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22話 くそ野郎の弁解


「だから、私は兄様にご自身のことを責めてほしくはなくて。わ、私は……」

ミラの言葉が少しずつ小さくなって、最後は途切れた。


 無言の空間に、俺とアリスは、壊れた人形のようにぎくしゃくと変な動きをする。俯いていたミラをじっと見ていたセンパイが、やっと口を開いた。

「ミラ、ありがとう。だが、母上に言われた通りに、俺を好きだと思う必要はない。必要とあらば婚約は破棄しよう」

はっ? とアリスと一緒におそるおそるミラの顔を伺うと、顔を上げてセンパイの言葉を聞いていたミラの呼吸は完全に止まっていた。

 永遠と思われる時間のあと、ミラの目に涙が溜まって、その紫の瞳からこぼれ落ちる。

「どうして、どうしてそんなことを言われるのですか……」

ミラは涙が流れているのに気がついていないように、はっきりとセンパイを見つめてそう言ったあと、突然立ち上がって急ぎ足で扉に向かった。

「アリス!」

そう声を掛けながら立ち上がると、アリスはすでに立ち上がって、任せろと言うかのように、俺に向かって親指を上げた。


 そして、ぐるりと腕ごとねじって親指を下に向ける。

「デューイ。やりなさい」

「イエス。我が姫(ユアハイネス)

扉が閉まった音を聞いたあと、腰から剣を抜き、剣を頭上に掲げたあと、主に祈りを捧げるようにゆっくり顔の前に下ろした。視界を両断のする剣の刃の左右に、剣から逃れるようにへっぴり腰になったセンパイが見えた。


 傷心の姫にはアリスが付いている。俺の任務はこの男を滅すことのみ。

「さようなら。センパイ」

じゃあなと俺は笑った。

「ちょ、ちょっと待てデューイ」

一歩踏み出すとセンパイは両手を顔の前で振ってから、力が抜けたように腰を落とした。

「ミラを泣かせたことについては謝ろ――」

「何で泣いたか分かってねーだろ!」

俺が剣を引いて怒鳴ると、センパイはぴたっと黙った。そして、俺の顔をちらちらと見ながら、必死に考え込んでいる。

 いや、本当に分かっていないのか。


「なぁ、センパイ。実は馬鹿だろう」

もたもたとしているセンパイに耐えきれなくなって俺が剣を体の横に振り抜くと、センパイは体を庇うように腕を上げた。

「待て。なぜ俺は斬られようとしている」

「姫を悲しませたからだ」

騎士が動くのにそれ以外の理由などない。センパイはあたふたと説明を始めた。

「デューイ、考えてもみろ。ミラは我が家の分家筋に当たるのだが、ミラの父親と俺の父親は双子で、しかも一卵性だ。だから、本来はどちらが本家、分家などとそんな区別は別にどちらでもよい」

「だから。何?」

俺が待ってやると、センパイは必死に説明を続けた。

「しかもだ。俺の母親とミラの母親は色々確執があるらしく、すこぶる仲が悪い。そんな間柄で生まれてすぐに取り上げられて俺の家に連れてこられたミラは、俺も気にはかけていたが、相当気苦労があっただろう」

俺を見上げて、分かってくれと言うかのように笑ったセンパイを無表情で見下ろす。

「で?」

センパイはすぐに俺から視線を逸らした。


「で、だ……アーチモンド家を継ぐのは、俺の家でなくても、ミラの家でもいいわけだ。ならば、俺よりはミラが婿を取った方がいいだろう。ミラが魔術師と結婚した方が確率は上がる」

確率は上がる――紛れもなく事実だ。俺みたいなやつはレア中のレア。だが、何を言っているんだセンパイは。

「なぁ、センパイのお父さんが長男で、センパイも長男なんだろう。だったらセンパイが家を継ぐのは当たり前じゃないか」

娘しか生まれなかった場合に、婿を取ることはある。だが、センパイを差し置いて養子に入ったミラが家を継ぐことはない。そんなことをするのだったら始めから男児を養子に取るだろう。


「さっきも言ったのだが、叔父上と父上は一卵性の双子。遺伝子的には一致する。血筋を気にするのであればミラと俺は立場は同じだ。なぜ――」

「そうと、決まっているからだ」

「決まっているからと皆言うが、魔術が使えるからという理由で我が子を取り上げられたミラの母の気持ちを考えてみろ。そんな家に自分の娘が嫁ぐ――その上ミラと俺は、腹違いの兄妹のようなものだ。血が近すぎる」


 そもそもセンパイとミラの両親がそんなことをする羽目になったのは、センパイの所為だ。すべては嫡男であるにもかかわらず、魔術師の才能がなかったセンパイの所為だ。だから、センパイが悩んでいることについてはまだ納得できる。

「ミラも魔術師の男と一緒になる方が幸せだろう」

同情しかけた俺の心を、センパイは想定外の方向からぶった切った。


 『兄様は喜んでくださるでしょうか』といつもニコニコとセンパイの話をしているミラを思い出した。どうしてそこまで想うのか――アリスと一緒でよく理解できないからこそ、怒りは募る。


 なぁ、斬って、いいだろうか。

 これまで冗談だったけど、本当に斬っていいだろうか。

 

 殺気が漏れたのか、センパイがお尻を引きずって少し下がった。俺はもう一度言葉を繰り返す。

「なぁ。センパイって……馬鹿なのか?」

否定したいのだと思うが、センパイは俺の眼光に押されて視線を彷徨わせた。

「いや俺もまだまだ未熟ではあるから、そうかもしれないが……」

「あのさ。ちなみにさっきのミラの『好き』って言葉、どう解釈したか聞いていい?」

センパイは「さっき?」としばらく静かに考え込んでから、顔を上げた。

「あれは、俺のことを嫌ってはいないという意味だろう」

「そのまま受け取れよ、くそ野郎!」

思わず暴言(スラング)と、軽く足が出てしまい、頭を振る。ここは病室だ。落ち着け。


 自分の体を庇うように腕を上げたセンパイを見下ろす。

「で。そのあと何でミラにあんなこと言ったんだ?」

『婚約を破棄する』。ミラが一番恐れていた言葉だ。それを何のためらいもなく言い放った。

「ミラは俺のことを嫌いではないのかもしれないが、俺のことを無理に好きに思う必要もない。必要とあらば、婚約を破棄することで自由に好きな相手を――」

俺の視線に気がついたのかセンパイが言葉を止める。


 一連の話を聞いてみれば、センパイが言いたいこともわからなくもない。だが、自分の考えていることは何も話さずに、結論だけを言うこの人は馬鹿なのか?

「センパイはミラとの婚約を破棄したいのか?」

「俺の意見ではなくミラが――」

言えよと、見下ろした。

「ミラで不満に思ったことはない――いや、結婚相手として俺が選べる立場ならばミラがいい。俺のことを一番よくわかってくれている」

俺の視線に気づいたのか、センパイは慌てて言い直した。


 釈然とはしないが、センパイから婚約を破棄するつもりはなさそうだ。

 だが、センパイから何か行動を起こすことは期待しない方がいいだろう。俺はそこまで馬鹿じゃない。ミラを励ましに行こうと、剣を仕舞って後ろを向く。


 背後から聞こえた物音に、

「ここから動かないでくれ」

迷子になったら面倒だとそう言い捨てて俺は部屋を出た。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アリスとミラは外に出て行ったけど、どこに行ったのだろう。王都のこの人だかりだ。そう簡単には見つからないし、あの二人――早くしないとオオカミの前に子ウサギを落とすようなものだ。

 ミラは自衛のすべがない。そして、アリスに手を出した瞬間、ここら一帯が焼け野原になる。マナーは悪いが、王都の緊急時だと屋根の上にひょいと上って、高いところから二人を探す。尖塔の向こうに、少し人だかりができている一角を見つけた。


 地面に降りて、人ごみをかき分けて、さっきの場所に向かう。かき分けた向こうのぽっかり空いた空間に、銀色と小麦色の髪の二人のお姫様たちがいた。

 遠巻きに見守っている市民たち。お姫様たちの容姿が人目を引いたというのもあるだろうけど、それよりもその両脇に山のように詰まれた荷物が目立っていた。そして今も、商店の前で、お姫様二人は何やら物色中らしい。銀の姫君が、近づいた俺に気がついた。

「あっ、デューイ! いいところに!」

アリスがこぼれるような笑顔を俺に向けたあと、その視線が無慈悲にも両脇の荷物に向かう。


 はい、姫様。存じておりますよ。

 山ごもりの訓練のように、荷物を積み上げて両腕で抱えた。


 ミラは俺に気づかずに、かわいらしい柄のコップに夢中になっている。これがいいかな、あっちの方がいいかなと、いろいろな青とピンクのコップを両手に持って見比べていた。


 ミラは思ったよりは元気そうだ。元気にセンパイのコップを選んで――

 そこまで考えて、センパイのコップじゃなかったらどうしようということに気がついて俺は震えた。こわごわとアリスに目配せするとアリスは大きく頷く。

「あんな男、忘れましょう」

だめだ。センパイが捨てられる。

 ミラには何か弁解をしようとは思ったけれど、ショッピングを楽しむ二人に説明するタイミングが掴めず、結局俺はただの荷物持ちとして家に戻った。




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