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10話 水を出そう



「デューイ、ミラ、済まなかった」

その声に横を見ると、センパイは焼け焦げた地面を見つめていた。さっきの魔法がなんなのかは分からないが、驚くほどの威力だった。

「だが……もしかしたら、俺の考えは合っているのかもしれない」

センパイの興奮を隠せない声に驚いていると、学院の方から大声で話す人の話し声が聞こえてきた。警戒しながら、二人を守るように前に出る。


 向こうから走ってきたのは――

「まずい。先生だ」

魔法学院の先生3人が慌てた様子でこちらに走ってきている。さっき出した火柱からの煙が見えてしまったのだろう。

「どうしよう」

走って逃げようかと振り向くと、センパイは何かを考え込んでいる様子だった。そして、俺の肩に手を置いて前に出る。

「俺がやろう」

センパイはこの学院の生徒ではない。大丈夫なのかと俺が確認する前に、先生たちがこちらに気がついた。

「何事ですか!?」

丸く焼け焦げた地面を見てから、きつい口調で一人の先生がこちらに確認をする。この先生たちは俺が魔法を使えないことは知っている。だから先生たちの視線は自然にミラに集まった。俺と同じように先生方に無視されているセンパイは、ミラへの視線を遮るように、先生たちの前に出た。

「私は、ロデリック・アーチモンド。先ほどはお騒がせしまして申し訳ございません。私の不手際で地面を燃やしてしまいましたが、ご覧の通り他に被害はありません」

「何を、なさっていたのですか?」

男の先生の険しい顔つきに、センパイは微笑んだ。

「遊んでいただけですよ」

しばらく二人はにらみあって、先生は舌打ちをしてから、後ろを向いた。

「お遊びは学生の本分ですが、危険のないように」

「以後気を付けます」

残りの先生が、納得できない顔つきで、後ろ髪を引かれながらその先生について行った。



 先生たちの姿が見えなくなってから、センパイが俺たちを振り返った。

「何とかなったが、あまり使いたくはない手だ。先生にも言ったが、これからは十分に気を付けよう。危険な目に遭わせて済まなかった」

「伯爵家ってすごいんだな」

すごいのは知っていたけれど、雲の上すぎて今日初めてその力を目の当たりにした。

「我が家は代々この学院に補助金を出している。だからある程度は融通は利く。部室もその伝手で借りた」

「部室?」

「あの倉庫は魔法研究部の部室だ。部活の申請も、デューイ入部手続きもしてある」

まったく知らなかった。入部には入部届けの記入が必要なはずだが――俺はそんなの書いた記憶がない。

「もしかして、俺の名前で勝手に署名した?」

「あぁ。ついでだったからその場でな」

きっと筆跡まで真似てあるのだろう。もうこの人にかかれば何でもありだ。センパイに関して深く考えるのは止そうと顔を上げる。


「そういえば、さっきの魔法って何?」

「デューイ。それを話すには今日はもう遅い。これからやることも含めて明日説明しよう」

これからやること? やることって何だろう。少し期待する気持ちでそのことを考えていると、「デューイ様」とミラに呼ばれた。

「先ほどは、庇ってくださってありがとうございます」

頭を下げたミラの体を大慌てで確認をする。先生たちが現れたからといって忘れるとは、騎士としてなんたることだ。

「ミラ、怪我はないか? 急いでいたから、気にする余裕がなかった」

「何ともありません。大丈夫です」

ミラは大丈夫だと笑っているが、打ち身くらいはできているかもしれない。

「デューイ、俺からも感謝する。デューイが庇ってくれなかったら、ミラに大けがをさせていたかもしれない」

少しは反省したのか、めずらしくしんみりとした表情で頭を下げるセンパイを慌てて止めた。

「ミラを守るとか当たり前のことだから、そうやって頭を下げないでくれ」

さっきの先生たちの態度を見ると、俺がこの人たちと一緒にいるのが、そもそもおかしいことなのだろう。誰もいないのはわかっているけど、周囲の視線を警戒していると、センパイは顔を上げてから俺をからかうように笑った。

「じゃあデューイ。また明日」

「おう、明日な」

いつものようにミラとセンパイに手を振って、解散した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「火とは何かを、考えたことはあるか?」


 向かい合った席で、そんなことを言い始めたセンパイから、目を外して横を見ると、ミラは真面目な表情でセンパイを見つめていた。真面目な顔をしているけどミラも答えていないから、俺と同じように何も考えていないのだと思う。

「火は、火だ……」

無言に耐えきれなくなって、俺がそう言うと、センパイの視線がこちらを向く。

「火は、『火』というものが存在しているのではなく、可燃性のものが急激に酸化する――火種が酸素とくっつくときに発生する『現象』だ」

意味はわからないが、センパイが確認するようにこちらを見たので頷いておく。

「それを踏まえて火の魔方陣を見てくれ」

センパイが机の上に火のスクロールを広げた。

「先々週から何度も試した結果、5段目のこの部分――ちょうど紙の中央のこの辺りの文字に魔素を伝わりやすくすると、火が大きくなることがわかった」

センパイはそう言ってから立ち上がって、棚から別のスクロールを取り出した。

「今度はこれを見てくれ。これはレーゼルの洞窟にあった、水の魔方陣の写しだ。水の魔方陣の中央を見ると、一カ所だけ同じ文字が並んでいるのがわかると思う」

センパイの指示通りに2枚のスクロールを比べてみると確かに真ん中に同じ文字があった。

「ここで着目すべきなのは、水と火というこの二つの共通事項だ。火の発生に必要な物質は火種と酸素。そして、水の作成に必要な物質は、水素と酸素だ。つまり、この2枚のスクロールに共通して現れるこの文字は、酸素である可能性が高い」

説明してくれと頼んだ気がするが、もはやさっぱりわからない。

「センパイ……すみません。酸素って何?」

センパイは俺の言葉に無表情で止まった。

「まさか、酸素は習わないのか?」

「習っていないと思う……」

センパイに俺じゃ埒があかないと思ったのかミラに視線を移す。ミラが「兄様。申し訳ございません」と首を振った。それを見て、俺だけじゃないことにほっとする。


「よくよく考えてみれば、俺も学院で習った記憶はない。そうか……」

センパイはそうつぶやきながら考えごとをしている。

「まぁ、細かく説明してもいいが、今日は簡単に説明しよう。水や、木――すべての物質は、目には見えない微小な物質の集まりだ。その構成物の一つが酸素だ。酸素は俺たち、いやすべての生物にとって、なければ生きることができないほど重要なものだ」

「酸素……」

「目には見えないが、目の前の空気には無数に含まれている」

凝視してみるが見えない。どのくらい小さなものなのだろうか。

「薪や炭は、炭素という物質の塊だ。火がより強く燃え上がるにはこの炭素と、酸素の供給が必要だ」

センパイが火のスクロールを机の中央に置いたので、それに注目する。

「先ほど説明したように、この文字は恐らく酸素だ。そうすると、この横の文字は炭素である可能性が高い。そう考えて昨日はこれを作ってみた」

火のスクロールの上に、昨日のあの大きなスクロールが広げられた。

「あれ、これ昨日の?」

「昨日のは燃えてしまったから、新しくもう一枚作った。これは、そうだな……業火のスクロールとでも呼ぼう。この業火のスクロールの中央を見てくれ」

中央を見ると、同じ文字が連続的に並んでいる。

「5段目の始まりの部分の文字は火のスクロールと同じだ。5段目の残りと、6段目と7段目はすべて炭素と酸素の文字で埋めた。5段目の始めの文字が、火という現象を発生させる文字ならば、それ以降で炭素と酸素を供給し続ければ燃え上がるのではないかと思ったのだが、まさかあれほど上手くいくとは――」

3人でうーんと昨日の火柱を思い出す。上手くいって良かったが、誰にも怪我がなくて本当に良かった。


「通常の魔方陣であれば、できあがったあと、何か物に接触しないと魔法が発動しないが、この業火のスクロールは昨日自動的に発動していた。まだまだ分からないことばかりだ……」

センパイはそう言ってから、深く考えこんでいる。

「兄様。あの」

ミラの声にセンパイが「何だ?」と顔を上げる。

「先ほどの小さな物質のお話はどこかに書いてあるのですか? できれば私も勉強してみたいです」

笑顔でそう言うミラのことを、真面目だなと尊敬してからセンパイを見ると、センパイはなぜかひどく落ち着きがなかった。

「何かの本に書いてあった気がするのだが、どの本かは忘れてしまったな……」

「そうですか……」

ミラはシュンと肩を落としている。

「ミラ、俺は全部覚えているから、学びたければ俺が教えよう」

ミラは「本当ですか」と明るく顔を上げた。

「あぁ」

「兄様。よろしくお願いします」

ミラはセンパイに満面の笑顔で返していた。


 もしかしてミラは始めからこれが狙いだったのではないだろうかと、ちらりと頭をよぎったが――いや、ミラは勉強熱心なだけだろう。そう信じよう。



 ミラが入れてくれた紅茶を飲みながら話を再開する。

「センパイ、で、これからどうするんだ」

「あぁ、そうだ。昨日で火のスクロールはおおよそ完成した。だが、昨日のようなことがないように、先に安全に魔法を発動する条件を探す。そのために水の魔方陣で色々試してみるつもりだ。それに、やはり火の魔法を使うつもりなら水の魔法を使えた方がいいだろう」

「水のスクロール……」

ミラのつぶやく声に二人でそちらを見る。

「兄様。水のスクロールを持っている貴族はいません」

「確かに水のスクロールに相当するのは、レーゼルの洞窟のあの石板だけだな」

一枚も存在しない魔法のスクロールを作り出す――

「何か段々とすごいことになってきた……」

俺が魔法を使っているというだけで、俺にとっては未知の世界だったのに、今は何に驚いていいのかがわからなくなってきた。

「デューイ様。始めから『すごいこと』ですよ」

俺の隣でミラはため息をついていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「では、始めよう」

センパイはそう言って、慣れた様子で魔方陣を書く道具を準備して書き始めた。これまで見慣れていた文字とは微妙に違うあの文字は、話の流れからたぶん水のスクロールだ。

 何のよどみもなくすらすらと魔方陣を描かれると、もう感覚が麻痺してくる。

「念のため、外で試してくれ。レーゼルの洞窟とまったく同じ文字な上に、魔素は絞っているから大丈夫だとは思うが」

はいと、軽く渡されたスクロールを両手で受け取って、外に出る。まっ黒に焦げた地面のすぐ近くまで行ってから、後ろを振り返った。

「じゃあ、やるぞ」

「頼む」


 左手にくっきりとした魔方陣が浮かび上がって、杖にひっつけて動かしてから、地面に向けて魔方陣を叩く。10センチほどの水球が杖の先に現れて、ばしゃんと地面に落ちた。

「もう少し……ちょろちょろと水を出せるようにできれば、水やりに良さそうだな」

そうつぶやいたセンパイを見て、ミラがふらふらと頭を押さえていた。その気持ちはよく分かる。




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