23話 新月の前に
あれからアリスは学院に来なくなった。担任の先生に、アリスの行方を知らないかと聞かれたけれど、知らないと俺は答えた。
ひそひそとアリスのことを噂している女子生徒たちがいる。だけど、俺はそんなことどうでもいいし、アリスももうどうでもいいのだろう。
放課後は日が沈むまで、倉庫でセンパイたちと話をする。ミラもあのあとは至って普通だ。俺が恐怖を感じるくらい普通だ。まぁ、センパイが捨てられたら自業自得だと、無駄な努力はせずに見守る。そして、寮に帰って準備をしてから、門のスクロールを使ってアリスたちの隠れ家に移動する。
アリスとマルセルはいつも飽きもせずに窓の外を見ていた。その窓枠に、てるてる坊主がいくつか揺れている。
「いらっしゃい。デューイ」
「こんにちは」
正直に言っていいだろうか? 笑顔の銀の妖精たちに迎えられると、何だか胸がじーんとする。
「今日も作ったのか? てるてる坊主」
「ええ、来週だから。晴れてても雨でも月は見えないのだけど、私は雨は嫌いなの」
アリスは以前と同じことを言っていたが、窓の先を見つめるその目は、前ほど荒んではいなかった。
「週末は孤児院で、てるてる坊主作りだ。体調が良かったらマルセルも行こう」
マルセルが頑張りますと、俺の顔を見上げた。
「じゃあ、アリス。そろそろ行こう」
「ええ」
アリスと一緒に、門のスクロールで国境沿いに移動した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新月の日に近づくにつれ、魔物はますます大きくなり、戦いは厳しくなる――
はずだった。
リルメージュと並んで体操座りしながら地平線らしき方角を見つめるが、土煙で前がまったく見えない。そして、絶えず激しい爆撃音が鳴り響いていた。
「今日も絶好調だな」
日中十分に休んだアリスと、アリス専用に調整された爆裂のスクロール。攻撃の届かない上空から放たれる接触型爆撃で、大きいものから小さいものまですべてが一掃される。
アリスは無敵だった。
「なぁ、リルメージュ。俺の気のせいでなければ、地形変わっていないか?」
以前目測で測ったときは、あの斜面はもう少し急だったはずだ。
「クウ?」
俺の言葉に、リルメージュがあっち? と聞くように羽の生えた手を挙げる。
「いや、あっちだ。でも、そっちもそんな気がするな」
「クウ」
最近少し仲良くなってきた気がするリルメージュが、俺の意見に同意してくれた。
最後は、アリスの爆撃でも生き残っていた少し大きな魔物を、俺とアリスで集中攻撃する。
「終わったわね」
額に少し汗を貼り付けて、アリスが俺の横に降り立った。
「お疲れ」
「ええ」
アリスは軽く汗を拭いながら、リルメージュの側に座って、温かそうな羽毛にもたれ掛かった。アリスの後ろから、リルメージュが『いいだろう』と自慢するように顔だけ起こして、にやっと笑った。
対抗するようにアリスの斜め前に座って、アリスに話しかける。
「アリス。来週だよな? 何か俺が気を付けておくことはあるのか?」
「日中も現れることもあるから、新月の日を前後して3日間はこのあたりで待機ね」
新月の日は国中全体で警戒して、学院も休みになる。
俺とアリスは、3日間ここで一緒――いや、センパイたちもいるだろう。何を考えているんだ俺。
「年によって、微妙に強さが違うのだけど、例年は普段現れる魔物よりもほんの少し強い程度よ」
「俺が手伝えば大丈夫?」
「ええ。この調子だったら十分よ」
アリスが俺を励ますように笑って、不安を悟られて励まされている自分に気がついて恥ずかしくなって前を向いた。
「アリスは俺が守るよ」
アリスが優秀すぎてお披露目する機会はまったくなかったけれど、俺も結構センパイに手伝ってもらって、このために色々と準備をしてきた。魔素操作はダメダメだが、俺の魔力はアリス以上にある。盾としては十分だろう。
頑張ろうと決意してアリスの方を向くと、アリスはぽかんと俺を見上げていた。
「アリス?」
「あ、う、うん。来週は、その、一緒に頑張りましょう」
「あぁ」
アリスは、遠くの地面を見つめながら、落ちつかなげに髪をいじっていた。




