恋葉ちゃんのプチ家出(前編)
ある土曜日の午後。
「恋葉! 今ここに来る途中こんなに可愛い女の子が歩いてましたの!」
強引に手を引っ張ってきたらしく、その女の子は息を切らしていた。
「ちょ、ちょっと! ボク今から玲と勉強するつもりだったんだけど!」
エヴァちゃんがついに女の子を誘拐して来ました。白くてレースがついててふわふわした可愛い洋服を着て、薄い桃色の髪を三つ編みにしてて、目は碧眼。確かに可愛いけど。
「エヴァちゃん、いくらなんでも誘拐はダメやろ」
女の子は後ろを気にしているけど、そんなのエヴァちゃんはお構いなし。
「誘拐なんかじゃありませんわ!」
「待って! 待ってよ! お姉さん誰なの?」
状況についていけない女の子は声をあげる。よく見たら中等部の子やん。エヴァちゃん……
「わたくしはエヴァンジェリン・ノースフィールドですわ♡ 気軽にエヴァって呼んでくださいね♪」
「ボクは筧菜翠……って、聞いてるの? 」
「まあまあ!これをご覧下さいまし! そうですねぇ、まずはメイド服なんてどうですか? お似合いだと思いますわ♡ 」
勢いよく開けたクローゼットの中には、ナース服メイド服チャイナ服警官服……アニメのコスチュームらしきものまで。出会った時からそうだったけどエヴァちゃんは物がとっても多い。ウチやったら整理しきらんよ。
「うわあ! 可愛い! チャイナ服もある! ボクこれいつか着てみたいと思ってたんだ!」
オシャレさんなのは見て分かるけど、この服たちを見て引かないって、結構すごいことよ。着せられそうになったけど全力で断ったもん。最終的に着せられたけど。
「そうでしょうそうでしょう! メイクもヘアアレンジもわたくしにお任せあれ!」
その一言に菜翠ちゃんは更に目を輝かせる。
「メイク出来るの!? じゃあじゃあ、ボクのお部屋に来てよ! メイク道具とウィッグと髪飾りはお部屋にあるんだ!」
「そうこなくっちゃですわ! 恋葉も行きますわよ!」
「え! ウチまだパジャマなんやけど……って、聞いてないし……」
猫さんパジャマのまま手を引っ張られ部屋を後にしたのでした……
◆
「玲! このお姉さんすごいんだよ!」
玲と呼ばれた女の子は縫い物をしてるみたい。お部屋にはたくさんのぬいぐるみ。
「菜翠、勉強は?」
そういえば勉強するって言ってたね。先約があるならそっち優先じゃ……。
「エヴァちゃん、また今度にしたら?」
「えーやだやだ! ボク早く着たいよ!」
あー。菜翠ちゃんももうノリノリだ。玲ちゃんは突然賑やかになって困惑した様子だけど、2人はお構い無し。きゃぴきゃぴしながら着替え、そうかと思えばドレッサーについてメイクを始める。
「まあ可愛いですわ!」
「すごい! 流石、ボクってば似合ってる! 可愛い〜!」
エヴァちゃんもエヴァちゃんやけど、この子もあのテンションについていけるのがすごい。
なんて、感心するのはいいけど、知らない子のお部屋でウチを放置するとか酷くない? ルームメイトさん、ええと、玲ちゃん。2人で取り残されてるみたいで気まずい……
「もう! ウチは部屋に戻っとくよ! 」
勢いで飛び出したものの、エヴァちゃんたらまたちゅーしたりえっちぃことするんやないかって……もう、付き合っとるのはウチなのに!
自販機でジュースを買って、結局部屋の前まで戻ってきた。また中に入る勇気は無いけど、とりあえずここで待ってよう。
がちゃ
「あ……」
中から熊さんのぬいぐるみを持ったれいちゃんが出てくる。
「あっ、えと……玲ちゃん、だっけ。中はどう?」
「……うるさい」
表情はあんまり変わらんけど、声が明らかに不機嫌な感じ。
「そ、そうよね! なんかしよったもんね! 邪魔してごめんね」
すると、玲ちゃんは隣にウチと同じように体育座りして言う。
「菜翠も、褒められるとすぐ調子に乗る。わたしのエモノなのに……」
自信家なのは羨ましいところだけどね。この部屋の持ち主なのに追い出されるなんてやだよね。
「あの調子やと時間かかりそうやし、うちの部屋に来てお菓子でも食べる?」
こくんと頷く玲ちゃんと一緒に、2人で部屋に戻る。
◆
「それでね、エヴァちゃんいっつもいろんな人とちゅーしてるの」
「私だったら、お仕置きする」
「あ。いいね。それ」
フルーツゼリーを食べながら、話題はもっぱらお互いの恋人の愚痴。嫌な話じゃなくって、大好きなだけに嫉妬しちゃって、そういう人だと分かって付き合ってるはずだけど、やっぱりモヤモヤしちゃう時もあるの。
「ねえねえ玲ちゃん。ウチたちでちょっと仕返ししよっか」
「仕返し? 何するの?」
「えーっと、家出、とか?」
思いつきで言ってみたけど、うん。楽しそう。
「……楽しそう」
「ね! って、どこに移動するかが問題だけどね」
2人でお泊まりさせてくれそうな……なかなかいないよねぇ〜。
「いる。高校三年生のおねえさん」
よし! じゃあそのお姉さんに甘えてみよう! こっちばかり嫉妬するのやだもん。たまには反抗してもいいよね。
「シャワー浴びて行った方が……あと、そのパジャマいいかも」
「エヴァちゃんのを拝借しよう! まだ夢中だろうしそのくらい大丈夫だよ」
うん、と2人で頷く。それぞれ準備をしてからこの部屋にまた集合することになった。