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11話 リミッターセット



「センパイ……何やってんの……?」

もはや、聞いたら負けかなという気がしないでもないが、聞かずにはいられない。

「質量を量っている」

センパイの言う通り、俺を囲むように、はかりが3つ設置してあった。重さを量っているのは、水の入った器――

「デューイ。続けてくれ」

さっきから俺は3つのはかりに囲まれた状態で、延々とバケツに水のスクロールで作った水球を入れ続けていた。

 まったく意味が分からないが、センパイのことだから後で説明してくれるだろう。もう完全に麻痺してしまった俺は、言われた通りに延々とバケツに向かって水球を生み出し続けた。



「やはり、変わらないか……いいだろう」

その声と共に、杖を置いて椅子にもたれ掛かる。

「デューイ様。お疲れさまでした」

ミラが笑顔でそう言って、俺の前でしゃがんで水の入ったバケツを持ち上げようとするので慌てて止めた。

「ミラ、俺がやるから、そこに置いててくれ」

俺の主の主たるこのお嬢様に、水の入ったバケツなんていう重い物を捨てにいかせるわけにはいかない。

「私こう見えて力持ちなんですよ?」

腰に手を当ててこちらをのぞき込む紫の瞳のお嬢様に、俺の顔が無表情に変わる。

 可愛いだけで、もう勘弁してください――そんなことを考えていると、センパイが俺をフォローしてくれた。

「ミラ。デューイとしては、ミラにそんなことをやらせることは腹を切らなければならないほどの大事だから、大人しく座っていなさい」

なぜ俺が自分の腹を切るのかよく分からないが、ミラは「はい、兄様」と大人しく席に戻ってくれた。



 外に水を捨ててから倉庫に戻ると、机の上にお菓子が山盛りだった。

「うわぁ……」

「食べていいぞ」

もう何度も貰っているから慣れてきたはずなのに、口の中の唾液が止まらない。

「美味い……です」

「家を出て行くことがあったら、それで生計を立てるのも良いかもしれないな」

伯爵家嫡男のセンパイがそんなことあり得ないだろうとは思うが、きっと庶民には高すぎて買えない値段だろう。

「で、センパイ何か分かった?」

やっと飲み込んでからそう聞くと、センパイはノートから手を離した。

「あぁ。やはり、質量保存の法則は無視されている」

俺も真顔だが、ミラも真顔だ。さぁ、今回はどちらが聞くかと少し考えて、俺が聞いてみることにした。

「すみません。質量保存の法則って……?」

センパイは「そうか」とつぶやいて、しばらく考え込んでから口を開いた。

「さっき水の魔法でデューイは大量の水を出したが、あの水がどこから来ているのかと考えて試験をしてみた。俺の知っている大気構成であれば、大気に含まれる水素の量は酸素や水蒸気に比べて著しく少ない。だから、水を生成する際に空気中の水素を使うくらいなら、周囲の空気に含まれる水を使うことの方が簡単だ。だが、魔法でいくら水球を生み出しても、おもりに乗せた水の重量が大きく減ることはなかった。大気構成が異なる可能性は否定できないが、やはり魔法は魔素を使って無から生み出されるものなのではないかと思う」

話は全然わからなかったが、魔法は魔素から生まれるもので――そんなこと分かっていたことじゃないかと思ってしまう。でも、センパイとしてはそれを確認するのが重要だったのだろう。

 センパイは斜め上を見上げながら、独り言のように言葉を続ける。

「そもそも魔素って何だろうな……俺には作ることができなくて、デューイには大量にあるもの。使った魔素はどういう仕組みで補給されているのだろうか」

補給。その言葉に、まだ残っている菓子に皆の視線が集中する。

「糖分……?」

いや、これはものすごく美味しいだけで、違うんじゃないかな? 寝ない限り、使った魔素が回復している感じはしない。

 しばらく菓子をじっと眺めていたセンパイはひとつ摘まんで、ぱくりと口に入れていた。



 センパイが紅茶に口を付けてから、机の上にスクロールを広げる。

「ここ数週間、試して分かったことを説明しよう」

やっと来た。何も分からず延々と魔法を使い続けてきた俺が、ついに報われる日がやって来た。

「魔方陣の一番外側の文字は、どの魔方陣でも共通だ。そして2段目には微小な違いしかない。外枠のこれらの文字は、魔法を安全に発動させるために必要なものだということがわかった。極端なことを言えば、魔術師の安全を考慮しなくていいのであれば、削除しても構わない」

魔方陣の生成途中で、水が噴き出してきて服がびちょびちょになった日は、それを確認していたのか……


「3段目は、1段目、2段目が正しくパスしたことを確認するためのものだ。あと細かいところはまだ分かっていないが、スクロールの条件として、魔方陣が円形であることと、スクロールの紙の大きさが黄金比であることを確認しているようだ」

「黄金比……?」

俺がそうつぶやくと、センパイは棚の中から大きさの違ういくつかのスクロールを取りだした。

「魔法のスクロールは、すべて長方形だ。魔方陣は完全な円形なのに、紙がなぜ正方形でないのかと違和感を感じたことはないか?」

言われてみれば、横の余白が多いので、何でだろうと思わなくもないが……普通はそれだけだ。

「黄金比というのは、1:1.618――自然界によく現れる比のことだ。魔法のスクロールに使われる紙はすべてこの黄金比が守られている」

センパイが広げたスクロールを見ると、確かに縦横の関係がどれも同じだ。

「力が増幅されたりとかすんのかな?」

「それもあり得るが――俺の予想では簡単にスクロールを真似させないようにするためだと思う。黄金比の存在を知らなければ、恐らく気づかない」


 センパイと同じように魔法を作ろうとした人がこれまでも、過去をさかのぼればきっといたとは思うが、成功しなかったのは、これが原因なのだろうか?目の前で、難しそうな顔で頭を動かしているセンパイを見る。

「なぁ、センパイって何者なんだ?」

「デュ、デューイ様……」

隣で焦るミラに、聞いてはいけないことなのかと考えていると、センパイは困ったように笑っていた。

「いきなりこの世界で生まれて、俺って何なのだろうな……デューイは分かるか? 自分という存在が何者であるのかを」

俺? 俺は――

「わからない」

「思春期特有の自分探しってやつだ……俺もまだ若いのかもしれないな」

俺と一つしか歳の変わらないセンパイはそう言って笑っていた。



「デューイ、あとこれ」

話を逸らすように、ポンと突然机の上に出されたものに注目する。黒い手袋のように見える。

「何これ、手袋?」

「そうだ。付けてみてくれ。左手だ」

センパイはそれ以上説明する気がないようだ。じっと見つめられるので、手袋を手に取って、言われたように左手に付けた。第二関節から先が切り取られていて、その部分だけ自分の指が出ている。指を開いたり閉じたりして、手袋の感覚を確かめた。

 で、これは何だと顔を上げると、センパイは立ち上がった。そして、はいと俺にスクロールを手渡してくる。

「危険だから外でするぞ。俺がいいと言うまで絶対に魔法を使おうとしないように」

この忠告の仕方は、またあの業火のスクロールかと中を開いて確認する。あんまり覚えていないけど、これじゃなかったような……それにやけに紙が古い――

 もしかして、

「これホンモノ!?」

「あぁ」

何を今更といった顔でセンパイが見下ろしてくる。俺の後ろからひょこっとミラが俺の手元を覗いた。

「まさか兄様。爆裂のスクロールを試すのですか!?」

「爆裂……?」

なにその怖い単語。

「その手袋には、魔素の伝達を阻害する木の繊維を組み込んである。あまり丈夫ではないから丁寧に扱ってくれ。それでうまくいくといいな」

朗らかに言われているが、俺は今から何をするんだろうと何度も自分の手元のスクロールを確かめた。

「爆裂のスクロールって……?」

「アーチモンド家所有のスクロールだ。内地で滅多に使う機会などないくせに、そういう過激なものしかないから困ったものだ。デューイが発動できた際の威力がわからないのが難点だが……発動までの猶予時間は長いから全力で逃げれば大丈夫だ。普通は杖で魔方陣をうまく投げて使うものだがな」

手元のスクロールと、右手の杖を順番に見た。

「学内でやって、また見つかって先生方に怒られるのは困るから、外に出よう」

怒られる……遠くからでも見つかる規模の魔法なのか……? 震えながらも、前を歩く二人のあとに付いていった。



 なぜか馬車に乗って、しばらく走ったところで森をくり抜いたような空き地で降ろされる。

「この真ん中でしよう。デューイは魔方陣を出したら、魔方陣を杖ですくって、そのまま杖ごとその場に捨ててくれ。一度目はうまく投げようとしない方がいいだろう」

センパイはそう言ってから、「では、俺たちは離れたところから見ている」とミラを連れて歩き出した。そして、一度立ち止まってこちらを振り返る。

「もちろんだが、杖を捨てたらデューイは全力で逃げるんだ」

「あ、はい」

呆然と突っ立って、遠くに行くセンパイたちの後ろ姿を見つめる。

「おーい、いいぞ」

センパイたちはすごく(・・・)遠くの方で、二人ともしゃがんでこちらに手を振った。


 なぜ、しゃがむのだろう。なぜ、あれほどまで遠いのだろう。


 みっともなくて、大げさでもいい――俺はこれから全力で走ろうと、心に決める。頭を空っぽにしてそれだけを考えて、命がけの徒競走のために、屈伸をしてから、後ろ足の筋肉を伸ばす。そして何度か深呼吸をしてから、左手にスクロールを広げた。


 これは本物のスクロール。俺では発動するはずのないスクロール。手袋ごしに体内の魔素を送り、目の前に現れたいつもより大きな魔方陣。それに杖で触れて、杖を持つ自分の手を開いた瞬間、後ろを向きながら俺は全力で駆け出した。

 木の根に引っかかって、こけないように注意しなから、ただひたすら木の間を駆け抜ける。


 後ろからの光で、周囲が一瞬明るくなったのが目に入った瞬間、何も考えずに俺は地面に伏せて、頭を庇うように腕で覆った。


 背中を流れる生暖かい空気の流れと、その後、遅れて届いた爆発音に――

「もういやだ」

地に身を伏せたまま、少し泣きたくなった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 立ち上がって、あの空き地に戻ると、その場には何もなかった。

「俺の杖、どこに行ったんだろう……」

ゆっくり周囲を見渡すが、地面に粉々に崩れたいくつかの物体のうち、どれが俺の杖だったものかは分からない。

「俺の杖……」

今さっき、俺は普通のスクロールを使って魔法を発動させることができた。そのはずなのに素直に喜べない、この気持ちはなんなのだろう。


「デューイ、怪我はないか?」

振り返るとミラとセンパイがこちらに小走りでやってきていた。

「大丈夫です……」

「ミラが使った場合の3倍くらいの威力があった。うまくいって良かったが、爆裂のスクロールを使うのであればもう少し絞った方がいいかもしれないな」

「お願いします」

あんな威力だったら、投げる練習などする気がおこらない。俺は真摯に頭を下げた。

「デューイ、おめでとう」

センパイの突然のその言葉に慌てて顔を上げる。

「まだ少し手袋の改良が必要だが、無事に魔法を使えるようになったな」

俺自身は何も変わっていない――

「ロデリック様。ありがとうございます!」

感極まったから、今日だけは真面目にセンパイのことを様付けしたのに、センパイは「だからセンパイと呼べ」と怒っていた。


 こちらを睨むように眉をひそめていたセンパイの表情がふと緩まった。

「デューイ、俺から記念に何か贈ろう。何がいい」

「すみません。杖を……」

俺の言葉にセンパイは周囲を見渡してから笑った。

「済まない済まない。まさか原形を留めないほど、粉々になるとはな」

笑い事じゃないのに、思いの外楽しそうに笑っているセンパイを見て、俺は肩をすくめた。




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