03.Seeing is believing.
「お取込み中、失礼いたします。私は陸上自衛隊E13部隊2等陸士イズミと申します。こちらは、クラフター資格保有者アズマ・ユウラ様の工房兼ご自宅で間違いございませんか?」
不意に現れたのは、日本の防衛線の要とも言える自衛隊の隊員だった。自衛隊といっても、かつての自衛隊とは少しだけ異なる点がある。それは、この国の治安を維持しているのが警察ではなく自衛隊である彼らだということだ。
本来ならば、警察という組織が国内の治安を守るべきことなのだが、先の戦争で迅速な対応が出来ず、後手に回り続けた結果、自衛隊との連携も上手く取れないまま、甚大な被害を被ってしまったのだ。
昔から国民の反感を買い続けていた警察は、それを機に組織の解体を余儀なくされ、国直轄の自衛隊に統合。1つの組織となった。
工房を訪れたのは陸上自衛隊に今年入隊したばかりの新米隊員。そんな彼の突然の訪問に対して、特に驚く様子を見せないユウラたち。
何か問題があれば、すぐに自衛隊が駆けつけるというのは、今の日本ではごく自然なこと。新体制となった自衛隊の行動速度は、それ程までに信頼のおけるレベルなのだ。
「確かにここは俺の工房兼自宅だけど、陸上自衛隊の隊員がなんでこんなところに?」
「あなた様がアズマ・ユウラ様ですか?」
「うん」
「申し訳ないですが、アマテラス国王様の命により旧国会議事堂までお連れ致します」
「えー、やだよ。面倒くさいし、俺まだやる事残ってるし」
心底面倒くさそうに、アマテラス国王の招集命令を即答で拒否するユウラ。
「バカ! さっき国王様がALICE♰CRAFTの話をしてただろうが! 多分、その件に関しての招集だろ!? そうですよね!?」
「ええ。仰る通りです。ALICEを所有するクラフターの皆様にALICE♰CRAFT開催時における注意点および内容をアマテラス国王様よりご説明致しますので、ご同行願います」
「仕方ない。それじゃあ、妹も一緒に連れて行っていいか?」
「妹様でございますか?」
誰のことを言っているのかと、工房の中を見渡す隊員。ここには妹らしき人物は一人しかいない。
「そちらの女性ですか?」
「ああ、独りにするのは可哀想だから連れて行ってもいいかな」
「変ですね。私どものデータベースには、アズマ・ユウラ様に妹はいないはずですが」
何やら怪しんでいる隊員がユウラに対して疑いの目を向けていることに気づいたアルマは、直ぐさま隊員の下に駆け寄り耳打ちをした。
「すみません。こいつALICEのことを妹みたいに扱っているもので」
「なるほど、ではあの女性は試作品ALICEで本当の妹様ではないということですね」
自衛隊が管理するデータベース上には、ユウラの両親が死んでいることも、試作品ALICEを所有していることも全て明記されている。
両親を失ったショックで、ALICEを妹だと思い込んでいると考えた隊員は、気を遣って小声で返答した。
「何2人でこそこそ話してるんだ?」
「アズマ・ユウラ様。大変申し訳ありませんが、今回のクラフター選抜大会においての情報は参加者の方のみに提示する決まりとなっておりますので、ご家族の同伴はご遠慮ください。また、大会においては平等な条件での参加が求められますので、他のクラフター様に所有するALICEの情報が漏れたり、万が一のこともありますのでALICEの同伴もご遠慮ください」
「うーん。それ絶対行かないとダメなの?」
どうしても、ルカを1人にしたくないユウラは渋っていた。
「強制ではございませんが、その場合はクラフター選抜大会への不参加とみなし、この場でクラフター資格の剥奪と試作品ALICEの回収を決定させて頂きます」
「それは困る」
「では、ご同行願います」
「おっけ。じゃあ、そういう事みたいだからルカはお留守番な」
「うん……。気をつけて行ってきてね」
心細そうな表情を浮かべるルカ。インプットされているデータがそうさせているのか。人工知能で学習したことを元にして状況に応じた対応をしているのか。あるいは、本当にルカ本人の気持ちからそうしているのか。不思議なくらいに普通の人間と同じだった。
余りの人間らしさにアルマと隊員は、少しばかり困惑していた。
「アルマ」
「え、あ、なんだ?」
「ルカと一緒に留守番頼んだぞ」
「なんで俺が!?」
「どうせ今日は休みだろ?」
「そりゃそうだけど」
「じゃあ、頼んだ」
「仕方ねえな。さっさと行って早く帰ってこいよ」
「おう。行ってくる」
半ば強引に留守を任せたユウラは隊員と共に工房を後にした。
2人が向かう旧国会議事堂は、現在の国王アマテラスが各エリアの代表を集め、法律の改定や今回のように国を挙げて取り組む案件がある際に、議論や説明を行う場として使われている。昔でいう国会議員やその代表である総理大臣という役職も今や過去の話である。
メディアで報道される国会議員の醜態や不祥事が相次いだ結果、国民による暴動が起き、国会は解散に追い込まれ、全国会議員が辞職することとなった。ロシアの生物兵器の影響でその当時のことを知るものは、誰1人残っていない。その為、都道府県知事と同じような役割を担う各エリアの長と国王アマテラスは全員20代後半から30代前半と比較的若い世代でこの国を統治している。もちろん、国民の半数以上が同年代の若者たちだ。
幸か不幸か、自分たちの力だけで生き抜かなければならないという状況と昔ながらの固定概念からくる保守的な思想に囚われることのない環境が日本に新たな文化と技術を発展させる一因となった。
その技術の一つがユウラを迎えるために隊員が乗ってきた自動車だ。
2019年に翼を折りたためば、自動車としても走行可能な空陸両用車がフランスの大手航空機メーカーによって開発、販売が開始された。その一方で日本は独自に翼やプロペラ、ジェットエンジンを搭載せずに空を飛ぶことができる車の開発に着手していた。一度は、戦争で中断を余儀なくされた空飛ぶ車の製造だったが、クラフターたちの登場により再開され、2177年に普通の車にある装置を加えるだけで空を飛ぶことができる【SkyDC】という車名の車を完成することができた。
その日本が誇る技術の代表格とも言える空飛ぶ車に乗り込み、ユウラは隊員の華麗な運転さばきと上空から眺める綺麗な夕日を堪能しつつ、旧国会議事堂へと急いだ。
「ササキさんだっけ? 自衛隊歴は長いの?」
「イズミです。まだ、1年目の新米隊員です」
「へえ。それにしては重力装置の操作上手いですね」
「陸海空軍に入隊する為に必要な技術ですので、入隊したてでも、ある程度の運転技術は身についていますよ」
SkyDCは、車体の前方後方そして、天井にあたるルーフの上方に被せるような形で、重力装置が付いている。その中には数百のピストンが入っている。更にそのピストン内部には重力磁場を発生させる装置が内蔵されている。
前進するときは、一度ピストンを伸ばし、重力装置を作動させ、車体を引き寄せる。尺取り虫が前進する際に体を曲げ伸ばしするときと同じような原理だ。それを上昇するときも同じ要領で行う。これを毎秒1万回行うことで、上昇、前進、後退を可能にしているのだ。
構造だけ見れば簡単なのだが、三方向の重力装置をバランスよく操作しなければ、制御不能に陥ってしまう。
それをいとも容易く操作してしまう隊員の凄さは、乗り合わせたユウラがその身をもって実感していた。
快適な飛行を楽しむこと約10分。
旧国会議事堂正面玄関前のSkyDC離発着スペースに到着したユウラは、隊員に先導され本会議場と呼ばれる大ホールへと招き入れられた。
「すっげえ! ホログラでは見たことあるけど、やっぱり実際見ると迫力が違うなあ」
前方にある議長席を中心に扇状にずらりと並ぶ議席に先に到着していたクラフターたちが座っていた。爪をといだり、読書をしたり、機械をいじったり、各々の好きなように時間を過ごしている。そして、議長席の両サイドに4人ずつ各エリアの領長たちが静かに座り、その様子を見ていた。
「あれが8人の領長かあ。さっすが貫禄があるねえ。全然同世代に見えないな」
「そりゃそうでしょ、あんたみたいにあほ面じゃないし、そんな汚い作業服着けてないしね」
「なんだ、お前も来てたのかよ」
「それはこっちのセリフよ」
ユウラに話しかけてきたのは、アルマと同じく新東京大学クラフター専攻科に在籍していた同級生のネノカミ・スズナ。大学時代にクラフター資格試験において筆記試験をトップで通過した秀才。しかし、実技試験は惜しくもトップのユウラに次いで2番目の成績で通過。筆記試験で6番目の成績だったユウラに負けたことを未だに根に持っている。彼女は常に一番でないと気が済まない絶対頂点主義の女だ。
「そんな、ぼさぼさ頭のパジャマ姿でよく偉そうなことが言えるな」
「招集があったから急いで来たのよ」
「どうせまた、私が1番じゃなきゃ気が済まない! とか言って来たんだろ?」
「う、うるさいわね。別にいいでしょ」
「まあ、どうでもいいけどさ。何番目に着いたの?」
「ふっ。もちろん一番乗りに決まっているじゃない。あんたと違って私は一番時間に厳しいの」
「それはすごいねえ。スズナさんには敵わないなあ」
自慢げに胸を張るスズナを横目に、面倒くさそうに頭を掻くユウラ。
学生時代から何かにつけては、勝負を挑んでくるし、ライバル意識むき出しのスズナに対して苦手意識のあったユウラは、あまり波風立てたくなかったこともあり、常に目立たない程度の成績と順位をキープしていたのだが、クラフトの最中だけは自分の世界に入り込んでしまうため気が付けばスズナを打ち負かしトップを取ってしまっていた。そのせいで、大学を卒業した今でもクラフターに関するものがあれば必ず現れ、こうして張り合ってくる。
『あー。あー。クラフターの皆様、そろそろお時間なので近くの席にお座りいただき、静かにお待ちください。アマテラス国王がおいでになります』
隊員の1人が壇上のマイクを使い、クラフターちちに呼びかけた。
「1番前の席が空いているわね」
「後ろの席が近いし、俺は後ろでいいかな」
「さては、私に1番前を取られることが怖いと見えるわ」
「1番が付くなら前も後ろも変わんねえだろ。まあ、どっちでもいいけど」
「まさか……!?」
「ん?」
「あんた1番後ろから私を見下す気でしょ」
「何故そうなる」
「そうはさせないから!」
そう言うと足早に、1番後ろのど真ん中の席に陣取って、勝ち誇った顔を出遅れたユウラに向ける。勝ち負けに興味がないユウラは、俺の負けですと、両手を挙げスズナの横に腰掛けた。
『ええ、それでは皆さまご着席されたようなので、アマテラス国王をお呼びいたします。アマテラス国王、議長席へお越しください』
8人の長以外にアマテラス国王の姿を知る者がいない。その国王がいよいよ登場の時が訪れ、この場に招かれた100人のクラフターたちに緊張が奔る。
ユウラとスズナも固唾を飲んでその登場を待った。
『クラフターの皆さーん! ご機嫌麗しゅう? 僕が国王のアマテラスだよ!』
緊迫したムードが一転、気の抜けた第一声に会場にいた8人の長以外の全員が盛大にズッコケた。
『あはは! みんな面白い反応だねえ。いつの時代のリアクションかなあ?』
「アマテラス国王ってこんなにラフな感じなのね」
「それにホログラで登場って、いつもと同じじゃねえかよ。シルエットしか見えないし」
『みんな実体の僕が登場すると思って期待してたんだねえ。一応、僕もクラフターとして参加する身なんだけど、もしスパイが紛れ込んでたら危ないし、誰が国王かそう簡単に教える訳にはいかないんだよお。だから、今回もシルエットだけなんだよねえ。ごめんねえ』
国王に関しては、いろいろな憶測が飛び交っていた。
核シェルターに逃れた天皇家の一族にして、日本で唯一50歳を超える最高年齢の人物だとか、自衛隊の幕僚長が国のトップを兼任しているのではないかとか、或いは元フリーメイソンに所属していた日本で有数の財閥の一角だなんていう情報が絶えず流れていた。
すべての情報に共通しているのは、威厳があり一般の国民では手の届きそうにない存在ということだ。
しかし、実物は目視できないまでも、その語り口調から察するに年齢は20代前半で、権力を振りかざすような人物ではない。国民をまとめる存在としては、もう少し威厳があった方が良いかも知れない。
「アマテラス国王! 一つよろしいでしょうか?」
スズナはスッと立ち上がり、どよめきを掻き消すほど大きく明瞭な声で言った。
『いいよお。先に可愛いお嬢さんのお名前から教えてくれるかなあ?』
「申し遅れました。私は3年前に新東京大学クラフター専攻科を首席で卒業したネノカミ・スズナです。世界で1番可愛いとお褒め頂き光栄に思います」
(誰も世界で一番可愛いなんて言ってないだろう)
スズナに対して、全員が同じことを心の中で思っていた。
「なぜ、領土争奪戦およびALICE♰CRAFTの開催決定直後に私たちは招集されたのですか? また、あまりにも早すぎる招集だと思ったのですが、どんな理由があるのかもお聞かせ願えますか」
『おお! あなたが噂に聞くネノカミ・スズナさんでしたかあ! 世界一可愛いとは言っていないですが、誰よりも負けず嫌いで常にトップを目指し続ける上昇志向があり、数少ない女性クラフターの内の一人ですねえ。さすが首席であの難関大学を卒業しただけあって、なかなか鋭い質問だあ。そんな訳で前置きは必要なさそうなので、単刀直入にお伝えしたいと思いまーす』
再び、場内に緊迫したムードが漂い始めた。
急な招集に疑問を抱いていたものも少なくはなかったこともあり、スズナの質問は大半のクラフターの気持ちを代弁していた。
『ドゥルルルルルルルルルルルル』
この雰囲気で、アマテラス国王自らの口でドラムロールを始めた。
「え?」
「なにこれ」
「国王! ふざけんな!」
緊張や不安を抱いていたクラフターたちの心に、怒りが芽生え始める。そして、先ほどとは別の不安が生まれた。この国王で本当に日本は大丈夫なのかと。
その一方で、領長たちは苦笑いをしている。定期的に行われている八領長会議という国王が格好をつけて横文字の名付けた会議においても、空気を読まない行動で頭を悩ませていた領長たちにとってはいつも通りのことだった。
『ルルルルル、ドゥーン! それでは発表いたします。今回君たちクラフター諸君が急遽招集された理由は……』
「理由……は?」
クイズ番組の司会者のような間を取るアマテラス国王。その口から告げられる理由は今か今かと身構えて待つクラフターたちにとって衝撃的なものだった。