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創作怪談――創怪

空の中の死

作者: ユージーン


 Wさんに聞かせてもらった話。


 ある時、アパートの部屋を出ると、たまたま2つ隣のドアが開いて中年の女性が出てきた。少し迷ってから中に戻り傘を持って出てきた。

 雨は降っておらず、既に夜になっている。傘が必要とは思えない。

 階段はその女性が出てきた部屋の向こうにあるから先に降りるだろうと待っていると目が合う。

 少し困ったような顔でそのままどこかへ出かけていった。

 自分もそのままコンビニへ向かった。




 それからしばらくして例の中年の女性と話す機会があった。ちょっと変わった人のようだとは思ったけれど、好奇心のほうが警戒心を制してしまった。

 傘について尋ねると、あの夜と同じように少し困った顔をしてから教えてくれた。


 以前に投身自殺の現場に居合わせたことがあったのだそうだ。

「あっ!」という周りの声と、正面にいた男性が見上げたのに釣られて視線を向けると、空の中に目を見開いた男の顔があった。

 もちろんそれは一瞬のことで、すぐに激しい衝撃音とともにコンクリートの歩道に叩きつけられた。

 驚いてとっさに背を向けたのであとの事はわからない。

 けれど空中で見た顔だけは目に焼き付いてしまった。

 以来、外出すると不安に襲われるようになる。

 見上げると引きつった男の顔が見えるのではないか、こちらに迫っているのではないか、そんな考えが頭の中を満たし、視線が上へと向かう。なにもないはずの空にあの顔が重なって見える。

 その結果、雨の日はもちろん、晴れていても傘が手放せなくなってしまった。

 空を見ずにすむように。


 同じような人がいることを知ってひどく驚いた。

 女性は気づいていたそうだ。いつも傘をさしている人が他にもいる。理由はわからないものの普通じゃない何かがあるのだろうと。それで正直に彼女の抱えている苦しみを打ち明けてくれた。

 自分の場合、部屋の中も天井の下、頭の上のすれすれの辺りに水平にカーテンを張っている。

 そうすれば見ずにすむから。

 白い足の裏を。




 小学生の低学年の頃に両親が自殺した。

 首を吊って。

 見つけた私は隣の家のドアを叩いたと、後に自分を引き取って育ててくれた伯母が話していた。

 記憶は発見した瞬間で途切れていた。


 それから2組の白い足の裏はずっと目の上にあってどこへでも付いてくる。

 最初は時々、ちらっと視界の隅をかすめるような感じだった。

 気になって必死に目で追ううちにだんだんとはっきり見えるようになった。

 そうなると今度はできるだけ見ないように気をつけるようにしたのだが、見せつけるように眼の前に現れるようになり、ついには常に居座るようになった。




 その話をしてくれたWさんは納得いかない事があるという。

 亡き両親なのだとしたら、どうしてそんな姿で出てくるのか。子供を見守っているのなら生前の優しい笑顔などが普通ではないのか。どうしてあの最悪の瞬間の姿で付きまとうのか。

 うつむいたままつぶやくWさんにかける言葉が見つからなかった。

 手には傘の柄がきつく握りしめられていた。


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