04.So many men, so many minds.
『実は今からALICE♰CRAFTの一次予選を開催しちゃいまーす!』
アマテラス国王は、またもや軽々しく重大な発表をした。
「はあああああ!?」
顎が外れんばかりの大口を開け、今日1番の驚きの声が場内に響き渡ると、天井の大きなステンドグラスがミシミシと音を立てた。
声を荒げるのも無理はない。ALICE♰CRAFTに関する説明を行うとだけ伝えられていたクラフターと隊員、そして領長たちまでもが意表を突かれたのだ。つまり、一次予選はアマテラス国王が単独で決定したこと。誰にも周知されていなかった。
「国王……。我々に一言の相談もなしに決められては困るぞ!」
先陣を切って、アマテラス国王に意見したのは第3エリア領長【ハチオウジ・クダイ】。8領長の中で最年長の34歳。エリア制になった際、領長として真っ先に白羽の矢がたった初代領長【ハチオウジ・ヤマト】を父に持つ、各エリアの領長を束ねるリーダー的存在。また、次期国王候補とも噂されている権力者の1人である。
『だってさあ、100人まとめて選抜大会しちゃったら絶対に1日で終わらないでしょう? だから、今のうちにふるいに掛けようかと思って』
「それでもだ! 良い考えだとしても、勝手に決めて良い理由にはならん!」
『そんなに怒らないでくれよ、クダイ領長。本当は僕も隠し事は嫌いだし、みんなで話し合って決めた方が絶対良いに決まっているよねえ。だって民主主義だもんねえ。でも、一次予選の内容が漏れたら困っちゃうんだよねえ』
「内容がなんにせよ、一次予選をするかどうかくらいは話し合えたのではないか!?」
『あ、もしかして君たちのことを信用していないと思っているのかい? それは、誤解! 誤解だって! みんな平等な条件にしないと、この一次予選の意味がないでしょう? だからさ、今回は許してちょ』
「許してちょって……、人の話を真面目に聞いているのか? 大体、今回だけでは——」
「まあまあ。抑えて、抑えて」
微笑みを浮かべながら、クダイ領長をなだめているのは第4エリアの領長【アリサワ・ミイナ】。彼女は8領長の中で最年少の19歳。第4エリアで国民の人気投票によって選出された異例の領長だ。男女問わず不思議な魅力に引き込んでしまうカリスマ性を持っている為、領長でありながら国民的アイドルとしても有名だ。
「これではクラフターたちの不信感が増すばかりだぞ」
「ここでクダイ領長が怒ってもダメですよ! 私が何とかしますから!」
「しかしだな!」
「クダイ領長! めっ! ですよ?」
怒り心頭しているクダイ領長にミイナ領長の伝家の宝刀、上目遣いからの可愛らしい視線と仕草が襲い掛かる。
「そ、そうか。では、ミイナ領長に任せるとしよう」
「さすがクダイ領長! 話が分かる人は嫌いじゃないですよ!」
「あ、ああ」
上目遣いでミイナ領長に見つめられては、さすがのクダイ領長もたじろいでしまい、何も言うことができない。まるで厳格な父と可愛い愛娘を絵に描いたような感じである。
ミイナ領長は、決して狙っているわけではないがその生まれ持った才能で、自然と相手が好きな仕草や発言をしてしまう。
「クラフターのみなさーん! アマテラス国王様も考えがあってのことだと思うから、ここはミイナに免じて、もう少しだけ話を聞いてあげてほしいな!」
全力で可愛さを振りまきながら、お願いする様は正に天使。しかし、怒れるクラフターたちには火に油を注ぐようなものだった。
「黙って聞いていられるかよ!」
「そうだそうだ! 今回の招集に応じるかどうか選ばされた時も、断れない条件ばっかりだしやがって、選択の自由は国民の権利だろうが!」
「私なんてほとんど強制だった!」
「職権乱用だ! 職権乱用!」
ただでさえ、理不尽な要求に従ってここへ来たクラフターたちにとって、国王の独断先行な一次予選開催は、不満以外のなにものでもなかった。
「うっ……うう」
「え?」
「泣いているのか」
ミイナ領長の突然の涙に、戸惑うクラフターたち。主に男性陣。
「ミイナは……みんなの笑顔が大好きなの。それなのに、そんな怖い顔されたら……うう……」
泣きながら、訴えかけるミイナ領長を見た男たちは、怒りを忘れ、泣かせてしまった罪悪感から、必死にご機嫌を取ろうと頑張り始めた。
「誰だよ! ミイナ領長を泣かせた奴は!?」
「ミイナ領長! 俺たちちゃんとアマテラス国王様の話聞くから泣かないでくれ!」
「ほら、みんな笑顔だよ! 泣かないでミイナちゃん!」
「大丈夫だからねえ!」
「早く話が聞きたいな!」
男という生き物は単純だ。男が女の涙に弱いのはいつの時代も変わらない。しかし、男女問わずに支持が高いとは言っても、ミイナ領長のようなタイプを好まない女性がいないわけではない。
「何なのあの女! ちょっと若くて可愛いからって何でも自分の思うようになるとでも思っているの!?」
負けん気の強いスズナは、自分よりもちやほやされているミイナ領長をよく思っていなかった。
「20代半ばに差し掛かった女は怖いですなあ」
「なんですって!?」
あからさまに嫉妬心剥き出しのスズナを面白がって揶揄い始めたユウラ。
「つか、年齢的にそんな離れてないよな? あ、もしかして、自分がおばさんだって自覚があるとか?」
「誰がおばさんよ!?」
「さっき世界一可愛いとか聞き間違いしていたし、もう、おばさんでしょ」
「はい?! 私はまだピチピチの22歳です!」
「ピチピチってもう死語だから。それにお前今月で23だろ?」
「22歳と23歳じゃ、大違いなの! あんた本当にデリカシーないわよね!」
「年齢を気にしている時点で、おばさんみたいだぜ」
「そういうあんただって、あんな小娘に鼻の下伸ばしちゃってロリコンなんじゃないの!?」
「そりゃあ、俺は男だからな。あとロリコンは18歳未満の女子高生とか少女に対して興奮しちまう奴に言う言葉ね。ミイナ領長は19歳だから世間一般でいうロリコンの定義には当てはまりません。残念でした」
「いちいちムカつく言い方するわね」
「おばさんに一般常識を教えたまでだ」
「あっそ! それはどうもありがとうございました!」
「どういたしまして」
ユウラとスズナが口喧嘩をしている間に、落ち着きを取り戻したクラフターたちとミイナ領長。ようやく話を聞く雰囲気になったところで、アマテラス国王は一次予選についての説明を再開した。
『ミイナ領長ありがとねえ。恐らく、君たちは色々なことが急に決まって困惑しているんだよねえ? でも、よく考えてほしい。君たちの中から1人だけ、日本の代表として戦場へ行かなければならない。戦場では状況が常に変化するので、どんなに些細な情報も逃さずに最善の策を持って戦う。とは言っても、戦うのはALICEなので、君たちの場合は戦況に応じてクラフトし、戦略を立てサポートすることが主になります。つまり、ALICEが身体なら君たちクラフターは頭脳。そこで、君たちが無駄死にしない為にも、一次予選では状況判断能力をテストします。なので、このテストをクリアできない=戦場での死を意味すると思ってくださいねえ』
口調は相変わらず気の抜けた感じだが、言っていることは正しかった。
ALICEはどう足掻いたとしても、戦闘兵器なのだ。人の命令や手を加えなければ、目的を持たないただの金属の塊に過ぎない。日本は、ただでさえ鎖国制度のせいで他国の情報を知らない。そんな不利な状況下に置かれているのに、アマテラス国王の言動や、一次予選の開催宣言、その1つ1つに馬鹿みたいに反応して感情を左右されているクラフターたちが戦場に身を投じたとしても、待っているのは死だけだ。
それを理解した者たちの顔は一瞬にして真剣な表情に変わった。自分たちが如何に戦争を軽く考えていたのかを痛感させられたのだ。未だ経験のない戦争に対して現実味がないのは当たり前のことだが、ここに集まり日本の代表として戦争に行く可能性が出てきた以上、自分の命が懸かっていること、国民の命を背負わなくてはならないこと、日本の未来を託されていること、その全てを受け入れる覚悟をする必要があった。
「おれには無理」
「俺も」
「私も」
「うちもあかん」
しかし、覚悟をすることは容易いことではない。
もし、自分が日本の代表として戦場に行くことになったらどうするのかと、誰もが自身の心に問いかけた。そして、覚悟を決められない者たちが出した答えはこうだ。
危険な目に遭いたくない。
責任を負いたくない。
戦いたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
最後に行きつくのは死への恐怖。生きたいと願う心、生への執着。それはごく自然なことで誰もが抱く感情だ。だが、それは同時に生きる為に自ら戦うことを諦め、その責任を他人に擦り付けているに過ぎないのだ。ここで試されていることはそういうことでもある。
『それじゃあ、一次予選に参加する方のみ、この場に残ってくださいねえ。5分後にこの議場に残っている者を参加者と見做し、一次予選を開始するからよろしくねえ』
そう言い終えると、覚悟のない者たちは次々と席を立ち議場を後にした。必死に勉強し、青春時代の全てを費やしてようやく手に入れたクラフターの資格、友達、家族、あるいは作品として愛情を注いできたALICEを失ったとしても、自分の命は捨てることができない。その選択は決して間違いではない。
この場に残っている者も死を恐れている。戦うことを恐れている。何かを失うことを恐れている。しかし、それ以上に恐れていることがあった。それはクラフターとしての誇りを失うことだ。
クラフターにとって資格もALICEも自分の存在意義であり生きた証なのだ。
死への恐怖に打ち勝ち誇りを守るのか。誇りを捨て、自分の命を優先するのか。与えられた僅かな時間、彼らは人生を左右する選択を迫られ、悩みに悩んだのち答えを出した。
5分後、議場に残ったのは86人。14人はクラフターの資格とALICEを失い、誇りを捨てた。
今頃、各エリアの自衛隊が該当者のALICEを回収に向かっている。誇りと生きた証を失った彼らは、喪失感に苛まれながらも死ぬよりはマシだと言い聞かせ、普通の人としての生活に戻っていった。
『では、ここに残った86人のクラフターのみなさんをALICE♰CRAFT一次予選の参加者と認めますねえ。注意事項ですが、予選中は情報漏洩防止のため、通信機器の使用を禁止。仮に使用したとしても旧国会議事堂の敷地内は全て電波を遮断しているので外部に繋がることはありません。こんな感じで、注意事項の説明は終わりねえ』
「妨害電波か。どおりでずっと圏外な訳だ」
ユウラは、思ったより時間がかかりそうだと工房で待つアルマに連絡を取ろうと何度か試みていたが、妨害電波のせいで全く繋がらなかった。
「そりゃあそうでしょ。国の命運が懸かっているし、スパイがいるかもしれないんだから」
「確かに、それもそうだな。じゃあ、さっさと終わらせて帰るとしますか」
「私もずっとパジャマ姿はさすがに辛いからそうするわ」
一次予選の内容は【探索】。探索と言っても、この旧国会議事堂に隠された隠し部屋を探し出すというシンプルなものだ。
・割り当てられた番号の順に1人ずつ、10分間の制限時間内に隠し部屋を見つける。
・待っている者はプロテクト内で待機。
・隠し部屋を見つけた者は、その場所と隠し部屋の開錠方法をアマテラス国王に告げる。
これらのルールの下、条件を満たしたものが一次予選を通過することができる。果たして何人のクラフターが予選通過できるのだろうか。ユウラはルカのために。スズナはユウラに勝ち、正真正銘のナンバー1になるために。各々の思いを胸に一次予選開始の時を待った。
『それでは皆さん! 僕、国王アマテラスの名において、ここに【ALICE♰CRAFT】一次予選を開催することを宣言いたします! 光あるところに栄光あり! 闇あるところに恐怖あり! みなさんの健闘を祈っています!』
アマテラス国王の開催宣言を合図にユウラとスズナを含めた総勢86人の一次予選が始まった。