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交渉

出発前にさんざん聞かされた森の様子とは異なり、カイリとオウロ一行が足を踏み入れたアズロの森は木漏れ日が差し込み鳥のさえずりが聞こえる豊かで平穏な場所だった。


「聞いてた話と違うな。もっと魔獣やら盗賊やらが次から次へと襲ってくるもんだと思ってたが。」


カイリのつぶやきに後ろを歩いていた村人が答えた。


「おかしいですね… この時期なら縄張りに侵入した生き物を追い出すために何頭もファンゴが突っ込んでくるんですが…」


村人達も経験したことのない森の様子にとまどいいを隠せない様子だ。もっともカイリとオウロにとっては面倒事が減って嬉しい限りなのであった。








「カイリ様。もう森の出口はすぐそこみたいですよ。結局一度も襲われなかったですし、よかったですね。」

「そうだな。リドリーさんの話によると森を抜けてしまえば数十分程度でタラス城へと着くそうだぞ。」


その言葉どおり一行はまもなく水の国タラスの国王がいるという城へ到達した。城は湖のど真ん中に建っていてそれを取り囲むように城下町が水上都市として栄えている。遠くの山々にも映えるように設計されたそれは一種の芸術作品のようだ。そして街へ入るためには湖を渡らねばならず、天然の要塞となっていることもこの国が12大国に名を連ねる一つの要因なのだろう。

街への入り口を探して湖を一周しようとしていた一行は数分と経たないうちに砦を見つけた。おそらくいくつもあるのだろう。


「すみませーん。ヴォダの村からやって来た者ですけどー。」


カイリが閉ざされた砦の入り口でそう叫ぶと、中から数人の兵士が出てきた。その鎧姿を見てカイリの中に人殺しの不快な感覚が蘇る。


「あなた方にはこちらの水晶に手をかざしてもらいます。なに、魔獣や悪しき人間のオーラを感知して光るもので、治安維持のために行っている儀礼ですのでご安心ください。」


そう言われ差し出された三角錐型の水晶に村人から順に手をかざしていく。五人目の村人がかざしてもなお水晶は光らずに静かに横たわっていた。次にカイリが手をかざすと、水晶は光らなかったもののその奇抜な格好は兵士の目を惹くのに十分すぎた。


「おい貴様。なんだその格好は。」


先程までとは変わって怒りを孕んだ声で年配の兵士がカイリの前に進み出る。


「え?いや、これは…」

「違うんです!彼は…」


そう言ってカイリの前に飛び出したオウロの姿を見て年配兵士の顔色が変わる。


「そのローブ… もしやあなた様は!」


年配兵士は急に砦に戻って行ったかと思うとすぐに代わりの若い兵士がやってきて、その場に待機していた他の兵士とともに五人の村人を砦の中へと連れていった。すぐに彼らは砦の裏から出てきてボートに乗り発進したのを見るに先に街へと通されたのだろう。その一方でカイリとオウロは先程の年配兵士とともに砦の中に残されることとなった。

軽い持ち物検査の後、二人は別の部屋へ案内され、そこには淡く光る魔法陣があった。


「先程までの御無礼をお許しください、オウロ=アス=ディア殿。ささ、こちらへ、お連れの方もどうぞ。すでに魔法陣にはニース様のもとへ直接繋がるよう術式をかけてあります。」


そう促されるままに二人は魔法陣へ乗ると、瞬く間に見慣れない豪勢な造りの部屋へと飛ばされた。


「ようこそタラス城へ、オウロ殿。私がこのタラス国の王ニースだ。」


朗々として響いてくる声の主は美しい王妃の隣で玉座に腰掛けていた。その姿を見たオウロはすぐに膝まづき、事情が飲み込めないカイリの頭を掴んで地面にはいつくばらせた。


「お久しぶりです、ニース様。今日はわけあって馳せ参じることとなりました。」

「久しいな、オウロ殿。実に十年ぶりか。まぁそうかしこまらずともよい。早速だがそのわけとやらを聞かせてもらおうか。」


温厚な笑みを浮かべたまま、老王ニースはそう言った。一見すると優しそうな笑みをたたえるニースであったが、カイリはその笑顔の奥にギフターの身でありながら他国にいる自分への猜疑心を感じ取った。


「はい。実は私は金の国の王族の命を助けるためにここにいる火の国ジャガルタのギフター、カイリとともにここまで逃げてきたのです。」


その言葉と同時にカイリは手の上に金銀財宝を出現させた。無からものを生み出す能力に、カイリがギフターだということを信用しきれずにいたニースは驚きを隠せなかった。


「ジャガルタがグンローフを攻めたとは聞いておったがまさかギフターまで出陣させておるとは… して、どういう経緯でこのような事態に?」

「それは俺が…」

「いえ、ニース様。私がここにいるカイリに懇願して父や母、弟妹たちを助けてもらったのです。その代わりに彼が出した条件は王族である私と契を結ぶこと。私一人が犠牲になれば済む話だったので了承したのです。」


口を抑えられてもなお何か言いたげなカイリだったがニースの目には入っていない。


「なるほど… それで火の国の軍勢から逃れるためにこの国にやってきたと…」

「はい、恥ずかしながら。そして恥の上塗りになってしまいますが、ニース様。どうか私たちを正式に亡命者として扱ってはいただけないでしょうか。私がグンローフに戻れば彼もまたジャガルタに戻ってしまう。そうすればグンローフはきっと滅ぼされその次はここタラスへと牙が向けられるでしょう。」

「オウロ殿の言いたいことはよくわかった。しかしあなたがここにいることが知られればすぐにでもグンローフは返還の要求をしてくるだろう。秘密裏にといっても一国の王女とギフターを同時に匿うには限度がある。そこについて何か考えているかね?」

「私たちは今タラスとジャガルタの国境近くにある辺境の村ヴォダに身を寄せております。なのであの村で隠遁生活を送ろうと思っています。ニース様にお願い申し上げたいことは他国にこの事を知られないようにすることだけです。その代わりに戦時にはカイリがギフターとして戦争に参加します。」


当然これはカイリの了承を得てはいない。


「なるほど、あいわかった。このニース、己の身を犠牲にしてまで家族を守ろうとする者を売ったりはしない。その条件を飲もう。ところで、先程伝令の兵士がヴォダの村から使者が来ていると報告があったな。彼らはあなた方と一緒に来たのか?」

「はい。ヴォダの村は今ファンゴによる被害に苦しんでいるので、彼らはニース様に助けを求めるために来ています。」


ニースの表情が険しくなった。


「数年前まではファンゴが異常繁殖した時にはに討伐隊を送って村人の安全を守っていたのだが… 昨今は隣接するジャガルタの動きが活発でな。国境警備に人員を割かれてそこまで手が回らないのだ。すまないが村人にはそう伝えてくれないか?せめてもの罪滅ぼしに村までの帰り道を護衛するために兵士を一人付き添わせよう。」


亡命の話は快諾してくれたにも関わらずファンゴ退治には手を貸せないという思わぬ展開についていけないカイリとオウロだったが、その後やって来た五人の村人にも討伐隊が来ない旨を伝え、護衛の兵士とともに城を後にするしかなかった。








「なんであんたが頼んで俺が連れてきたみたいな説明をしたんだ?素直に言えばいいのに。」

「ギフターに一目惚れされて亡命したいなんて恥ずかしくて言えないじゃないですかばか!!」


カイリとオウロはそんな他愛もない会話をのんきにしていたが、二人から事の顛末を聞いた村人は護衛の兵士一人しか派遣してくれなかった以上ファンゴの被害は村の住人だけで対処するしかなくなったという事実に直面し、肩を落としていた。

若干の温度差も生じながら一行は再びアズロの森の前まで来た。しかしひとたび森に入ると、行きに通った時とは全く異質な雰囲気に包まれた。


「ねぇ、さっきとは森の様子が全く違いませんか?何かこう… 常に何かの視線に晒されているような…」


オウロが少し怯えるようにそう言ったその時だったーーー 殿を務めていた兵士の首から上が音もなく消え去ったのは。

ドサッっという音が聞こえ一行は振り返る。そして目にした"ソレ"が首を失って倒れ伏した兵士の死体だと実感するのに数秒を要した。


「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


なんの前触れもなく護衛の兵が殺された様子を目の当たりにし、同行していた村人が錯乱した様子で逃げ出すのも無理のないことだった。慌てふためく彼らをオウロは必死になだめようとし、その間にカイリは周囲を見回し襲撃者の位置を探る。


「おい、あそこにいるのは何だ!?」


オウロとようやく落ち着きを取り戻した村人が声を荒らげたカイリの指差す方を見ると、そこにいたのはこの世界の住人でもまず目にすることのない存在であった。緑色の鱗に覆われた巨体からは鋭い爪の生えた手足と尻尾が伸び、ねじ曲がった角の生えた頭部には一行を睨みつける濁った黄色い双眸と紅い舌のような炎がチラチラと覗く裂けた口があった。

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