鬱々ショート 父の最期
「お父さん帰って来たよ。」
お母さんがそう言うと。僕は、決まって自分の部屋に戻る。
「お父さん、仕事に行ったよ。」
お母さんがそう言うと。僕は、決まって自分の部屋から出る。
そうやって、父とすれ違う親子関係が小学校の六年間続いた。何で、そんなにお父さんを避けるのか。理由があったはずだが。僕は、六年間ですっかり理由を忘れていた。
ただ、磁石が同じ極が反発するように。お父さんが仕事から帰ってきたら、部屋に戻る。お父さんが仕事に出たら部屋から出る。そういう行動をするのが僕にとっての義務になっていた。お父さんと顔を合わすことは六年間で一度もなかった。
小学校の卒業式を控えたある日。いつものようにお母さんがお父さんの行動を教えにきた。ただ、その日はお母さんの様子が違っていた。お父さんが、仕事中に倒れたらしい。頭の血管が切れたらしいが、処置までに時間がかかり、今夜が峠らしいが助かる見込みはほとんど無いという話だ。
お母さんが、怖い顔で。今日は、しっかりお父さんと会いなさいと言った。
僕は、病院へ向かう途中。何で、お父さんと会うのを六年間避けていたのか。お父さんを避ける僕をお父さんとお母さんが許してくれているのかを。何も考えが浮かばなかったし覚えてもいなかった。
そして、集中治療室のベッドに横たわっている父の顔を六年ぶりに見た。記憶のなかに居た父とは違う人だった。酷く頬がこけて、生気を失っている土の色をしたおじさんだった。
僕は、6年間何で、このおじさんと会うのを避けていたのか。もう理由も何も思い出せなかった。
お父さんが僕の部屋に何故入って来なかったかも分からないし。お母さんが、お父さんを避ける僕をどうして叱らなかったのかも分からない。
何だか、今この場で思うことは、これでも僕たちは家族と呼べる間柄だったのかなぁ?っていうことだ。
僕は、家族が何なのか分からなくなった。
お母さんが、泣きながら土色のおじさんに何か言っていた。
それが、僕の記憶にある。父の最期の日の思い出である。




