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レンという少年

木々のあいだには風が通り抜け、耳をすませば遠くで川のせせらぎが聞こえる。葉の隙間からこぼれ落ちる光の中で三人の子どもが遊んでいた。

少し長めの黒髪をひとつに結んだ活発そうな少年がもう一人の金髪の少年にちょっかいを出すと、一緒にいる少女は笑いながらそこに入ろうとする。とても仲睦まじい様子だ。


「今日は何するー?」

「たまには女の子の遊びがしたいなぁ。お花摘みとかはどう?」

「えー!そんなのやだよー!もっと体動かす遊びがいいよなぁ、レン!」


レンと呼ばれた少年は照れくさそうにしながら、


「た、たまにはメイアちゃんがしたいこともした方がいいと思うぞ…」


と言った。


「なんだよそれー!レンはいつもメイアの肩ばっか持つよなー!」

「別にそんなんじゃねーし!むしろワーテラの方がメイアちゃんの味方ばっかしてるじゃねーか!」

「まぁまぁ落ち着きなって二人ともー。ケンカしないの!」


お姉さん口調でメイアがそう言うと二人はムスッとして黙り込んでしまった。

二人の機嫌を直そうと慌てるメイアに、仏頂面で互いの顔を見合っているレンとワーテラの三人だったが、ふと目の前を横切った小さな光るものに目を奪われる。


ーーーフェアリーだ。


森と共に生き、成長してきた三人にとっても珍しい、森の妖精フェアリーがほんのすぐ前を飛んで行ったことに興奮を隠しきれない様子だ。


「おい!フェアリーだぞ!」

「そんなことわかってるよ!追いかけてみよう!」

「ああっ、ちょっと!待ってよ二人ともー…。」


駆け出した三人が森の奥へと消えていってまもなく、大地を震わす音が聞こえてきて木々は数枚の葉を散らした。








「あれー?おかしいなー… どこに消えちゃったんだか…」

「さっきまで俺たちの前を飛んでたのにな。」


とにかく茂みやら木のうろやら、隠れられそうな場所を探し回る男の子二人とは違い、メイアは数歩先の地面に妖精の痕跡を発見した。


「これは… 血…? ねえ!ちょっと来て!」


メイアに呼ばれレンとワーテラは血痕のある場所までやってきた。血痕といっても三人がめにしているものは透き通った緑色の液体だ。


「なんだこれ?」


レンは不思議そうにそれを見る。それに対しワーテラは昔祖母に聞いた話をおもいだしていた。


「昔ばあちゃんから聞いたんだけどよ。フェアリーはその属性に応じた色をしていて、それは見た目だけじゃなく血や使う魔法まで一色なんだとよ。だからこれはあのフェアリーの血なんじゃないか?」

「へぇー。じゃあつまり、あいつは森にいるから血も緑ってこと?」

「多分な。だけど、メイアよくこんなのに気づいたよな。俺もこれ見るまではばあちゃんの話なんか完全に忘れてたぜ。」


血の跡をたどっていたメイアが振り返る。そして少し照れくさそうに口を開いた。


「ずっと前、本で読んだの。ほら、昔は私体が弱かったじゃない?だからみんなと外で遊ぶことができなくて、本ばかり読んでたの。」

「そうだったね。僕とワーテラが初めてメイアちゃんの家に遊びに行った時もびっくりしてたっけ。」

「当たり前じゃない!だって誰かが来るなんて初めてだったし… それに、私あんまり外に出てなかったから顔も名前もしらなかったし…」


懐かしい話も交えつつ、三人は血痕を追ってどんどん森の奥深くへと進んでいった。


「ね、ねぇ… こんな奥まで来ちゃったら魔獣が出るんじゃ…」

「なんだよ、びびってんのか、レン。」

「だってお父さんがいつも言ってるし… 魔獣がいないのは村の近くだけだ、とか、あんまり奥まで行くとギフトが出るぞ、とか。」

「んなわけねーだろ!ギフトっていうのは神様がくれた戦争のための兵器だぞ!野良ギフトなんかいるわけねーじゃん!」

「でもさー…」


そんなふうに二人が言い合っていると、前を歩いていたメイアが神妙な面持ちで話し始めた。


「私だってこんなところにギフトなんかいるわけないと思ってるよ?でも、私たちは今フェアリーの血の跡を追いかけてるんだよね?フェアリーは小さな妖精だけど、属性を持ってるし魔力もかなり大きいって本に書いてあったわ。そんなのがその辺にいる魔獣にケガさせられるかな…?」


メイアの声は少し震えていた。それもそのはず、一般の魔獣がアンデッドかそうでないかの区別くらいしかないのに対し、妖精や精霊、天使や悪魔といった神様が持つのと同じ属性を備えた存在というのは皆、ギフトまでは及ばないものの個々が強大な力を持っているのだ。フェアリーだって例外ではない。しかし、状況から見て今アズロの森にはそれを超えた力を持つ何かが潜んでいるのだ。子どもが三人いたところで数秒ももたないだろう。


「なんだよそれ…」

「ねっ…だからもう帰ろうよ…」

「私もそうしたほうがいいと思う。なにもないうちに早く帰りましょう。」


血痕はまだ先の方まで続いていたが、三人はフェアリー探しを諦め村に帰ることにした。








道中、レンが転んで膝を擦りむいたり、ワーテラがささくれにズボンを引っ掛けて破いたりもしたが、魔獣と出会うこともなく三人は村の入り口にたどり着いた。

だが、様子がおかしい。いつもならば訪問者に労いの言葉をかけるために入り口付近にいるおばさんがいない。それだけではない。野菜を売る農家のおじさんの声や鍛冶屋から響く焼けた鉄を打つ音も聞こえない。そして何より、村の中心の方から煙が立ち上っている。


「いつになく静かね… みんなどうしちゃったのかしら…」

「おい、あれ見ろよ!煙だ…」

「火事かもしれないし行ってみようよ!」


と、駆け出そうとした三人を呼び止める声がある。どうやら木の後ろから聞こえてくるようだ。


「………前た… ぶ………のか…」


声の主は村長のハンスだった。大柄で住民の力仕事を手伝うだけでなく、その肩に村の子どもたちを乗せて遊んだりするなどとてもいい男だった。

しかしもう彼にはそんなことをする気力も体力も残されていないだろう。左肩からばっさりと斬られ、おびただしい量の血を流す彼は息も絶え絶えだった。


「ハンスさん!」


駆け寄る子ども達の頭をハンスは血だらけの手で撫でてやる。


「すま…ない… 私は…皆の命を……れなかった…」


ゲホゲホとさらに血を吐きながらもハンスは三人に話を続ける。


「もう私は長くない…だろう… お前達の親も…無事かはわからない… だから… お前たちだけ…も… 生き…ろ…」


それだけ言い残すとハンスはレンの頭に乗せていた手をだらりと下げた。


「ハンスさん…」


メイアは泣きながら木にもたれているハンスの亡骸にハンカチを被せてやった。

三人は悲しみや不安や恐怖に押しつぶされそうになりながらも歩を進めた。村には至るところに死体や血溜まりがあった。その中にはワーテラの祖母、メイアの両親の死体もあった。


「ばあちゃん…」

「お父さん… お母さん…」


涙を流す二人を見て、レンは未だ見つからない両親の姿を思い浮かべていた。この状況下ではまず生きてはいないだろう、そんな絶望感に打ちひしがれているレンの肩にワーテラが手を置く。


「いつまでも泣いてられねぇな。早くレンの父ちゃん母ちゃんや俺の親父とお袋も見つけてやんないと。」

「そう…よね… もしかしたらまだ生きてる人もいるかもしれないし… ここで何が起こったのか聞かないと…」


目からは光が失われた二人とともに、レンは相も変わらず煙を上げている村の中心部へと向かった。

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