07.The eyes say more than the mouth.
ユウラは、中央広間から本会議場入り口までの廊下を全力で走った。そして、制限時間終了間際、息を切らせながらも終了3秒前に本会議場入り口前で待機している隊員の下へ辿り着く事が出来た。
「アマテラス国王様。現状を報告いたします。制限時間内にアズマ・ユウラ様のお戻りを確認しました」
「はあ、はあ。ま、間に合ったみたいだな」
膝に手をつき、日頃の運動不足を痛感していると、隊員はユウラの肩を叩くと声を掛けた。
「アズマ・ユウラ様、これより別室にてアマテラス国王様にご報告願います」
「報告ね。おっけえ」
呼吸が整う間も無く、隊員の先導で別室へと移動するユウラの目にスズナの姿が映った。さすがに緊張していると思いきや、そんな様子は微塵も感じさせないほど落ち着きはなった顔をしていた。恐らく、全ての答えが出揃っているのだろう。そう思いながら見ていると、ユウラに気づいたスズナがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あいつ絶対隠し部屋の場所の検討がついているな。さすが秀才。でも、本当に格好つかないな」
スズナの口元とパジャマに涎の跡、顔には机に伏せて寝ていた跡がくっきりと残っていた。しかしそれは、かなり早い段階で隠し部屋の場所を特定したという証拠でもある。これから先、最大のライバルになるだろう相手の一次予選通過を確信したユウラは、不思議と嬉しい気持ちになっていた。
「アズマ・ユウラ様。こちらの部屋へお入り下さい」
別室へ入ると、部屋の中央に一般家庭用ホログラムの10倍はあろうマンホールの蓋ぐらいの大きさのホログラム投影装置が置かれていた。
「今からアマテラス国王様に隠し部屋の場所とその開閉方法をお伝え下さい」
「おっけえ」
「では、私は表でお待ちしております」
隊員はホログラム投影装置のスイッチを入れ、部屋の外へと出て行った。起動された装置からは、いつものように黒いシルエットだけが映し出された。
『やあ、アズマ・ユウラ君。時間ギリギリだったようだけど、無事に隠し部屋は見つけられたかな?』
「多少は考えさせられましたけど、予想通りの場所にありましたね」
『それは頼もしいねえ。じゃあ、さっそくだけど、僕に隠し部屋の場所と開閉方法を教えてくれるかい?』
この時ユウラは、このまま隠し部屋について話していいのか。と、不安に思った。
隠し部屋について教えるように言われた瞬間、重大な何かを見落としているのではないかという懸念が生じたのだ。それは一次予選を開始すると言った直後からあった違和感。予選通過しなくてはならないという焦りと、隠し部屋の場所を特定しなければならないという難題によって頭の片隅に追いやってしまっていた、国王の言葉にあった矛盾。それは徐々に違和感から疑念に変わり、確信へと変わっていった。
「すみません」
『なぜ、謝る?』
「隠し部屋の場所と開閉方法は教えられません」
『はて? どうしてなのかなあ?』
「まだ分からないことがあります」
『君は隠し部屋への入り口を見つけたんだろう? 一次予選通過に必要なことはもう知っているよねえ。他に何か知る必要があるのかい?』
「あなたに伝えて良いのかどうか、俺には分からない」
『これはまた可笑しなことを言うねえ』
「隠し部屋って国家機密ですよね?」
『そうだねえ。誰でも知っている場所だと、隠す意味もないしねえ』
「俺が腑に落ちないのはそこです」
『そこ? そことは何のことだい?』
一次予選の内容を知らされる直前まで、大きな矛盾点があることに頭を悩ませていた。
それは聞き違いだったかもしれないし、勘違いだったかもしれない。あくまでも可能性の域を脱しないことをこの場で確かめることは、自分の身に危険が及ぶ可能性があったからだ。しかし、ユウラは危険を冒してでも確証を得なければならないと直感的に判断し行動に移すことにした。
「あなたが本当にアマテラス国王だとは思えない」
『それは興味深いね。なぜそう思った?』
おちゃらけた口調で話していたアマテラス国王が真剣な声色で訊いた。
「アマテラス国王は、一次予選を開始する以前にホログラムを使用して全国民に他のクラフターと同様にALICE♰CRAFTに参加すると公言していましたよね」
『そうだね』
「その国王がなぜ参加者としてではなく、主催者側の人間として話しているのですか?」
『それは最初に話したろう? 一次予選はあくまで本選に参加するに値するクラフターなのか篩に掛ける為だよ』
「じゃあなぜ、国家機密である隠し部屋の探索を一次予選に選んだのですか」
『誰でも知っていることだと、状況判断能力や情報収集能力を正確に判断できないからね』
「尚更、可笑しな話です」
『どこが可笑しいのかな?』
「あなたが隠し部屋について全て知っているのなら、態々開閉方法まで伝える必要があるのでしょうか?」
『君たちがちゃんと状況を判断して、正確な情報を集めることができたのか知る必要があるからね。当てずっぽうでも場所を言い当ててしまう可能性がある。だから、開閉方法まで知る必要があると僕が判断した。これで納得できたかい?』
「まだです。俺たちはクラフターである前に一国民。それなのに国家機密である隠し部屋を探させるなんてことは普通ではあり得ない。仮に予選通過の条件が隠し部屋を見つけ、扉を開くことなら、隠し部屋の扉を開けたという証拠になる物を予め中に置き、それを提出させれば良い。あるいわ、監視カメラや監視役の隊員を各所に配置して、隠し部屋を見つけた時点で予選通過とすれば良いはずです」
『なるほど、それは名案だね』
話せば話すほど、重苦しい雰囲気が部屋を埋め尽くしていく。触れてはいけないことに触れてしまったと言わんばかりの威圧感。自然と額から、嫌な汗がゆっくりと流れ落ちる。
「あなたが国王に成りすました何者かで、隠し部屋を探している人物だと思っています」
『もし、仮にそうだったとしても既に探索を終え隠し部屋の場所と開閉方法を伝えに来た参加者が何人もいる状況で、君1人が答えないことに何の意味もないと思うのだけどなあ』
「意味ならありますよ。ここであなたが本物のアマテラス国王なのかどうなのか。それを知ると知らないとでは大きな違いがありますからね」
『アズマ・ユウラ君。どうやら君は僕の予想を超える情報収集能力があるようだね』
「そんなもの俺にはないですよ。これだけ矛盾ばかりですから不思議に思って当然でしょう?」
『あははは! こりゃあ参ったな!』
「は?」
重苦しい雰囲気を一瞬で打ち消してしまうほどの大きな笑い声に目を丸くするユウラ。
『いやいや、まさかこの段階でそこまで察しがついているなんて思いもしなかったからねえ! 君の観察眼には恐れ入った!』
「じゃあ、国王ではないと認めるということですね?」
『そうだねえ! 君の言う通り僕は国王じゃないよ!』
「以外にあっさり認めるんですね。あなたは一体何者なんですか?」
『それこそ国家機密だから教えられないけど、君が想像しているような人物ではないことは確かだよ』
「じゃあ、本物の国王はどこに?」
『君たちと同じように一次予選に参加しているよ!』
「だったら不公平じゃないですか! 国王なら隠し部屋の場所は確実に知っているでしょう!?」
『実を言うと隠し部屋は、四大大国会議の直後にすぐ作らせたものなんだよねえ』
「四大大国会議の直後!? そんな早くあれだけ手の込んだ仕掛けを作れるはずがない!」
『それが作れちゃうんだなあ。これが権力者のなせる技ってやつだねえ』
「わかりました。もう、あなたが誰なのかは追求しません。だけど、あなたに対する不信感がなくなったわけではないので、隠し部屋の場所と開閉方法は教えないで良いですか」
『困りましたね。何か起きても自分は言っていないという事実まで作り、僕を脅すための情報も仕入れたわけだねえ』
「脅すなんて人聞きの悪い。もし、脅されるような内容だったら自分が偽物だとは認めないでしょう?」
『まったく、君は適当そうな外見をしているのに意外と頭の切れる人ですねえ』
「人は見かけによらないですから」
『いいでしょう! では、他の参加者全員が探索を終わり次第、結果発表するので、それまでは本会議場で待っていてねえ。あでゅ!』
結局、偽国王の真意は分からず仕舞いのまま、本会議場で待機することになった。ユウラが本会議場に戻ってから数分もしないうちに、スズナも探索を終えて戻ってきた。足取りは軽く汗ひとつ流さず、涎の跡だけが間抜けに見えることを除けば勝者の貫禄だった。
「よう。隠し部屋は見つかったか?」
「そりゃあもう、あっさりと見つけたわよ。隠し部屋にしては、何もない部屋だったけどね」
「中に入ったのか!?」
「あっれれえ? その口ぶりだと隠し部屋見つからなかったでしょう?」
スズナが自分の勝ちを確信すると、すぐ鼻に付く言い方をするのはもう慣れた。しかし、時間がなかったとは言え、自分が開くことを断念した隠し部屋に入ったというのは聞き捨てならなかった。
「あれは1人で開けるのは無理だろ?」
「ははーん。さては、隠し部屋は見つけられたのに開けられなかったわけ?」
「わ、悪いかよ」
「どうやったか教えて欲しい?」
ドヤ顔がさらに嫌味ったらしくなっている。こんな顔の奴に、教えてもらおうなんて普通は考えもしないことだったが、スズナから教えてもらう他ない。
「……ください」
「え? なんかよく聞こえなかったなあ」
態とらしく耳に手を当て、白々しく聞き返す。これが知っているものだけに与えられる優越感。特別な存在だと思える瞬間。相手よりも優位な立場にいると感じる至高のひと時。
「……教えてください」
「えー? なになにー?」
「早く教えろよ!」
「何で泣いているのよ?!」
「うるせえ!」
知りたい気持ちとスズナから教えてもらいたくない気持ちが相まって涙ぐんでいた。
「仕方ないわね。隠し部屋に入れなかった可哀想なユウラの為に教えてあげようじゃないの」
恩着せがましく言われると、断りたくなる。そんな気持ちを抑えて、スズナの言葉に耳を傾けた。
「隠し部屋を開くには、逆さランプを同時に引き下げないといけないことは気づいたのよね?」
「ああ、それはすぐに気づいた。だから1人じゃ無理だって思って諦めた。時間もなかったからな」
ここでちゃんと、時間がなかったという事はアピールするユウラだったが、負け犬の遠吠え。何を言っても空しいだけだ。
「なるほどね。それなら階段下の床は見てないのね」
「赤絨毯が敷かれているところか?」
「うん。あれを捲ると長めの木の棒が不自然にはめ込まれていたの。それを逆さランプに引っ掛けて開けたってわけ。まっ、少し冷静に考えみれば分かることよね」
「そんな近くにあったのかよ」
「灯台下暗しってところね」
「悔しすぎる」
少し考えれば気づけるはずだった。もう少し早く仕掛けが分かっていれば開けられるはずだった。身を切る思いをしてまで教えてもらったのに、その程度のことだったのかと、数分前の自分の行為を悔いていた。
「残念だったわね」
スズナはその姿を見て、ほくそ笑みながら言った。何も言い返す事が出来ないユウラは、そのまま机に顔を伏せて一次予選の結果が出るのを待った。
予選結果を待つ最中、達成感を感じる者、疲弊感に苛まれる者、不完全燃焼で落胆する者、もう駄目だと諦め絶望する者、様々な感情が入り乱れる中、ようやく参加者全員の探索が終わり、いよいよ、アマテラス国王に成りすました偽国王によって、予選結果が告げられる。
『クラフター諸君! 一次予選はどうだったかなあ?』
最初に招集された時とは違い、一瞬にして静まり返るクラフター達。全員が各々の進退を決めるこの瞬間に否が応でも真剣な眼差しになっていた。
『君たちの中からこの日本の未来を託す優秀なクラフターを選抜する大事な予選結果を発表します!』
予選通過か敗退か。心臓の鼓動が高鳴り、緊張が最高潮に達する。ユウラとスズナは、隠し部屋を見つけていたこともあり、余裕の表情を浮かべながら発表を待った。
『ドゥルルルルルル……』
性懲りもなく、ドラムロールを口ずさむ偽国王。だが、誰1人としてそこにツッコミを入れる者はいなかった。
『ドゥーン! 一次予選通過者は……なし! 残念ながら全員不合格です!』
「は!?」
「え!?」
誰もが予期せぬ結果に、参加者のみならず、八領長までもが驚きの声を上げた。
カシャッ。
騒つく本会議場内に、今では滅多に聴くことのなくなったカメラのシャッター音が鳴り響いた。
「写真……? 誰!?」
「誰だ、こんな時に写真なんか!」
「そうだ! ふざけんな!」
驚きは怒りに変わり、その矛先は写真を撮ったものへと向けられた。
『いやあ、それ僕ね』
何がしたいのか分からない言動ばかりする偽国王に非難の目が集中した。
「あんた国王だからって好き勝手やっていいと思ってんのかよ!」
「そうだそうだ! 国の未来が掛かっているとか言っておきながら、ふざけるのも大概にしろよ!」
『1、2、3、4……』
偽国王は不平不満を浴びせられる中で、何やら数え始めた。
『……54、55。少し多い気もしますけど、これで決まりのようですねえ』
一通り数え終えると、誰にも聞こえないような小さな声で少し不満げに言った。すると、今にも暴動を起こしそうな参加者の各机上に番号のついた小型の液晶パネルが現れた。そこには先ほど撮影したと思われる写真が映し出されていた。
「俺の顔?」
ユウラの目の前に現れたのは、自分の顔が映し出された液晶パネルだった。他の参加者も同様に自身の顔写真が映し出されていた。一瞬、沈黙が流れた後、再び偽国王に対する批難の声が浴びせられ始めた。
「おい、国王! これはなんの真似だ!?」
「なんで俺たちの顔!?」
「ちょっと! 顔写真撮るなら先に言ってよ! 変な顔で写っているじゃない!」
「ちゃんと納得する説明をしろ!」
1人また1人と、偽国王のホログラムが映し出されている議長席に詰め寄る参加者たち。待機していた隊員たちは鎮圧の為、すぐさま参加者たちの前に立ち塞がった。そして、隊員と参加者が今にも衝突しようとした時、偽国王はユウラと話した時と同じような重苦しいトーンで言い放つ。
『よく聞け。そこに写し出された顔が今の君たちの真意だ。落胆。怒り。安堵。平静。僕が君たちに合否を発表した直後に表した心の投影。顔は口ほどに物を言うとは、よく言ったものだな』
「目は口ほどに物を言うだろ」
ユウラは、軽くツッコミを入れつつも、偽国王が発した言葉の意味を少しだけ理解していた。しかし、大半の者たちは理解していないのか、それとも偽国王の威圧感からなのか、ぽかんと口を開き、間抜けな面を並べていた。