12話 手紙
あれから何度か微調整を繰り返して、ついに完成した俺用の手袋を身につける。
完成版だと言うことで、黒い革素材で作られたそれは、手を握りしめると手の動きに応じてなめらかに伸び縮みしてくれる。そして『その歳だ。こういうのが好きだろう』と、なぜか手袋にいくつか金属のアクセサリが付けられていた。これは飾りで、魔法を増幅させるなんていう効果はない。けれども、
「カッコイイ……」
今日もほれぼれと目の前で掲げてから、俺だけの革手袋を左手につけた。
今からついに、この革手袋を付けて初の魔法の授業だ。センパイの家所有の爆裂のスクロールでは何度も成功しているから、大丈夫だとは思うが、本物の火のスクロールを使うのは初めてなので緊張する。センパイからは『もし、上手くいかない場合は、どう上手くいかなかったかを見てきてくれ』と軽く頼まれた。
今日成功させるんだと気合いを入れて、俺は魔法練習場へと向かう。
皆がわいわいと順番に火のスクロールを使って練習をする列に並ぶ。緊張感で落ち着かなくて、ふと壁際に視線を向けると、今日はあの銀色の頭は見えなかった。最近ライラント嬢は、ちょくちょく学院を休んでいる。
以前、ライラント嬢が思い詰めたような顔で、荒れ狂う窓の外の景色を見つめていたことがあった。その次の日、彼女は休みだった。
そして今日の天気もまた、雨だ。
「何か関係あんのかな」
「何が?」
友人のロランに「何でもない」と俺は返した。
俺の前を並んでいたロランが、杖の先から火を出した。そしてついに俺の番がやってきた。何度か黒い革手袋に覆われた左手を握りしめてから、慎重に火のスクロールを持った。
誰に見られているとか、誰も俺のことを見ていないとか、そんなことはどうでもいい。
上手くいくんだったら、上手くいく。上手くいかなかったら、どうダメだったのかを見ておかなくてはならない。試せるのは、一週間で一度きりだ。
左手から、スクロールに魔素を送る。革手袋でしっかりと絞られた魔素は、魔方陣の外周を正しく伝わってから、ゆっくりと2段目に広がった。そして、3段目の入り口にある認証文字を抜けてから、あとは流れるように4段、5段と伝わる。センパイの作ったスクロールで何度も試したのと同じだ――そして、目の前には金の魔方陣が浮かび上がった。
それをセンパイとミラが選んでくれた、新しい杖ですくって、周囲に人がいないことを確認してから下から軽く叩く。
ボッと大きな火の玉が出るのを見届けてから、杖を振って火の玉を消した。
「はっ……?」
ロランの初めて聞く変な声に驚いて振り返った。
「は、えっ、デューイどういうことだ!?」
周囲を見渡せば、皆が口を開けて俺のことを見ている。
振り返っても、センパイとミラがいないことが少し残念だけど、
「魔法、使えるようになった」
俺が報告すると、俺は友人たちにもみくちゃにされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔法をまったく使えなかった俺が、使えるようになったことは先生方にもなかなか衝撃だったようで、俺はそのあと授業中だったのにもかかわらず隔離されて尋問を受けた。
「魔術研究部で――」
センパイに指示されたように、俺たちが一応所属しているらしい魔術研究部での研究成果だと言うことにしておく。それ以外のこと――あの魔法スクロールのことは一切公言しない。
あとは何を聞かれても、『センパイが勝手にやっていたことで、俺は何も知らない』と延々と繰り返した。
「あとでロデリック・アーチモンドを連れてもう一度来なさい」
センパイが予想した通りにそう言われて俺が頷くと、先生たちはやっと俺のことを解放してくれた。
そして放課後、いつものように学院の端にある倉庫の扉を開ける。
「こんにちは」
椅子に座ってこちらを見つめるミラとセンパイを見て、心が温かくなって俺も席に着いた。
「デューイ、どうだった?」
「上手くいきました」
「おめでとうございます!」、「おめでとう」と言ってくれた、その声と笑顔が、今日で一番嬉しかった。
「では、行くか」
俺が説明する前に立ち上がったセンパイについて行こうとすると、ミラに服の袖を引っ張られる。
「デューイ様。明日も来ますよね」
「え? うん」
何でそんなことを聞くんだろうと思いながら返事をすると、ミラは嬉しそうに笑った。
魔術学院の制服でないセンパイを連れて学内を歩くとかなり目立つ。しかも、時折「アーチモンド家の……」とそんな風に家名を言ってこそこそと噂する声が聞こえた。俺は知らなかったが、センパイ――いやアーチモンド伯爵家はやはり有名らしい。
先生たちの尋問(2回目)はやたらと長かったけれど、俺は置物のように座っておくだけでよかった。先生たちは驚愕の目でセンパイを見ていたけれど、センパイは心底どうでもよさそうだった。
「論文を書くなどと、面倒な」
何から何までを正直に書けばいいのかと、センパイは頭を抱えていた。
先生の尋問のあとはそのまま解散して、今日は寮の自分の部屋に早めに引き上げた。そして、早めに晩ご飯を食べて、机の前に座る。そして引き出しから、白い紙を取り出した。
思えば、この学院に入学してから、一度も家には帰っていない。同じ王都内にあるから、そんなに遠くはない。だけど、みっともなくて、帰れなかった。
「ラッセル・オスター様――」
筆を執ると、真っ先に兄貴の名前が出てきた。
俺がみっともないことを書いても、あの兄のことだから、笑わずに真剣に読んでくれるだろう。考えてみれば兄も、6つ下の俺のことをずいぶんと可愛がってくれている。それはわかっているのに、どうして俺はこうも勝手に、兄をうらやましく思ったり、嫉妬したりするのだろうか。
でも実際に、あの兄は格好よくて、俺は憧れているんだ。目の前で兄と比較されるのは嫌なのに、あの兄について悪く言う人がいると、お前は兄貴の何を知っているんだとひどく腹が立つ。
「格好悪いなぁ……」
そうつぶやいてから、一度立ち上がってカーテンを開いた。日中は雨だったけれど、今は晴れていて、細長い月がよく見えた。
俺は格好よくなりたい。俺はもっと格好よく生きたい。
みっともなくて、言葉に出すことはできないけど、心の中でそう宣言してからカーテンを閉めて、席に戻った。
手紙には何を書こうか。
ありふれたことを書いても良かったけれど、今日は――今日だけは、これまであったことを正直に書くことにした。あの格好良い兄は、俺が魔法を使えるようになったと知っても、魔法を使える俺なんかに嫉妬せずに、ただその事実を喜んでくれるだろう。
俺もそんな人になろうと誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何度、破り捨てようと思ったかは分からないけれど、俺は意を決して、手紙を郵便受けに入れる。
そのはずなのに、時折その存在を思い出しては、せめてあの一文だけ消したいと後悔が半端ない。いや、忘れよう。忘れるんだ。そう念じているうちに、教室に着いた。
朝からわいわいと騒いでいる皆の間を通り抜けながら、自分の席に向かう。自分の席にカバンを置いてから顔を上げると、俺の斜め前で、カバンを下ろしながら斜め上の青空を見上げている銀髪の女子が目に入った。
「おはよう」
俺の声にその女子の背中は少し反応して――けれども自分ではないと思ったのか、そのまま席に着いた。
そして、しばらくしてからなぜかその手が止まって、ゆっくりとこちらを振り返る。
俺と目が合った。
「おはよう」
「お、おはよう」
大いに戸惑っているけれど、しっかりと挨拶を返してくれた彼女になぜかすごく嬉しくなって俺が笑うと、彼女は顔を下げてからまた前を向いた。
よし、今日も頑張るか。
今日は体育の授業がある。それまでサボらずに勉強するかと、体をぐっと伸ばしてから教科書を取りだした。