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幕間 兄様のことが好きなのです

(少し遡って、もう一組の話です)


 こちらに向かって、また何かが飛んでくるのが見えました。

 その何かに向かって、震える体で、杖を持ち上げます。


 衝撃に体全体で堪えて、ゆっくり目を開けると、振り下ろされていた何かは、結界に阻まれて引き上げていきました。


 今回はうまく行きました。

 

 でも、もうだめです……もう無理なのです!

 私にはアリス様ほどの才能はありません。あれほどの魔力もありません。だから、同じことをしろと言われても無理なのです!

 

 次が来たら、今度こそ、言ってしまおう――

 もう私は、手伝うことはできないのですと、言おうと決めました。


 でも、どうしてでしょう。こんなこと何十回も前から考えていたのに、一向に口は動きません。涙を流して、体はもう限界なのに、飛んでくるものが見えたら私の腕は勝手に上がってしまいます。

 私の体は、もうありもしない魔素を勝手に体のどこかから見つけてくるのです。


 だって、だって私の後ろには兄様が居るのですよ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『ミラ、こっちに来て。いいものを見せよう』


 幼い頃の兄様。いつも難しい本を読んでおられて、本など読まないお母様とお父様には気味悪がられていました。

 離れにひとりぼっちだった私は、そんな兄様に会いに行きました。私と同じように、多くの人にひそひそと噂されている兄様に会いに行きました。


 そんな私に兄様が見せてくれたもの――日の光に当てると、7色に光る箱。くるくるとなぜか勝手に踊り出してしまう人形。部屋に飾っていてもなぜか色あせない花。そして、甘い甘いお菓子たち――

 兄様は実験だと、いろいろなものを作って私に見せてくれました。


 兄様は私を喜ばせるために作ったわけではありません。だけど私は、兄様が作ってくれるものが大好きでした。だって誰も知らない。見たこともないようなもの。

 どうして、どうしてと薄気味悪そうに大人たちは噂をするけれど、そんなこと私には関係がなかった。


 兄様が作る魔法のようなものたち――それは兄様が時折ひどくうなされていることと関係があるのだと分かっていたけれど、私は兄様の前では気づいてなどいないフリをしました。


 無邪気な妹と優しい兄。兄様と私は、あの家でそんな関係を望んでいたから――



 兄様はあの頃の関係をずっと続けたいのだと思います。

 その関係を崩そうとする私が、裏切り者なのかもしれません。


 でも、私も大きくなって、たくさんの人と出会う度に思いました。

 たとえ、誰が私に優しくしてくれたとしても、私がその喜びを伝えたいのは兄様しかいないのだと。そして、兄様が私以外の誰かに優しくしているところなど、嘘や冗談でも見たくはないのだと。


 わがままな私。独占欲が強い私。



 だから、兄様に婚約を破棄するなどと言われてしまうのかもしれませんね。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 嫌な何かを思いだしそうになって、ぎゅっと閉じていた目を開いたとき、

「ミラ」

兄様の声がすぐ近くから聞こえました。

「はい」

私は知らずに何かを口走っていたのでしょうか。 かすむ目に、意識までもが、もやが掛かったようになっていて、もう何もわかりません。


 また、木が飛んでくるのが見えて、腕が上がります。

 目を閉じて、震える足に力を込めたとき、何かが私の両手に触れました。

 後ろに下がる私の体を、後ろからしっかり支えてくれるのは――

「兄様……?」

兄様の顔が私のすぐ横にありました。兄様が私の顔を見ようとするのがわかって、慌てて前を向きます。


 兄様の視線を頬に感じました。

「ミラは……俺でいいのか?」

耳のすぐ近くで聞こえた兄様の低い声に、体が変な気持ちになります。そんな汚れた感情は無視して、私は前を向いて、しっかりと答えました。

「はい」

そして続けます。人の機微にうとい兄様は、これだけでは絶対にわかってはいないでしょうから、続けます。


「兄様がいいのです。兄様でないと嫌なのです」

「そうか……」


 長い長い間。

 自分の手を覆っている、兄様の繊細できれいな指に心乱されるほどの長い時間。

 そう思っているのは私だけで、本当は短い時間だったのかもしれません。


「卒業したら結婚しよう。ベル」


「……はい、はい!」

聞こえていないかもしれない。伝わっていないかもしれない。そう不安になって、何度も兄様に向かって頷きながら、はいと私は返事をしました。


 そのとき、こちらに向かって大きな何かが飛んできたような気がしますが、知りません。


 穏やかな顔で、私だけを見つめる兄様――

「ロデリック様と、お呼びした方がいいですか?」

兄様の眉間に皺が寄りました。

「名前、お嫌いですか?」

「いや……慣れないんだ」

「では、もうしばらくは兄様と呼びます」

私がそう言うと、兄様は昔と変わらない――でも、あの頃よりはずっと精悍な顔で、私に向かって笑ってくださいました。




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