30話 後始末
貴族たちは片付いた。ラッセル兄たちの方は――
傭兵たちの方が人数が多いからか、騎士団の皆はそれぞれ馬上の死角を隠すように隊を作って対応している。
その中で、ラッセル兄は一人だけ突出して一騎でリッターさんを筆頭に5人の傭兵たちと対峙していた。兄貴の愛馬ミルファンジェの今日のあの重装甲……速度は出ないが、傭兵たちのあの軽装備では、自分たちの首を心配しながらあの馬からラッセル兄を落とすのは至難の業だろう。そしてその兄貴が、今日は防御に専念しているように見える。
「ラッセル兄! こっちは終わった!」
遠くから呼びかけると、まず真っ先に傭兵たちの手が止まった。その傭兵たちを警戒しながら、騎士団もこちらまで下がってくる。
「デューイ坊や、無事?」
おなじみの騎士団員に囲まれる。
「はい。ありがとうございます」
「魔術師を全員倒したのか!?」
やったのは俺じゃない。アリスだ。だけどそのアリスは、さっきからずっと俺の隣で大人しくしている。元気がなくて心配だが、今度は傭兵たちを焼き尽くすようなことにはならなくて、そのことだけは少しほっとする。
最後は、ラッセル兄がこちらに戻ってきた。一人だけ突出していたのは、強い相手を自分のところに引きつけるためだと思うけれど、そんな苦労はみじんも見えない。兄貴のことだ。本当に疲れていないのかもしれない。
「ありがとう」
兄貴は俺に寄りかかるアリスを見てから、俺を褒めるあの顔で笑った。
そのとき
「あのー」
そんな力のない声が、遠くの方から聞こえてきた。
「あのー、おれたちの雇い主はどこに行ったか知ってます……?」
雇い主? 馬の足の間から声の聞こえた方を覗くと、傭兵たちが倒れた貴族たちを転がして誰かを探している。
「ツヴェルク伯爵なら、別の世界へ消えた。もう戻ってはこないだろう」
センパイの声に、リッターさんは「うげっ」と声に出してから、「これで後報酬ゼロとか割に合わないでしょ……」と頭を抱えて嘆いていた。
傭兵たちは、倒れた貴族の持っている装飾品やスクロールを取り外して何か相談している。
「待ちなさい」
アリスの静かな声に、ざざっと馬が割れた。
「それはライラント領のものよ。触らないで」
アリスが左手に何かスクロールを広げている。それを見て、俺は心の中で泣きながら、守りのスクロールの準備をしながら前に出た。
傭兵たちは持っていたものを落として、両手を挙げてこちらに振り向いた。貴族たちがなぜああもばたばたと倒れているのかその理由を考えると、自分が同じ目に合いたくはないだろう。
「あなたたちは私が雇いましょう」
えっ!? そう宣言したアリスにすべての視線が集中する。
「いいの?」
リッターさんの目がきらきらと輝いていた。
「ええ、いいわ。だって金さえ払えば何でもやってくれるのでしょう? さっきまで見せてくれていたその忠誠心、素敵だったわ」
アリスの言葉にリッターさんも不穏なものを感じたのか、後ろを振り返った。
「ど、どうする?」
ごそごそと傭兵たちの話合う声が聞こえる。
ヘギンス傭兵団の話し合いの結果を俺たちが待っていると、アリスが急にこちらを振り向いた。魅力的な、この場にふさわしくないほどの輝かしい笑顔――なぜ、それを見た皆の顔が、俺と同じように引きつっているのだろうか。
「王都騎士団の皆さん。私はアリスティア・ライラント。ライラント領の国境沿いに、不穏な一派がいるのが見えるのだけれど、国を守る騎士として、族退治に協力してくださらないでしょうか?」
アリスは胸に手を当てて、お願いしますわと騎士団の皆を見上げた。
「お仕事、喜んで引き受けさせて頂きます!!」
自らの運命を悟ったのか、傭兵たちは横一列に並んで頭を下げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いいものが手に入ったわ」
「いいものって……」
さっきからアリスは踊り出しそうなくらい喜んでいる。
「付与のスクロールも手に入ったし、これを使えば魔物退治は彼らに任せて、私は楽をできるのよ!」
続く高笑い。アリスさん、怖いです。
「しばらくは強い魔物は出てこないのか?」
「えぇ、新月がすぎれば2年ほどは、小さいものばかりだわ。月の出ている日はほとんど出てこないし。だから、しばらくは休めるの」
アリスはスキップをして俺の前を進む。
「ツヴェルク伯爵は消えてしまったし、残りの貴族の処分も考えないといけないし、やることは色々あるわ――でも」
「……でも?」
「いいの!」
アリスは笑顔でこちらを振り向いた。
「マルセルがライラント領を継ぐまで、私の好きにさせてもらうわ」
そう言ってから、アリスはもう一度俺に背を向けた。
「ねぇ、デューイ」
「何?」
突然足を止めたアリスに、俺も立ち止まってアリスの言葉を待つ。
「また、助けてって言ったら、助けてくれるかしら?」
俺は、アリスに『助けて』なんて言われただろうか。だけど、答えなんか決まっている。
「あぁ。もちろんだ――」
「俺は剣に誓ったからな」
アリスが急にくるりと振り向いた。そして、つかつかとこちらに歩いてきて、俺を下から睨む。
「騎士っていつもそう! 誓い、誓いって……人のことをなんだと思っているの!?」
俺はなぜか怒られていた。
「アリスだ」
「そういうことを言っているんじゃないわよ!」
わからなかったから、俺は素直に謝った。
「すみません」
「もう、いいわ! 見てなさい! 私の好きにするんだから!」
アリスはそう言って、最後はどこか嬉しそうに、今日も颯爽と先に行ってしまった。




