守られてきた建物と人の数が増えたいた。
「トイレなら、あっちだよ。」
僕が辺りを見回していると徹君が僕の肩を叩き、お手洗いのマークを指さした。
「そうじゃなくて、人が増えたなって思ってさ。」
「そりゃ、観光地だからね。喜ばしい事じゃん。じゃ、行こうか。」
徹君は真っすぐと前を見て歩き始めた。御守さんも深呼吸をすると据えた目をして徹君の後に続いた。彼女の肩は力んでいる様に見えた。案外、こういう試験の類っていうのは見ている方がハラハラしてしまうこともあるのかもしれない。しばらく沈黙が続いた。
「ミカおばあさんから情報を貰うのはカンニングにはならないの?」
「ミカおばあちゃんは大丈夫なの。」
「さっき、鳥居を出てから人が多くなった様な気がしたんだけど、一般人がいる分、異界の中よりも人が多くなったの?」
「うん。そうだよ。」
御守さんの張り詰めた雰囲気を緩ませたくて僕は御守さんに質問を投げかけていたが、御守さんは心ここにあらずといった感じで、彼女の肩は力んだままだったので、僕も静かにすることにした。知りたい事が多すぎて好奇心が喉から漏れ出そうだったが、もともと女子慣れしていなかった僕にはこれ以上質問を続ける勇気が無かった。しばらく歩いていると、古い屋敷の大きな門目の前で徹君が止まった。家の門は閉ざされていて、表札には『御家瀬』という文字が刻まれていた。徹君はチャイムも鳴らさずに門を開けて、屋敷に入っていった。僕は御守さんの顔を伺ったが、御守さんも平然と徹君の後へ続いていった。僕もそれに続くと、屋敷の中には松や竹、の他、葉が散っている木が植えられいるのが見についた。竹は互いに詰め過ぎずに人が適度な間隔を空けて一か所に群生していた。足元を見ると、落ち葉が全然落ちておらず、玄関までの道のりには苔の生えた後すら無かった。ずっと大切に守られてきた家だということが一目で分かった。
「ミカおばーちゃん、遊びに来たよ。」
広い屋敷の庭で徹君が呟く様にミカおばあさんを呼んだ。
「智恵ちゃんに、徹君じゃないか。良く来たねぇ~。もう一人の子はお友達かい?」
声がした方を振り返ると、綺麗に身を整えた笑顔の優しいおばあさんがいた。
「おばあちゃん久しぶり」
「ミカおばあちゃんお邪魔してます。こいつは、南雲。俺の同級生で、巫力があるんです。今日、俺の魔術士試験の見学にきています。」
御守さんと徹君がミカおばあちゃんに挨拶をし、徹君は僕の紹介までしてくれた。ミカおばあちゃんの顔を見てから、御守さんの表情が少し和らいだ様に見えた。
「最近は、皆忙しいみたいでね。遊びに来てくれる人が減ってしまってね~。だから、智恵ちゃんと徹君が来てくれてとてもうれしいよ。貴方は、南雲君っていうんだね?下のお名前は?」
「孝和です。よろしくおねがいします。御家瀬おばあさん。」
「まあ~。礼儀正しいいい子だね~。孝和ちゃんと呼んでいいかい?私の事は~、ミカおばあちゃんと呼んでくれていいからね~」
「はい。ありがとうございます。」
確かに、この優しいミカおばあさんには人を癒す雰囲気があると思った。表情から語り掛ける声とまなざしから、彼女の温かさが伝わってきた。
「徹ちゃんは魔術士になるのかい?」
「はい!」
「智恵ちゃん、良かったね~」
「はい」
ミカおばあさんの問いに徹君は間直ぐに答えて、御守さんは顔を少し赤らめて小さく返事をした。ミカおばあさんは優しく、うんうんと頷いていた。その時、僕は僕の恋は終わったのだと直感した。そもそも、何の進展も無かったどころか、きっと始まってすらいなかった。先程まで徹君、御守さんとミカおばあさんに温められていた僕の心に師走の冷たさが戻って来た。気にも留めていなかった風の冷気が心まで染みてくる感覚を覚えた。




