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29話 またね!



「一番背が高い男以外は魔術師だ。警戒しつつ展開」

リッターさんの指示に、傭兵団の男たちが散らばる。

 多くの男たちは手に大きな盾を持っている。この人数だ、一回の魔法で全滅させることはできない。そんな都合のいい魔法を俺たちは持っていない。


 俺たちに向かって剣を構える男たちを見ながら、頭の中の俺は珍しく冷静に考えていた。

「アリス。ミラを抱えて飛べるか?」

「はあっ!? 嫌よ!」

直ちに返ってくるのは拒否の言葉。だけど、アリスならそう言うとわかっていた。

「アリス。揉めている時間はないんだ」

「嫌よ! あなたはいつもそう――」

早くしないと周りを取り囲まれる。あの人たちは俺たちの話が終わるのを待ってはくれない。

 何と言えばアリスがうんと言ってくれるかわからない。そんなの俺が知るわけがない。だから、俺はただ真剣に――アリスに俺の思いを伝えた。


「好きだから、お願いだから行ってくれ!」

アリスの顔がきょとんと固まった。

「えっ、あっ……あの、私……」


 死にたい。

 だけど、そうだとしてもアリスは何としてでも俺が守る。涙を堪えて、いやむしろいっそすがすがしい気分で俺が前を向いたとき――


「上だ!」

傭兵たちのその声と共に、傭兵たちが盾を上に掲げながら、左右に散らばる。傭兵たちがさっきまでいた位置に、ザザザザと弓がささった。


 耳に届くのは、無数の馬が地を蹴る音。


 その背に乗るのは俺がよく知る人たち。

 そして――


「デューイ。最後の一瞬まで諦めるな」


 なんでいるんだよ。

「ラッセル兄」

この人は、いつもこう、一番いいところで出てくる。なんでこう格好良いかなぁ……


 そして、兄貴の馬の後に続くのは、

「デューイ、気合い入れろ」

「デューイ坊や、驚いた?」

「ピンチに駆けつけるのは俺たち王都騎士団!」

俺がよく知る馬が、俺たちを守るように取り囲んだ。

「王都の守りはいいのかよ……」

急にほっとして、涙を堪えながらそうつぶやく。

「王都はシュナイゼルに任せてきた。私は奴を信用している」

ラッセル兄の声に周囲を見渡すと、確かに団長はいない。

「そもそもどうしてここに」

俺の言葉に、俺のすぐ近くに居たデッセンさんが笑った。

「いや、もう圧倒的な力で呼び出されてしまってな――拒否することはできないあれは、まさに脅しだ」

そう言って肩をすくめた。

「圧倒的な力?」

「俺が呼んでおいた」

驚いてセンパイを見る。

「俺がツヴェルク伯爵ならば、ここを狙うと考えた。始めは動かしやすいヘギンス傭兵団を借りようと思ったのだが、国一の傭兵団はすでに予約済みだった。つまりはそういうことだ」

そういうことって。一人だけ、絶望感を感じて動揺していたのが馬鹿みたいだ。

「センパイ、先に言ってくれよ……」

「親類や知人が昨日から待機して自分戦いを近くで見守っているなどと、聞きたかったか?」

「あ、いや、いいです」

ご配慮感謝しますと断った。


 ラッセル兄は、剣を抜いてヘギンス傭兵団の人たちを鋭い目つきで警戒している。

「デューイ。あの者たちは私がやろう」

昔とまったく変わらないその様子にため息をつきたくなる。

「ラッセル兄。頼む……」

「デューイ。しばらく見ないうちに大きくなった」

驚いてラッセル兄を見上げるが、真面目なラッセル兄はこちらを見てはいない。

 こちらに背を向けたままのラッセル兄から、穏やかな言葉が続いた。

「たまには顔を見せてくれ。皆会いたがっている――私もだ」


 その言葉にぐっと出そうになった涙を堪える。

 俺は馬鹿だ。一人で勝手にぐるぐると意地張って、なんかすげー格好悪い。


「わかった」

せめて格好つけて、淡々と俺は答えた。

「デューイ。門の向こうの者たちは任せるぞ。私には、魔術師の相手はできないからな」


 門の向こう?

 開いた門の向こうに見えるのは、10数人の魔術師の証たるローブ。

「ツヴェルク伯爵!?」

アリスがその群衆を見て小さな悲鳴を上げた。

「大切な人を守れ」

ラッセル兄は一瞬だけ俺の方を振り返って、俺を安心させるように笑った。

「わかっている」


 わかっているよ。だって、兄貴が俺に教えてくれたことなんだ――


「では行くぞ」

ラッセル兄がそう言ったあと、王都騎士団の馬がヘギンス傭兵団をこの場から離すように追い立てていった。




 そして人がいなくなったその場所に、堂々と足を踏み入れるのは、一人だけ貴族の装いをした20代後半くらいの男。その男は静かにパチパチと拍手を始めた。

「まさか、最後まで我々が手を貸さずに、倒してしまうなどとは思ってもみなかった。驚いたよ。君たちは凄いね」

感情のこもっていないその声に、警戒してアリスを俺の背中側に引っ張る。

「だけど、君たちももう疲れただろう――ティア、こちらに来なさい」

不気味さを感じるほど優しいその声に、アリスが後ろから俺の腕をぎゅっと掴んだ。


 かたかたと震えながら俺の腕にしがみついたアリス。そんなアリスに向かって、男はもう一度静かに語りかけた。

「ティア。こちらに来なさい」

「嫌です!」

今度はアリスが俺の腕に、額を押しつけた。緊迫した空気の中、柔らかい何かが、ほんの少しだけ俺の腕に当たっていて心乱される。


 男がイライラとした視線を俺に向ける。

「ティア、その汚い男から今すぐ離れてこちらに来なさい」

汚いって。いや、あの高そうな服と派手な顔立ちから見ればそうかもしれないけど……

「デューイは汚くなんてない!」

アリスが突然そう叫んだ。その声に驚いて斜め下を見る。

「ティア。その男は、ティアの隣に居ていい身分のものではないよ」

ツヴェルク伯爵はアリスに向かってそう言ってから、無機質な目で俺を見た。

「魔術学院という同じ場所にいて勘違いしているのかもしれないが、君は身分が違う。君も自分自身の身分をいい加減正しく認識しなさい」


 俺は騎士。アリスは侯爵家のお姫様。

 そんなことわかっている。わかっていたつもりだけど、友人だ、仲間だと俺はそう思っていたから、忘れたふりをしていた。

 だけど、いつの間にか本当に忘れていたのかもしれない。俺はそれを指摘されてしまった。


「ティアの側から離れなさい」

「私、そんなこと思わない! 思ったことない!」

俺の真横で、ツヴェルク伯爵に向けて必死にそう主張してくれるアリスに向かって、俺は自分の気持ちを抑えて静かに微笑んだ。

「うん」

アリスが俺の顔を見て、目を見開く。そして――


「わかってない! デューイは絶対にわかってない! 私、そんなこと本当に思っていない!嫌だったら、私一緒にいない! 汚いなんて思っていたら一緒に寝たりなんてしない!」

「アリス、わかってる。ちゃんとわかっているから」

アリスを落ち着かせようと、何度も頷く。アリスが言うように、アリスは嫌いな奴や気に入らない奴は、躊躇なく蹴飛ばすタイプだろう。だから、俺がそう思われていないことはわかってる。


 俺の頑張りが功を奏したのか、徐々に落ち着いてきたアリスに反して、反対側から怨念のような殺意が膨らみつつあるのを肌が感じた。冷や汗がたらたらと背中を流れる。

「ティア……一緒に寝た? この男と? ねぇ、ティア。何を言っているの?」

ツヴェルク伯爵は、血色の悪くなった亡霊のような顔でこちらを見ていた。

 その瞬間、アリスがさっき自分が言った発言の意味にやっと気がついたのか、瞬時に顔が真っ赤に染まる。そして、「えっと、あの……」と俺の顔を狼狽しながら見上げた。


 わかってる。アリスは少し表現を間違えただけだ。

 昨日、俺とアリス(とリルメージュ)は(3人で仲良く同じ部屋で)寝た。ただそれだけで、俺はアリスに指一本も触れていない。

 だけど、アリスのこの反応。そんなことを知らない人が見れば、昨日の情事(そんなこと何もなかったけど)を思い出して照れているようにしか見えない。

 俺は否定すればいいのか……? でも俺が必死に否定しようとしたら、逆にアリスを怒らせはしないだろうか? そんなことを真面目に考えていたとき――


「あははははは」

場違いな笑い声に、視線がそちらに向く。ツヴェルク伯爵は少し涙をこぼしながら額を押さえて笑っていた。

「あんなに頑張ったのに、あんなに頑張ったのになぁ……でももういらないよ。汚いから君はもういらない」

ツヴェルク伯爵がこちらを振り返り、アリスに向かって爽やかな笑顔を投げかけた。そして笑ったツヴェルク伯爵の口から、踊るような言葉が発せられる。

「死ね」

その言葉は呪詛のように、延々と、繰り返された。


 息を止めてその言葉を聞いているアリスの左耳を左手で押さえて、そのまま頭を俺の方に引き寄せて、両方の耳をふせぐ。

 そして俺はツヴェルク伯爵を――これまでアリスを散々追い込んで、今もみっともない様をさらし続けている男を見つめ続けた。

 どこか朧気だったツヴェルク伯爵が、俺と目があった瞬間、突然笑うのを止めて、後ろを振り返った。

「やれ」

戸惑う子分と見られる貴族たちに、「やれぇ!」と命令が続く。子分たちは互いに顔を見合わせながらも、追い立てられるように前に出てきた。


「アリス。下がれ」

そうは言うが、俺にはもう魔法を撃つ力は残っていない。腕も動かないが、それでも守るのだと、己の剣を持ち上げる。子分たちが、誰から順にやるかを相談しているとき、俺の腕に、華奢な手が触れた。

「デューイ、下がって。これは私の仕事よ」

「待て、アリス」

アリスは俺の止める言葉など聞かずに前に出た。


 アリスが凜とした立ち姿で、貴族どもと向かい合う。

「あなたたちは、一体誰に刃向かおうとしているのかを、わかっているのかしら」

その言葉に、貴族どもは警戒するように、互いに顔を見合わせていた。

 そんな貴族たちに対して、アリスはいつもと同じ格好良い後ろ姿で宣言した。

「分かっていないあなたたちには、私、アリスティア・ライラントが直々に教えて上げましょう」

アリスが腰から素早く一本のスクロールを取り出す。


 アリスは何をするつもりだ? 俺も手伝うべきかを考えたとき、センパイが普段では考えられない速度でミラを連れて俺の背後に回った。


 なぜ、俺の後ろ……?


 センパイは俺の体を盾にするようにしゃがみ込んだ。

「デューイ! 守りのスクロールを使え。今すぐにだ!」

守りのスクロール? よくわからないが、言われた通りに一番上にあったそれを取り出した。

「センパイ、アリスのあのスクロールは何?」

守りのスクロールを広げながら、センパイに聞く。

「あれは、アーチモンド家所有の超攻撃型スクロール――」


 そこまで言われて思い出した。アーチモンド家が持っているスクロールは2本。そのうちの一本が範囲型魔法だ。アリスはそれで貴族たちをまとめて倒すつもりなのだろう。

 だけど……あれの攻撃範囲は2メートルほど。かなり至近距離じゃないと使えなかったはずだ。アリスとの距離は7メートルほどはあるから、この距離なら当たらないだろう。


 じゃあ大丈夫じゃないかと油断していた俺に、無慈悲にもセンパイの言葉は続いた。

「――を改造したやつだ」


「うおぉぉぉ!!」

もはや魔力など残っていない体から無理矢理魔素を引っ張り上げるために、全力で気合いを入れる。アリスが右手に握りしめた魔方陣を、高らかに頭上に掲げるのが見えた瞬間、結界の角度を斜め上に変更した。

「何で、センパイ改造してんだよ!」

「頼まれてな」

「何でこんなときだけ仲が良いんだよ!」

「まあ、そんなこともある。デューイ、3段だ」

「3段って、何……?」

えっ、何!? 何の話!?


 俺が確認しきる前に、アリスの右手の魔方陣が大きく広がった。

「これは焦土のスクロール! くらいなさい!」

アリスの声に、結界を支える手に力を込める。予想通り上空からやってきた熱波に、結界に隠れるようにさらに身を縮めた。

「センパイ、ミラ! もっと詰めて!!」

アリスを中心に広がる熱波。空気中の熱は結界の効果で遮断されるが、地面から足元を伝わってくるその熱に、できるだけ地面との接触が小さくなるようにつま先立ちする。


 この辺りは草なんてものは生えていないから、何も燃えるものはない。だからこそ、まだ地獄――焦土にはならなかったが、結界の向こうにあるのは、あまりの熱に空気が歪んだ世界だった。


 だけど、これなら大丈夫だ。今の俺の魔力でも、なんとか持ちそうだ。

 そんなことを考えてほっと一息ついたとき、上空を覆うように広がる魔方陣が、ぐわっとさらに一回り大きくなるのが見えた。

「2段目だ」

「うわぁ!」

もはやなりふり構わずに、全力で力をこめる。上から強まる圧力のような熱波に、汗か涙か、よくわからないものが体から吹き出た。これがあともう一段、これがあともう一段来る――


 アリスの攻撃から身を守るために、俺は死に物狂いで結界を張り続けた。



「おい、デューイ。終わったようだ」

センパイの声に、止まっていたらしい息をはぁと吐いて、前に倒れた。そして地に着いた両腕のあまりの熱さに、「あっちぃ!」と叫んで立ち上がる。地に倒れ込むことさえ俺には許されてはいなかった。

「デューイ」

涙目で腕をさする俺に、センパイが手を伸ばしてくれたので、その手を掴んで立ち上がる。

「ありがとう」

立ち上がった俺の耳に、センパイが顔を寄せた。

「ツヴェルク伯爵が何か余計なことを言いそうになったら殺せ」

静かなその声に驚いてセンパイを見る。

「アーチモンド伯爵家からの命令だ。騎士家の君では拒否できない」

センパイからの命令。「何で」とか、「どうして」とか理由を聞かなくてもわかる。きっとそれは俺がすべきこと。

「余計なことって」

「世の中には……人の心を破壊するのに十分すぎる真実がある」

アリスの心を破壊することができる真実。関係しているのはきっと、アリスの大切なもの――それが指すものに気づいてしまって、俺はあまりの下劣さに唇を噛んだ。何だ。何なんだあいつは。


 思い詰めた顔で窓の外を見ていたアリス。俺の前で溢れる涙を抑えようとしていたアリス。

「わかった」

「すまない。俺にはその力がない。だが責任は取ろう」


 センパイの言葉に頷いて、まっすぐ前を向いた俺の目に見えたのは、腕をだらりと下ろしてよろめくアリス――

「アリス!」

全力で駆けて、アリスの肩を支える。

「大丈夫か?」

「頭がふらっとするわ」

「力の使いすぎだ」

焦土のスクロールは、全方向無差別という何に対して使うんだと言いたくなる能力だが、術者には防御魔法がかかる。だから、アリスは少し汗をかいているだけで、どこも燃えてはいない。


 アリスの体を支えながら前を見ると、貴族の軍勢はばたばたと地面に倒れていた。辛うじて、意識があるのは何か防御魔法らしきものを使ったらしい3人。その3人も、下を向いて、ぜぇぜぇと荒い呼吸を吐いている。

 その3人の一番奥。二人の貴族を盾にしたその後ろに、ツヴェルク伯爵がいた。


「アリス。一人で立てるか?」

アリスの青い瞳が俺を見上げる。

「デューイ?」

「行ってくるよ」

アリスに向かって俺は微笑んだ。


 アリスが地面にしっかりと立つのを確認してから、手を離して、アリスの前に出る。

 そして、腰の剣を抜いた。


 向かうは、一人の男。ツヴェルク伯爵は俺を殺意の乗った目で見上げていたが、急に己の状況に気がついたのか、腰を抜かしたように後ろに倒れた。

「来るなぁ!」

そう叫んで、自分の前にいた二人の貴族を俺に差し向けるように後ろから蹴る。蹴られて立ち上がったその貴族たちは、俺の剣を見て二手に分かれて門の方へ逃げていった。


 あとは、ツヴェルク伯爵のみ。

「お前ぇ! 私は伯爵だぞ! 伯爵に手を出すつもりか!」

「そうだよ」

センパイは俺に人殺しをさせたくないのだろう。だから俺に、『余計なことを話しそうになったら殺せ』と言った。

 だけど俺にとってはそんなことはどうでもいい。こいつが生きていたら、アリスもマルセルもきっと休めない。そして、力を持ったゴミみたいなやつを放置すればどうなるかを、俺はよく知っている。もう、アリスが苦しむようなことを、こいつにさせてはいけない。


 俺は、俺自身の意思でやる。それがどのくらいの罪になるかなんて知ったことではない。

 狙いは首だ。魔術師を殺すには、首を飛ばすのが一番いい。


 俺が狙いを付けて剣を振りかざしたとき――


 俺の体が横からの攻撃ではね飛ばされた。


 体をひねって確認した俺の目に映るのはまっ白い図体。こちらに向かって突き出されたのは――また尻だ。あいつ!

「おい、リルメージュ!」

リルメージュはふんふんと鼻歌を歌いながら、倒れている何人かの男たちを蹴り飛ばして道を切り開いて、最後はひょいと伯爵の顔をのぞき込んだ。

「クウ、クウクウ」

混乱して固まっている伯爵にそう話しかけてから、突然伯爵に飛びかかった。倒れた伯爵の首とお腹あたりを、リルメージュは両足でがっちりと踏みつけたあと、バンっと翼で伯爵の頭を地面に押さえつけた。

 そして、アリスに向かって、大きく手を振った。


「クゥー!」

「リルメージュ?」

アリスが、一歩一歩リルメージュに近づく。うーうーうなりながらばたばたと暴れ始めた伯爵の上に、リルメージュが慎重に左足、右足と順番に足を折りたたんで座った。

 リルメージュはアリスに何かを伝えるように、地面を指したあと、どんどんと自分の胸を叩いた。それを何回か、アリスに何かを伝えるように繰り返す。


 地面じゃない――リルメージュは伯爵を指しているのか。

 リルメージュが俺の方にちらりと視線を向けて、『頼む』というかのように大きく頷いた。

「なぁアリス。リルメージュの好きにさせてやろう」

アリスは唇を震わせて俺をしばらく見上げてから、リルメージュの方を向いた。

「リルメージュ。また、会えるよね。会いに来てくれるよね」

「クウ!」

「わかったわ。大好きよリルメージュ」


 アリスは腰から召還のスクロールを取り出した。そしていともたやすく生み出した魔方陣を右手で掴んで、リルメージュの足元にそっと貼り付ける。

「さようならツヴェルク伯爵」

「ティア!」

その叫び声と共に、ツヴェルク伯爵はリルメージュのために開かれた穴に吸い込まれた。


 それを見届けてから、俺に向かって手を挙げるリルメージュに、犬猿の仲だったかもしれないけどしっかりと手を振り返す。

「じゃあな、リルメージュ。またな!」

「クウ!」


 そして、リルメージュは最後はアリスに向かって両腕を振り上げた。

「クウー!」

「リルメージュ、またね。また……明日ね!」

「ク、クウ、クックウ! クウ――」


 結局、あいつは何だったんだろう。

 リルメージュは見えなくなる最後の一瞬までアリスに両手を振り続けていた。



 そうして奴は、元の世界に帰って行った。




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