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最強のお姫様の助け方 ~銀の召還姫と落ちこぼれ騎士~  作者: 笹座 昴
1章 まずは小さな火の玉から
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6話 貴族と騎士の義務



 やることが終わったらしいセンパイは、笑顔でこちらに戻ってきた。今日は丁寧に丸めた紙を鞄に突っ込んで、鞄ごとリッターさんに渡す。

「帰るか」

天井を見上げると、隙間から降り注ぐ光はかなり弱まっている。まだ濡れている服を着たセンパイは気持ち悪そうな顔をしていたけれど、俺たちは急ぎ足で帰る準備をして、石板のあるこの大きな洞穴を出た。


 行きとは逆に、今度は木の階段を上る。まだ元気なのでセンパイはコケはしないと思うが、足取りの少し怪しいセンパイを見張りながら上っていると、先頭にいたリッターさんが足を止めた。

「止まって」

そう言いながら、俺たちを静止するようにリッターさんが左手を横に伸ばす。皆が足を止めて少し静かになった空間で、俺の耳もその足音を拾った。

「下がって」

リッターさんの指示に、センパイとミラを下がらせて俺は前に出た。リッターさんの後ろから階段の上を覗くと、5人の男が乱雑な足取りで階段を降りてくるのが見えた。

「残念。観光客ではなさそうだね」

皮当てを身につけて、抜き身の剣を握った薄汚れた格好の男たち。そいつらが、にやにやと俺の後ろに不躾な視線を投げる。

「上物だ。傷を付けるな。男は殺せ」

中央に立った男の声に、ヒューッと前から口笛を吹く音が聞こえた。まるで喜ぶようなその音に、少し驚きながらもリッターさんに声を掛ける。

「下まで下がりますか?」

「弓や投石類は持っていないようだし、ここでいいよ」

相変わらずのほほんとした口調のリッターさんが、左に差した剣を抜いた。


 敵は5人。こっちで戦えるのは3人だ。だけど、この階段は狭いから、まともに横に並んで戦えるのは二人くらいだ。俺も前に出ようと足を踏みだしたとき、静止の声が入る。

「オスター殿は、おれの横を抜けたやつをお願い」

「いや、それは」

この人は一人でやるつもりなのだろうか。

「こういう狭い場所には、おれの剣の方が向いているよ」


 俺は基本的に馬上で使うことも想定した、しっかりとしたこしらえの大ぶりの剣だ。対してリッターさんが軽く握っているのは、軽そうな少し刀身の短い剣。

「サライさんは、護衛をお願い」

リッターさんがこんな非常時でも、変わらずのんびりとした口調でそう言ったとき――

「かかれ!」

その言葉に先頭にいた男が、剣を上段に上げてリッターさんに斬りかかった。



 「うおー!」と叫びながら、不格好に上げられた剣。その素人丸出しのその剣が振り降ろされるまさにその瞬間、リッターさんは逆に一段踏み込んで、下から見ればがら空きの男のあごを、剣で軽く裂いた。そして男がそのことに気づく前に、男の胴に体当たりをして、後ろの男にぶつけるように男を吹き飛ばす。

 突出していた中央の男がいなくなって、先頭に引きずり出された両隣の男――まだ、状況を理解できていないその男たちの、右側の男に狙いを付けるようにリッターさんが剣を引いた。それを見て、俺は瞬時に左側に駆け出す。


 左の男は、リッターさんしか見ていない。狭いこの場所で、俺の左腰に吊された剣は、抜くことができない。俺は右手を背中側に伸ばして、予備の短剣を引き抜き、そのまま体のスピードをぶつけるように、皮当てを少し避けて男の腹に狙いを付ける。そして手元の剣ごと、男の体を壁に叩きつけた。

 あっさりと剣が刺さって、その感触が手首に返ってくる。


 空いた右側を警戒しながら、転ばないように注意して飛び退くと、右側の男とその後ろの男はもう地面に倒れていた。

 人が重なり合って、通れない通路。その向こうを最後の一人の男が恐怖に満ちた顔で駆けだしているのが見える――


 そのときトンっと、軽い音がして男の背中に剣が生えた。


 横を見ると、リッターさんが、ぱんぱんと軽く手をはたいている。

「どうも。オスター殿」

そう笑顔で言われて、「手を出さなくてよかったかもしれません」と俺は頭を下げた。



 ミラとセンパイはサライさんに護衛を頼んで石板のある広間に下がらせて、俺とリッターさんで男たちの死体を処理する。なんとか全員入口まで引きずり上げて、近くの崖から順番に死体を落とした。

 死者を弔いたいが、俺たちはその道具を持っていない。しばらく暗い崖の奥深くを見つめてから、振り返ると、リッターさんが空を見上げていた。もう日が完全に暮れてしまっている。今からこの山道を降りるのは危険だ。

「仲間は来るでしょうか」

「さぁ、全員ちゃんと殺したから、すぐには来ないと思うけど、罠の準備はした方がいいね」

リッターさんはそう言って、近くの木から細長いツタを回収している。その手慣れた様子と、先ほどのよどみない動き――

「リッターさんは傭兵ですか」

「うん。そうだよ」

てっきり冒険者かと思っていた。でも、考えてみれば、今回の依頼は冒険じゃない。人の護衛――だから対人戦の専門家。

「先ほどはありがとうございます」

「おれの仕事だから」

刃物を持った手で、ひらひらと手を振られた。



 一度石板の広間に戻ってセンパイたちの様子を見てから、リッターさんと手分けして階段に簡単な罠を仕掛けた。

「おれが先に見張っておくよ。オスター殿、悪いけど夜中に一度交代してね。朝方がサライさんだ」

はいと返事をしてから、センパイたちのもとに戻る。たき火を囲んでいる皆の視線を感じながら、空いたところに座ると、センパイがはいと何かを渡してきた。

「デューイ。これ、マドレーヌだ。済まないがこれしかない」

まどれーぬ。まさか例のやつか! 四角いそれをこわごわ受け取って、なぜかふわふわとした手触りに驚きながら口に入れると、口の中で柔らかい食感と、脳を刺激するような甘みが広がった。

「何これ……」

味がなくなる限界まで噛みしめる。

「美味しいです……」

貴族というものは毎日こんなふわふわとしたものを食べているのだろうか。だとしたら寮で俺を怖がっている連中が、あんなふわふわとした生き物になってしまっても仕方がない。明日からはもう少し気を使おうと俺は心に決めた。


「それ兄様が作ったんです」

ミラの言葉に、思考を口の中の食べ物から現世に戻す。

「それは俺ではない。料理長だ」

「でも、料理長に教えたのは兄様です」

センパイが? とセンパイを見ると、センパイは曖昧な表情で笑っていた。

「あの、デューイ様。さっきは助けてくださってありがとうございます」

ミラの声に振り返ると、ミラは俺の目をまっすぐ見てから、自分の手を見下ろした。

「私、足がすくんでしまって。怖くて――何もできませんでした」

「俺が初めて死体を見た日は、寝込んだ」

今日のミラと同じように兄貴に助けてもらって、剣を持っていたはずなのに、俺は何もできなかった。

「怖いと思うけど、ミラはちゃんと休んだ方がいい。リッターさんと俺とサライさんで交代で見張りをするから」

すみませんと謝りながら、座っているのもしんどかったのだろう。ミラは体を横に向けた。



 よし、見張りの時間まで俺も早く寝るかと準備をしていると、たき火の斜め向こうからセンパイがこちらを見ていることに気がついた。目が合って、センパイが少し視線を逸らす。

「デューイすまない」

「何が?」

何についてセンパイが俺に謝っているのかが、俺には分かってはいたけれど、何でもないように言葉を返す。

「護衛をさせるために連れてきた。いや、俺はついて来て欲しかったのではなく――」

「わかってるよ。さっきのは俺が勝手に手を出しただけだ」

俺が手を出さなくても、リッターさんは何事もなく処理しただろう。まぁ、あのときはそんなことは知らなかったし、俺たちの命がかかっている場面だ。ためらっている場合ではない。


 俺がそう言っても、センパイは何かを言いたげだった。寝床の準備が済んで、そんな様子のセンパイを見上げると、センパイはふっと軽く息を吐いて笑ってから、言葉をこぼした。

「驚くほど、あっさりとしていた」

「あっさり?」

「責めているわけではない。だけど、やはり、俺は――慣れてはいないのだろうな。平和ぼけしていると言ってもいい」

センパイは自分のことを笑うようにそう言った。


 平和ぼけか。内地の貴族は事務仕事が多いから、戦いの場に立つのはまれだ。だから、こんな荒事に巻き込まれるのは珍しいのだろう。

「センパイ。騎士っていうのは、平民からみれば、一番身近なお偉いさんだ。特に王都なんかでは、平民で解決できない問題がまず俺らのところにやってくる。中には、緊急のものもある。平民で構成される憲兵なんかに頼んで、判断を待っていたのだったら間に合わないこともある」

さっきのなんかもそうだ。ああいう奴らは、絶対に女性や子ども――自分より弱いやつを狙う。


「そういうときは、俺たちが勝手に判断する。勝手に判断して、民を斬るべきと思えば斬る。それが騎士だ。別に貴族の子飼いというだけじゃない」


 俺の家に話が来たときにはもう遅くて、間に合わないことはある。だけど、そうだとしても――俺がためらったせいで、抜け殻のようになった人たちを見るのはもうごめんだ。


「貴族にも、貴族の義務があるだろう。騎士にも騎士のやるべきことがある」


 国境沿いの3領――ストレル、ライラント、レザリント。三侯爵家が治めるこの領地では、莫大な領地の代わりとして、国境の防衛義務がある。対する王都などに属する内地の貴族たちは、魔物と戦わなくて済む代わりに、領地と呼べるものはろくに持っていない。その上、人の多さに関連する様々な事務仕事を、実はやっているらしい。

 どっちがいいんだろうなと考えて、いつも教室の机に、突っ伏すように寝ている銀色の髪の女子の姿が頭に浮かんだ。


「別に俺も慣れているわけではないけど、さっきのは俺のやるべきことの範囲だ。ただそれだけだ」

重そうに頷いたセンパイを見て、話を逸らすように口を開く。

「それにしても、リッターさんは凄かった。センパイが雇ったんだろう?」

「依頼だけ告げて、選んだのはあっちだ。今回はミラがいるから、相場の3倍は出した。二人以上寄こすのかと思っていたら、一人だったが――まぁそういうことだ」

ポンと金を出す貴族相手に、向こうも真面目に商売をした。


 小さく寝転んでいるミラの方に目を向けると、固い地面に何度も寝返りを打って、どう見ても寝ていない。幼い頃の自分を見ているような気持ちになって、軽く笑った。

「センパイ。ミラの隣に居てやれよ」

センパイがこちらを向いた。その視線に続きを言う。

「怖いから、一緒に誰かいるだけで安心する」

「ミラは、別にデューイのことを怖がったりは――」

俺のことを気遣う間抜けを「違うって」と薄く笑って追い払ってから、もう寝ようと俺は地面に寝転んだ。



 夜中に一度見張りを交代したけれど、鳴り子が鳴ることもなく無事に朝になった。

「おはよう」

「おはようございます。デューイ様」

たき火の向こうでミラはそう言って、少し跳ねている髪を気にするように頭に触れていた。ミラは少しぼんやりとした目で、地面にぺたんと座っている。

「ミラ、寝られた?」

俺の言葉に、ミラは後ろをちらりと見た。ミラの視線の先――ミラのすぐ後ろで、センパイが横になってまだ眠っている。ミラが視線をこちらに向けてから、疲れた様子で首を振った。

「あまり……」

小さなその声に苦笑する。俺の気遣いは逆効果だったみたいだ。

 ごめんと笑って言ってから、見張りをしているサライさんの様子を見るために立ち上がった。



 サライさんのところに行くと、サライさんとリッターさんは二人で罠を外していた。

「おっはよー、オスター殿」

「おはようございます」

まるで昨日は何もなかったかのように、のほほんとした笑顔で言われる。この人にとってはこれが日常だ。洞窟の入り口まで見に行ったけれど、朝日がまぶしいだけで何もなかった。

「早く帰ろう」

「はい」

センパイたちを迎えに、広間に引き返した。



 階段に残っていた血だまりを見て、二人はうっと立ち止まっていたけれど、倒れることもなく無事に村まで戻った。そして、後処理は村の人たちに依頼して、馬車に乗り込む。

「さっきの村人、やけに淡々としていた」

センパイの言葉に先ほどの様子を思い出す。族を殺したと言っても、村の人たちは喜ぶでもなく、怖がるでもなく俺たちに対して事務的に対応していた。考え込んでいるセンパイを見て、リッターさんが口を開いた。

「おれたちが殺した族は、さっきの村の出身だと思うよ」

「だったら、普通は俺たちのことを――」

センパイはそこで言葉を止めた。

「村の人は、族が誰かを知っている。邪魔だけど正体は知っているから、自分たちが倒さなければならないほど怖いものじゃない。だから、死んだなら、『そっか』だよ」

のんびりとした笑顔でそう話すリッターさんをセンパイはじっと見たあと、窓の外に視線を向けた。

「俺が生きている世界は本当に狭い」

「みんなそうじゃないかな」

リッターさんはそう言って微笑んでいた。



 帰りの馬車は何事もなく、王都に着いた。順番に降りて、ぐっと体を上に伸ばす。

「じゃあ、おれは行くよ。また、何かあればヘギンス傭兵団をよろしくお願いします」

そう言って、リッターさんはこちらに向けて軽く手を挙げた。

 ありがとうございますと頭を下げるミラの隣で、センパイと一緒に手を振る。俺が上げていた手を下ろしたときに、隣に立つセンパイから声が掛かった。

「デューイ」

「何?」

「忘れているかもしれないが、実は色々わかった」

振り返るとセンパイは俺をまっすぐ見ていた。

「明日試そう」

「おう、明日な」

いつものように軽く手を上げてから帰路に就く。



 俺は、実はそのときは何もわかっていなかった。


 その次の日、センパイの『色々』の意味を思い知ることになる。




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