26.Memories with my beloved sister.
悪魔がどんな姿をしているのかなんて誰も分からない。けれど、もし悪魔の姿をこの場で例えるなら変貌したユキの姿がそれだろう。白く透き通った肌とは対照的に漆塗りのような漆黒の光沢が黒光りしている鋼鉄の翼。
レイが使用している翼が手を広げる程度の大きさしかないのに比べて、ユキはその2、3倍の大きさはある翼を広げ、両の手は胸の前でしっかりと握られている。
まるで失った最愛の人への想いを奉げるように。
常軌を逸している光景に、これが少女型兵器ALICE本来の姿なのかと二人は固唾を飲んだ。
「どうするのよ……」
「どうするって、俺たちで食い止めるしかないだろ……」
その言葉とは裏腹に、じりじりと迫り来るプレッシャーに耐えきれなくなっていたユウラの足は一歩ずつ後退していく。逃げ出したい気持ちと食い止めなければならないという使命感が交錯する中、絶望の二文字が脳裏を駆け巡っていた。
ルカの暴走を知っていたからこそ、ある程度の暴走に対して予測し対策をしてきたが、この暴走レベルはルカの時の比ではない。初めて見たルカの暴走が初期段階だったのだと思い知らされる。
考えが甘かった。これは第四次世界大戦を経験しなかった世代の怠慢。
平和な世界で築き上げてきた地位と名誉に満足し、自信の力を過信からくる驕り。
少女型兵器ALICEの本当の恐怖を知らない軽率さ。
経験の差、知識の差、そう言ってしまえば簡単かもしれないが、ユウラ達は今まさにその脅威を経験しようとしている。少女型兵器ALICEがどういう存在であるのか、その本当の意味を知ろうとしている。
「胸部より上昇する高エネルギー反応を確認。何か来ます」
絶望の淵に追い込まれ、目の前が厚い雲に覆われていく中で発せられたレイの言葉で現実に引き戻される。
どれだけ逃げ出したいと考えていても、現実は逃がしてはくれない。現実に逃げ場などないのだ。
先人たちがそうして来たように、困難な壁が立ち塞がろうとも進み続けなければならない。やるしかない。
核兵器にも匹敵するALICEが体内で蓄積している高エネルギーは恐らく核燃料。それを放出あるいは本体もろとも爆破させるとなれば、明治神宮境内はおろかエリア3全域に被害が及んでしまう。
ユウラは悟った。ユキの暴走を止める手立てはないと。
ならば、ここで被害を最小限に抑えるしかない。覚悟は決まった。
「スズナ! 今すぐ周囲のプロテクトを最大出力で強化してくれ!」
「あんた、まさか……」
「ああ、もう腹をくくったよ」
「わかった……。レイ、急いでプロテクトの外へ!」
「かしこまりました」
「ユウラ! 私とあんたのどっちが上なのか白黒つけるまでは絶対に死ぬんじゃないわよ!」
「……ああ、簡単に死ぬ気はないさ」
スズナはレイを連れて、プロテクトの外へ飛び出していった。
これは最後の賭け。恐らく、生身の人間であるユウラは助からない賭けだ。
万が一、ユウラたちがユキの暴走を止める事が出来なかったとしても、プロテクトの出力を最大限にし、内側からの衝撃を外部に放出を防ぐことが出来れば、被害を明治神宮境内だけに抑えることが出来る。
スズナたちをプロテクトの外へ移動させたのも、暴走阻止に失敗した時の巻き添えにしない為。
「ルカ。多分、これに失敗したら俺は死ぬと思う。もしかしたら、お前もボロボロになっちまうかもしれない。それでも兄ちゃんと一緒にユキを止めてくれるか?」
「お兄ちゃん、怒るよ? 私はいつでもお兄ちゃんと一緒なの! もし、お兄ちゃんが死ぬなら私も死ぬ」
「悪かったよ。兄ちゃんが大切な妹を死なせるわけにはいかないからな。死ぬ気でユキを止める……。そんで……、絶対に生き残るぞ!」
「それでこそ、私の大好きなお兄ちゃんだよ!」
キィィィィィィィイイイイ!!
奇声にも似た音を出しながら、ユキの体内で灼熱化する核燃料が高エネルギーとなって大きく開いた口の中に凝縮されていく。
もう、核爆弾並みのエネルギー弾の発射まで時間がない。
「ルカ! もう一度、ワイヤーを使ってユキを拘束しろ! 今度は手加減なしで最速最強の脚力をもって全力で締め上げるんだ!」
「任せて、お兄ちゃん!」
ルカはロケットパンチの要領で地面に向かって左腕を突き刺すとワイヤーを目一杯に伸ばし、音速でユキの周囲を駆け回り始めた。その一方で、危険を察知したユキは口元に高エネルギー弾を充填しつつ、目を見開き、可能な限りルカに標準を合わせ、微量ながら高エネルギー弾を連射し始めた。
その威力は微量とは言え、着弾点の半径3メートル内のものを瞬時に破壊してしまう程の威力。いくら同じALICEであるルカといえど、命中してしまえば破壊は免れない。生身の人間であるユウラに直撃すれば、跡形もなく消し飛ぶこと必至。
「良いぞ、ルカ! そのまま避け続けてユキに高エネルギーを放出させ続けろ!」
ALICEの命の根源とも言える核燃料を使用して、高エネルギー弾を発射しようとしている。つまり、命を削りながら攻撃をしている事と同義。このまま拘束しつつ、全ての核燃料を放出させてしまえば、自ずとユキのエネルギーは底を尽き、機能を停止。暴走を阻止できる。そう考えたユウラは発射される微量な高エネルギー弾を寸での所で回避しつつ、核燃料が底を尽きるのを待った。
しかし、核燃料が尽きることはなかった。
ミヤギ・ヒロは、核燃料が一定の数値まで減少した際の対応手段として、ユキの体内で自動的に核燃料を生成する為の装置を組み込んでいたのだ。
人間がエネルギー不足を起こした際に体内の脂肪を燃焼し補う事のように、ALICEの素材である【エルテヴンダーライト】には核燃料となるウランが含まれている。
ユキの腹部が急激に高温になったのは、通常のエネルギー不足と暴走による攻撃態勢に入ったことによる核燃料生成装置の起動によるもの。何れは、【エルテヴンダーライト】のウランも底を尽くかもしれないが、それには後30年以上の時間が必要となる。
「ルカ! そのままワイヤーを巻き戻してユキを仰向けに倒して固定しろ! しっかり顔も固定するんだぞ!」
「モチのロン!!」
このままでは埒が明かないと感じたユウラは、高エネルギー弾の発射を食い止められないと考え、照準を変更する事にシフトした。
勢いよく地面に押し付けられたユキは口を開いたまま、ワイヤーを振り解こうと抵抗しているが、高熱を発するエネルギーが口内へ移動したおかげで焼き切る事が出来ない。
「いいぞ、ルカ!」
「お兄ちゃん! 次はどうしたら良い?」
「そのまま抑えていろ! 頭部を切開して、MOTHER&FATHERとの接続を切断。あとは、ミヤギ・ヒロがユキに組み込んだメインコンピューターを強制的に停止させる! 上手くいけば、それでユキは止まるはずだ!」
口では簡単に言えるが、メインコンピューターを強制的に停止させることは本来ならば、絶対に避けたいこと。本来ALICEの制御や管理を行っているMOTHER&FATHERとの接続を切断すれば、ALICE自体に悪影響を及ぼし、暴走を更に悪化させる恐れがある。それに暴走しているALICEが何らかの形でMOTHER&FATHERにダメージを与えてしまった場合、暴走とまではいかずとも他のALICEに不具合を生じさせる可能性があった。
だから、拘束してエネルギーが底を尽き、自然に暴走が止まることを中心に考えて任務を遂行しようとしていた。それが現状における最善の手であり安全だと思っていたからだ。
結局、最終手段を取らざるを得なくなった訳なのだが――。
ユウラはユキの内部を傷つけないようにゆっくりと頭部を切開し始めた。
「ヤ……メ……テ。ワ……タシ……ハ、マダ……死……ネ……ナイ」
いつ発射されてもおかしくない高エネルギー弾を口に含んだまま、アウアウと口を動かしながら話し掛けてきた。
「悪いな。でも、あんたは一時的に機能を停止するだけで死ぬ訳じゃない」
「ダ……メ。私……ニハ……排除……シナケレバ……ナラ……ナイ人……ガ」
「排除しなければならない人? さっきまで奇声を上げて暴走していたのに、何を今更排除しようって……」
あれ? と、ユウラは異変に気付いた。
ALICEは暴走したら自我を失い、話す事はおろか、制御不能に陥ってただ暴れ回る事しか出来ないはず。それなのに片言ではあるが普通に会話を成立させている。
「あんた、もしかして暴走していないのか!?」
「暴走ハ……回避……不可……デス。ヒロガ、私ニ……自我ヲ残セル……ヨウ……ニ」
「自我を保てるようにしたんだな!? 目的はなんだ!? 誰を排除しようとしている!? ミヤギ・ヒロは俺に何を教えようとしていた!?」
「任務……遂行ヲ……妨ゲル者ハ……全テ……ハ……イ…………ジョ……ジョ、ニ、ニンムスイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョアニンムスイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョニンムスイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョニマンムスイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョニンテムスイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョニンムラスイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョニンムススイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョニンムスイコウヲサマタゲルモノハスベテハイジョハ……ハイジョ」
故障して狂った音楽プレイヤーが高速再生するように同じような事を何度も何度も繰り返し言い続けた。いくら天才クラフターでも、ALICEの暴走がどれほどのものなのか予測できなかったに違いない。いくらメインコンピューターの命令信号を変換、改ざんしたとしても、無駄な足掻き。外装や内装をクラフトできても、本来の少女型戦闘兵器ALICEとしてのプログラムは変更できない。
ALICEは任務を遂行する為の兵器でしかない、自我や感情、人間らしい部分は任務の成功率を上げる為の副産物に過ぎないのだと――そう言われているような気がした。
「畜生が!!」
ユウラは、ユキを強制的に停止させる以外にどうする事も出来ない自分の非力さを嘆き叫んだ。
ただ身を隠し、潜入し、目標を拘束し、押さえつけるだけのクラフトしか出来ない自分の怠慢さに激怒した。
相手が天才クラフターとそのALICEだったとしても臨機応変にその場でクラフトして対応できると自分の力を過信していた愚さに嫌気がさした。
無意識のうちに自分なら何とかできると思い込んでいた。
本当は大勢の人が生きるか死ぬかという場面で任務に抜擢されたことで浮足立っていた。
その全てが積み重なって最悪の事態を招いてしまった。
ここで死んだとしても誰も責めようが無い。自業自得の結果。多分、【ALICE♰CRAFT】で日本の代表に選ばれたとしても、戦争の「せ」の字も知らないまま戦場に赴き、日本代表になったという優越感に浸ったまま、有無も言わさず敗北し、命を落としていたに違いない。
「お兄ちゃん……?」
ユウラの目からは、自然と涙がこぼれていた。
「あ、あれ? おかしいな。早く止めないといけないのに……」
自分に対する嫌悪感からなのか。それとも死への恐怖からなのか。涙は止めどなく流れた。
すると、その隙をついたのか、ユキが頭部をガタガタと小刻みに動かし始めた。
「発射予定時刻マデ残リ20秒。発射角度ニ誤差アリ。攻撃対象ニ照準ヲ合ワセマス」
「まさかさっき排除するって言っていた奴に撃つつもりじゃないだろうな!?」
「お兄ちゃん!」
「もう一回抑え込むぞ!」
「うんっ」
突然、頭部を持ち上げ動き始めたユキを二人は必死に抑え込もうとしたが、
「全然、動かないよ!」
「なんつう馬鹿力だよ、くっ」
巨大な大岩のように全く動かなくなってしまったユキは、どれだけ力を加えてもピクリともしない。
「誤差修正完了。障害トナル、2名ニ対スル排除行動ハ破棄。排除ターゲットヲ捕捉完了。カウントヲ開始。10、9、8、7」
「やばい、やばい、やばい! もう強制停止も間に合わない!」
想定していたよりも、早い展開に打つ手がない。
「3、2――」
結局、ユキの暴走を止めることも、謎にプログラムされていた任務を阻止する事も、自分が求めている答えを聞き出す事も出来ず、高エネルギー弾の熱に焼かれて死ぬ。
なんとあっけない幕引きだろうか。
人生の終わりがこんなに早く来るとは思わなかったけれど、最愛の妹の側で死ねるのなら、案外悪い終わり方ではないのかもしれない。
なんてことをユウラは柄にもなく考えていたわけなのだが、人生なんてものは全てが予想通りで思い通りに進むわけではないらしい。
「上空から別の高エネルギー反応を確認……これは……粒子分散型光線銃と同じ反応!?」
0のカウントが終わる前に粒子分散型光線銃が発射されたことを察知したルカは左腕を切り離し、ユウラを抱きかかえ、最速最強の脚力をフル活用してその場を離脱した。
直後、上空から放たれた一閃がユキを直撃し、高エネルギー弾を発射する間もなく跡形もなく消滅した。散りゆくさまはミヤギ・ヒロと同じように真っ白な雪のごとく綺麗に。
「誰だ!?」
弾道から狙撃者の位置を判断し、上空を凝視したが狙撃者の姿は見えない。
「探索モード起動……。半径500m圏内オールクリア。狙撃者ノ反応ナシ」
ALICEに内蔵されている高性能レーダーによる探索モードを使用しても狙撃者の存在を捉えることは出来なかった。
しかし、狙撃者は確実にこの場に存在している。恐らく、ミヤギ・ヒロを狙撃し死に至らしめた者と同一人物の可能性が高い。クダイ領長から任務を任されたのはユウラ、ルカ、スズナ、レイ、そして周囲に待機している自衛隊の人間だけ。
「一体どうなっている……。俺たちが任務に失敗した時の為に誰か別の人間が動いていたのか? それとも、ミヤギ・ヒロの本当の計画を知っている何者かがそれを阻止する為に抹殺したのか? いや、もしそうだとしてもALICEを破壊するにはアマテラス国王の指示なしにはできないはず……」
ミヤギ・ヒロは何か大事なことを伝えようとしていた。だけど、直接それを伝えたら俺もあいつと同じように殺されていたかもしれない。
ユキは恐らくミヤギ・ヒロがプログラムした任務を遂行する為に暴走しながらも自我を保っていた。
ミヤギ・ヒロが暴走を止めてほしいと俺に言ってきたのは任務遂行の妨げにならないようにする為。暴走自体が任務を実行する為のブラフ。
――そうだとしたらユキが排除しようとした人物は誰だ? いや、そもそもターゲットは人だったのか?
「まさか……」
何かに気づいてしまった。その表情は誰から見ても分かるくらいに動揺した顔だった。
そして、上手く身を隠していた狙撃者もその顔を決して見逃さなかった。
「うわぁぁぁあああ!!」
狙撃者は、ユウラの背後からスタンガンを拳銃仕様にしたテーザーガンを後頭部へ向け放った。後頭部へ突き刺さった電極へ高圧電流が流れ込んでくる。
体中に電流が奔り、まるで人形のようになってしまったユウラは膝から崩れ落ちた。
電流を直接頭部に流されたせいか、脳内に埋め込まれた電子チップ部分に強烈に痛む。
「お兄ちゃん!!」
意識を失う直前、慌てて駆け寄る涙目のルカが目に入った。
そしてルカとの思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
――なんか前にもこんな感じでルカを泣かせたことがあった気がするな。いつだっけ。一次予選後に病院で起きた時……違うな。もっと前だった気がする。
意識が混濁し考える事が出来なくなった時、ユウラは最愛の妹の名を呼んだ。
「ハ…………ルカ」
読者の皆様ご愛読いただきありがとうございました。
第1部はここで完結致します。ALICE♰CRAFTとしての物語は完結していません。
また、手直しが必要な個所や加筆修正が必要な個所も多々ございますので、
完全版としての第1部にはなっていません。
恐らく、読者の皆様も不完全燃焼な状態になっていると思います。
その点に関しましては申し訳ございません。
ちなみにこの作品は1部ごとに完結していくシリーズものとして書き進めていきます。
また、完全版として1部の修正が完了しましたら、第2部「ALICE♰CRAFT~最愛の君と歩む新たな旅路~(仮)」を連載していきますので、よろしくお願い致します。




