06.Better safe than sorry.
警備室へ連行された2人は、武装した隊員たち10人くらいに銃口を向けられながら尋問を受けていた。ALICEがどれほどの兵器なのかを知り尽くしている隊員たちにとって、目の前にいるルカは脅威でしかないのだ。
「このALICEの所有者は君ではなく、議事堂内にいるアズマ・ユウラ氏だということで間違いないな?」
「ええ。間違いないです」
眉間にしわを寄せ、威圧感たっぷりに尋問する警備隊長に怯えながら返答するアルマ。その横で、顔色一つ変えず人形のようにじっと動かず、静寂を保ったまま椅子に座るルカ。異様な雰囲気の中で、尋問が続く。
「このALICEは、我々に危害を加える気がないというのも本当か?」
「本当です。先程から何度も申し上げていますが、ユウラが無事である確証さえ得られれば、議事堂内に突入することも絶対にないですし、この国を守る自衛隊の皆さんに危害を加えることはないと断言できます」
ずっと真剣な眼差しを真っ直ぐ向け訴え続けるアルマの姿を見て、ようやく信じ始めた警備隊長は、他の隊員達に銃を下ろすよう指示を出した。
「分かった。君の言うことが仮に本当だとしよう。しかし、我々にはアズマ・ユウラ氏の身に何が起きているのか把握できない。恐らく、彼がクラフターである以上命にかかわるような事はないはずだ」
「やっと分かってくれたんですね!」
理解を示してくれたことに、ほっと胸を撫で下ろすも、警備隊長の表情は未だ険しかった。
「最後に1つだけ教えてくれないか。ALICEが危害を及ぼさないというのであれば、なぜ制限が解除されている?」
「制限ですか?」
「そうだ。明らかに規定外の速度で移動するALICEをレーダーが感知している。戦闘時以外に改造部位の制限解除がされているとなれば、それは戦闘の意思があると判断できる」
アルマはユウラが隊員に旧国会議事堂へ行くかどうか選択を迫られた時、まだやり残している事があると言っていたのを思い出した。
「それはですね。たまたま、改造直後にタイミング悪く、アマテラス国王様から招集命令があったからです。私もその場に居合わせたので、間違いないです」
「本当か?」
「信じていただけないのなら、俺が改造に使われている部品を持って、工房に到着した時刻とイズミという陸上自衛隊員がユウラを招集しに来た時間を電子チップのGPS履歴で確認すれば、すぐ分かるはずです」
疑り深い警備隊長はすぐさま、他の隊員にGPS履歴を調べさせた。
「なるほど、確かに嘘ではないようだな」
ようやく納得してもらい、警戒が解けそうになった時、置物のように座っていたルカが不安げな表情を浮かべていた。
「あの」
「なんだ?」
「さっき、隊長さんはお兄ちゃんの命に関わることは恐らくないと言いましたよね?」
「そうだ。今、議事堂内で行われていることは国家機密レベルで我々も内容は聞かさていないが、恐らく大丈夫だろう」
「つまり、お兄ちゃんが無事である保証はどこにもないという事ですよね?」
「中で何をしているのか分からない以上、断言はできんからな」
「分かりました」
ルカはそう言うと席を立ち、出口に向かって歩き始めた。予期せぬ行動に隊員たちは再び銃口を向け、行く手を阻もうとするが、止まる気配がない。まだ、発砲許可が下りていない為、屈強な男たち10人がかりで抑え込みにかかる。だが、制限を解除された強靭な脚力と頑丈な作りになっているルカを止めることはできなかった。
「貴様ら何をやっている! 早くALICEを取り押えろ!」
「む、無理です! 我々の力では止まりません!」
「くっ。やむを得ん。至急アマテラス国王に連絡しろ! ALICEの破壊許可を貰え!」
「了解! 直ちに連絡を取ります!」
ルカの思わぬ行動に、慌ただしくなる隊員達。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まだ妹さんは何もしていないじゃないですか」
「何かが起きてからでは遅いのだ! それとも、君が責任を取ってくれるのかね?」
「責任って」
警備隊長とアルマが言い合っている最中、ルカは隊員たちの静止をもろともせず、プロテクトで覆われた旧国会議事堂前に到達した。
「Number001 Chord Name Ruka。所有者アズマ・ユウラノ安全確保ノ為、プロテクト解除コードノ解析ヲ開始。解除完了時間推定12秒」
旧国会議事堂を覆うプロテクトのプログラムコードが青色の文字で浮き上がる。それを見た隊員の1人が慌てて警備隊長の下へ駆け戻った。
「隊長! 緊急事態です!」
「どうした!?」
「ALICEがプロテクトを解除しようとしています!」
「何だと!? おい! まだ国王とは連絡がつかんのか!?」
「駄目です! 我々の通信機に何らかの妨害電波が介入しているようで、議事堂内との連絡が取れません!」
「何故だ!? 故障か!?」
ルカの行動に慌てる隊員たちは、ある重大なことを忘れていた。その余りの慌てようを見て、逆に冷静さを取り戻したアルマは、警備隊長に教えてあげることにした。
「あの」
「なんだ!?」
「多分、プロテクトが張られている状態だから連絡が取れないと思いますけど」
「はっ?!」
自衛隊員といえども、鎖国制度を敷き、新体制となってから1度も出撃命令がなく、各エリアの警備を行うことが主な任務内容だった彼らにとって、今回が初となる国家レベルの任務。しかし、昔のように生身の身体で実戦形式の演習を行うことがなく、今では軍事演習プログラムを用いた絶対的安全が約束されたバーチャル世界で演習を行う為、様々な状況を想定していたとしても、いざ実戦となれば、その実力を十二分に発揮することは難しい。
そんな状況にも関わらず、国の抱える脅威が目の前に現れ、思わぬ行動に出たのだから、冷静さを保てるはずがない。結果として隊員たちは、守秘回線を使用したとしても、プロテクトが張られている旧国会議事堂内のアマテラス国王に連絡を取ることが不可能だということすら気づけなかったのだ。
「解除コード解析完了。プロテクト解除率100%。アズマ・ユウラノ信号スキャンヘ移行」
そうこうしている内に、ルカはプロテクトの解除に成功。旧国会議事堂内部のスキャンを開始した。
「隊長! ALICEがプロテクトを解除した模様です!」
「なんだと!?」
「隊員!」
「次はなんだ!?」
「プロテクトが解除されたおかげで、アマテラス国王にお繋ぎ出来ました!」
隊員の報告を受けた警備隊長は、速やかにアマテラス国王へ現状を報告した。
『何かあったのかい?』
「現在ALICEが議事堂内に突入しようとしております!」
『ALICEが突入?』
「はい! 現在の我々の装備ではALICEを止めることは不可能です。至急、軍事ALICEを使用し、試作品ALICEを破壊する許可を願います」
『駄目だ。領土戦が終わるまでALICEの破壊はどんなことがあろうと許さないよ』
「しかし、このままでは!」
『少し冷静になりなさい。こんなところでALICEを破壊してしまっては、日本が滅んでしまうよ。君はまた昔のような核爆発を起こさせるつもりかい?』
「い、いえ。そのようなことは」
「いざとなれば、僕のALICEを出撃させて対処するから、君たちは試作品ALICEの動向を逐一報告するように! じゃ!』
「こ、国王! アマテラス国王!!」
「隊長、国王は何と?」
「ALICEの動向を監視し、変化があればアマテラス国王に報告しろ!」
「了解。ALICEの進行阻止を中止し、監視行動に移行します!」
国王の命令は絶対。ALICEの破壊を望んでいた隊員たちはALICEの動向を見守る以外に何もできなくなった。本来、ALICE破壊にはいくつかの手順を踏まなければならない。まず、ALICEの機能を完全に停止させ、地中深くに造られた核シェルターへ移送し、自衛隊が保有する3体のALICEを使用して、完膚なきまでに破壊することになっている。もし、街中でALICE同士が戦闘を行えば、核弾頭と核弾頭をぶつけ合うことになってしまうからだ。
「検索完了。アズマ・ユウラノ生体反応ヲ確認。心拍数、脳波トモニ異常ナシ。他59人ノ生体反応ヲ確認。心拍数、脳波、多少ノ乱レ有リ。議事堂内スキャン結果、小型プロテクト62機ノ起動ヲ確認。ソノ他異常ナシ。危険レベル0。救出モードカラ潜伏モードヘ移行開始、完了まで3,2,1……。再起動」
ユウラに危険がないと判断したルカは、旧国会議事堂正面玄関目前で足を止めた。それから、ほんの数秒後、再起動したルカはくるりと隊員たちの方へ向き直り、満面の笑みを浮かべながら警備室へと戻っていく。その理解しがたい行動に隊員たちは目を丸くしながら、ルカの後ろ姿を見送るしかなかった。
「アルマさん! お兄ちゃん無事でした! 中にいる人もプロテクトで隔離されているみたいですけど、特に問題なさそうだったので安心しました!」
隊員たちの気持ちなど、お構いなしのルカはアルマの姿が視界に入るや否や、嬉しそうに駆け寄ってユウラの無事を報告した。
「ふう。ひとまずは安心だな、いろいろと」
「はいっ!」
「じゃあ、工房に戻ろうか」
「私はお兄ちゃんが無事に出てくるまで、ここで待たせてもらいます」
「え!?」
「良いですよね? 隊長さん」
「あ、ああ。もう好きにしてくれ」
「ありがとうございます!」
「それなら俺もここで待つよ」
何かあると周りが見えなくなるところはユウラそっくりだな。犬は飼い主に似るって言うけど、ALICEもクラフターに似るのかな。なんてことを思いながら安堵するアルマだった。
丁度その頃、ユウラは議席に設置されていたプロテクトが解除され、探索のスタート地点へ向かっているところだった。
「意外に順番が回ってくるのが早かったな」
「No.23アズマ・ユウラ。只今より第一次予選【隠し部屋の探索】を開始してもらう」
「はい」
「制限時間は10分間。隠し部屋を見つけたとしても、制限時間内に本会議場に戻らなければ失格とします。念のため、終了1分前にアラームが鳴るようにセットしてありますが、くれぐれも時間は厳守するようにして下さい」
「分かりました」
「質問がなければ、探索を開始して下さい」
「んじゃ、行ってきますかね」
議事堂の外で、ルカとアルマが大変なことになっていたとは、微塵にも思っていないユウラは、移動時間を計算に入れ、待機中に絞り込んだ探索場所へと迷いなく向かった。
向かった先は、国会議事堂中央部。ブロンズ製の扉1枚1.1トンの重さがある中央玄関のある場所だ。
昔は、衆議院議員総選挙、参議院議員通常選挙が行われた後、国会に議員が招集され初登院するときや、他国の国賓を招き入れる際にしか開かれないことから通称【あかずの扉】と言われている。そして、今も変わっていないのが、天皇陛下を招き入れる時のみ、その扉が開かれるということだけだ。
ユウラはそこに目をつけた。旧国会議事堂内において、唯一変わらない絶対的平和の象徴【天皇陛下】に関連する場所。それが国会議事堂中央部だった。
ガンガンガンッ。と、中央部に到着したユウラは中央玄関を叩いた。
「さすがに頑丈だな。こりゃ1人で開けるのは無理か。となれば、衆議院側と参議院側の中間にあって、両側の入り口から1番遠い位置ってことになる訳だから」
辺りを見回し、おかしな所がないか手当たり次第に探し始めた。壁や通路、天井、どこかに切れ目や繋ぎ目がないのか、目を凝らし、手で触れ、足で確かめ、限られた時間の中で、少しでも多くの情報を得ようとしていた。しかし、これといって不自然なところはなかった。
「特に変わったところはなしか。場所を間違えたか」
残り時間も後5分を切り、戻る時間を考えても多く見積もって3分弱。この僅かな時間で、探索場所を変えたとしても隠し部屋が見つかる可能性は限りなくゼロに近い。
「何か見落としているところはないのか」
再び、辺りを注意深く確認していくが、それらしいものが見つからない。
「どうする。こんな薄暗い場所じゃ探せるものも探さない。……薄暗い?」
天井の明かりが消えているのにもかかわらず、なぜか赤絨毯の敷かれた階段の両側にある柱には上向きのランプが2つ点灯していた。
「あのランプ、何で他のものと違って上を向いて取り付けてあるんだ? 設計ミスな訳がないよな」
この時点で、未だに腑に落ちないアマテラス国王の言葉が脳裏に浮かぶ。
「もしかして」
ユウラは階段左側の親柱に上に登り、ランプに手をかけた。
ガコン。と、ランプを引き下げると階段の下で何かが外れる音がした。手を離すとランプは元の位置に戻り、また音がして、何かが填め込まれたようだった。右側のランプも同様のことを試すと左側と同じことが起きた。
「やっぱり、国王の言った言葉がヒントだったみたいだな」
光あるところに栄光ありとは、予選通過の鍵である隠し部屋の場所を示す目印であり、それを開くための仕掛けでもある灯のことだった。灯は光を放ち、影を作る。つまり、闇とは影のことを指していたのだ。
それに気づいたユウラは、影に恐怖する理由についても思い出していた。議事堂中央部に天皇陛下を招き入れる時、付き人は細心の注意を払話なければならないことがあった。それは天皇陛下の影を踏んではならないということ。高貴な存在である天皇陛下の影を踏むことは、無礼に値する為、建築の段階で議事堂中央部は影の範囲が広くならないように、必要最低限の灯しか灯さない造りになっている。ユウラが見つけた上向きのランプもそのひとつである。
ピピピピピピ。と、議事堂内に1分前を知らせるアラーム音が鳴り響く。
「やっべ! 優越感に浸っている場合じゃなかった! 急いで戻らねえと!」
隠し部屋の場所を特定した優越感と、探し終えた安心感から戻ることをすっかり忘れていたユウラは、急いで本会議場へと戻った。