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ALICE♰CRAFT~序章:最愛なる君の記憶~  作者: 夢月真人
2nd.少女型戦闘兵器と姿なき天才
25/26

25.Never miss a good chance.

 灼熱の炎に焼かれたユキの外装は、焼け爛れ肉が焼け焦げるような異臭を放っていた。その匂いは、より人間に近づけて製造されたALICE特有のものか。あるいは人の肉体が焼かれたそれと同じような匂いなのかもしれない。今の日本では体内に蓄積されている可能性がある生物兵器の危険物質の拡散を防ぐために火葬や埋葬は行わず、冷凍保存していることもあり、ユウラには初めて嗅ぐ匂いだった。


 目を覆いたくなるほどの恐ろしい姿と鼻と口を覆いたくなるような異臭。そして、暴走するALICEへの恐怖が波のように押し寄せてくる。


 ミヤギ・ヒロが暴走する事を想定していたなら、ユキに対して必要以上に危険なクラフトをしていないはずだ。仮に武器系のクラフトを施していたならば、今のユウラ達にユキを止める術はない。未だ、未知の可能性を秘めているユキに対して先手を打つ事が出来ず、ただただ迫りくるユキを凝視していた。


『こちらスズナ。明治神宮一帯に強力なプロテクトが張られているみたい! そっちの状況は?』

「こっちは最悪な状況だ! 暴走したALICEが動き始めちまった! ってか、何でプロテクトが張られてるのに通信できてんだよ!」

『知らないわよ! 通信できてるんだから結果オーライでしょ! 今レイにプロテクト解除させているから、もう少しだけ踏ん張っていて!』

「そんなこと言われても、どんなクラフトされているのか分かったもんじゃないぞ!」

『あんた何の為にクラフトして行ったのよ』


 スズナの言う通り、暴走した時のことを考えたクラフトをルカに施してきた。もちろん準備万端のフル装備という訳にはいかなかったが、それなりにALICEの暴走を最小限に抑え、捕獲する為の準備はして来た。


 しかし、そのクラフトが効果的に機能するのかはタイミング次第で変わってくる。人工知能によって蓄積されたデータはその時々にあった最善策を導き出す有効な武器の一つともいえるが、逆に敵にこちらの情報を知られた場合、すぐさま対抗策を練られる脅威でもあるからだ。


 ユウラは決して出し惜しみしているのではなく、そのチャンスを伺っているのだ。


「スズナ。プロテクトの解除にどれくらいかかりそうなんだ?」

『あと1分くらいってところかしら』

「1分だな」


 ユウラは覚悟を決め、スズナがプロテクトを解除し合流するまでの間、何とか暴走するユキの行動を制限することにした。


「ルカ! ユキさんが炎の中から出てきたら、M84スタングレネードを撃ってくれ」

「分かった!」


 ミヤギ・ヒロが使用するかもしれないと思っていたM84スタングレネードを装備させていた。ユウラはルカに指示を出すと、ND-Millionというフィルターを応用してクラフトした対閃光弾用のサングラスを着用し、耳には特製の耳栓を差し込み、その瞬間に備えた。


 ルカは掌をユキの方に向け、発射準備を整えた。もちろん、直径44mm、重量236gあるスプレー缶のような形をした通常サイズのM84スタングレネードをルカの小さな手に内蔵する事は出来ない為、超小型軽量版にクラフトされたものを内蔵している。捕捉だが、そのクラフトに要した時間は僅か5分。本来は製造機械を用いて作る物を人間の手でクラフトしたというのだから、その速さと緻密さは説明するまでもない。


「出てくるぞ」

「うん!」


 ユキの見るも無残な姿の全貌が露になった。僅かに燃え残った髪の毛と辛うじて原形を留めている外装。姿かたちは違うが、その登場シーンは映画好きのユウラが感銘を受けた作品の一つ、今から200年ほど前に上映されたSF映画「ターミネーター」で主演のアーノルド・シュワルツェネッガー氏が演じるターミネーター(T-800)が燃え盛る炎の中から出てくるシーンを思い出させる。


 まさに圧巻。思わずしり込みしてしまいそうな迫力だ。


「撃て!」


 ドン! と、火薬の爆発する音と共にM84スタングレネードが一直線に飛んでいった。しかし、それに気づいたユキは向かって来る飛来物を叩き落とそうと右手を大きく振りかぶった。直後、ユキの手が触れる寸での所で強烈な閃光と大音響が炸裂した。


「ギィァァァアアア!」


 鼓膜を刺すような叫び声が轟く。ルカの撃ち放ったM84スタングレネードには、事前にユウラが好きなタイミングで起爆できるような改造を施し、閃光と大音響だけでなく、ルカの体内にある核燃料を使用した小規模な電磁パルスを発生させることによって、一時的だがユキの動きを制限する事が出来るような改造も行っていた。


「良くやった! ルカ! 一旦、距離を取って様子を見ていてくれ!」

「お兄ちゃんは?」

「兄ちゃんは被害が拡大しないようにスズナ達と合流して、新しいプロテクトの結界を張ってくる!」

「わかった! 気をつけてね!」

「俺はこっちの方が心配だけどな。何か変化があればすぐ教えるんだぞ!」

「Yes, sir.」


 巫女姿に敬礼という不思議な組み合わせになっているルカに見送られる中、ユウラはスズナの下へ急いだ。


「スズナ! プロテクトの解除はどうだ!?」

『もう解除できたわ』

「よし、今どこだ? 新しくプロテクトの結界を張る! 急いで合流してくれ」

『今、あんたの真上まで来てるわよ』


 まばらに星が輝く都会の夜空を見上げると、そこには鋼鉄の翼で飛ぶレイに連れられたスズナが優雅に空中遊泳していた。


「早く降りて来てくれ!」


 全力で手を振り、早く来るようにと急かすユウラの下に着陸した。


「ふう。やっと来られたわ。って、いうかあそこ燃えてない?」

「あそこにミヤギ・ヒロのALICEとルカがいる。今は足止めできているから速く結界を張ろう――って、思ったんだけどその前に1つ言わせてくれ」

「何よ? 急いでいるなら早くしたほうが良いと思うけど、それにどんどん燃えてるし、早くしないと敷地内の建物が全部焼けるんじゃない?」

「いや、確かに燃えてるよ。燃えてるんだけど、それより何なのお前のその萌えるような服装は?!」


 軍服を着ているはずのスズナは、白を基調とした迷彩柄の膝上丈のフリルの付いたドレス。真っ黒なニーハイを着用し、足元は外したのか真っ黒いアーミーブーツを履いていた。


「これ? どう? 似合ってる?」

「お前まさかとは思うけど、その服を作ってたから遅くなったんじゃないよな」

「悪い? この私が初めて本格的な任務を任されたんだから、誰よりも可愛い服を着るに決まってるじゃない! 本当に乙女心が分かってないんだから!」


 分かっていないのはお前だ。ALICEが本格的に暴走したところを見たことがないスズナにはこの状況がどれほど危険な事なのか、本当の意味で理解していないとその言動から察した。


「あのな。ALICEが暴走してるんだ。このままだと、エリア3どころじゃなくて周辺のエリアにまで被害が及ぶかもしれないんだぞ! お前が誰よりも1番でありたいと思っているのは分かるけど、今は大勢の人の命が係ってるんだ! 少しは自分以外の事も考えて行動しろよ!」


 人が目の前で死に、大切なものを失う辛さを知っているからこそ、ユウラは必死にスズナに訴えた。たとえ、ALICEが暴走した結果大勢の人が死んだとしても、そのほとんどがユウラ達にとっては赤の他人。今まで関わったことのない人達だ。それでも、誰かを失えば誰かが悲しむ。悲痛の叫びを上げながら暴走するユキもその内の1人だ。だからこそ、ユキの暴走を止めることは、悲しみの連鎖を防ぐと同時にユキを救う事でもあった。


「な、何ムキになってるのよ。確かに遅くなったのは悪いけど、私が何をクラフトしていようと勝手でしょ。そんなに怒鳴る事ないじゃない。それにあんただってスーツなんか着て意味わからないんですけど」

「これはな! ……もういい。とにかく急いで結界を張るぞ」


 ユウラは説明するのも時間の無駄だと思い、持参していたプロテクト発生器を2つスズナに手渡し、奉賽殿を囲うように東西南北に半径20m程の小さな結界を張るように指示を出した。


「何なのよ、あいつ。最初にここに来たからって少し偉そうじゃない?」

「お嬢様。今回はさすがに私達が悪い気がするのですが――」

「何よ! レイまでユウラの味方をしようっていうの?」

「滅相もありません。ただ、緊急を要する事態でしたのでクラフトが完了した時点で急行したほうが良かったのではないかと」

「いいわ。遅れが分を取り返したら良いんでしょ。さっさとプロテクトを設置して一番にあの燃えている場所へ行くわ。それで何も問題ないでしょう?」

「仰せのままに」


 自分が間違ったことをしているとは微塵にも思っていないスズナは、頬を膨らませプリプリと怒りながらプロテクトの設置へと向かった。


 それから3分ほど経過して設置が終わった頃、ルカからユウラに連絡が入る。


『お兄ちゃん! ユキさんが変な動きを始めたよ!』

「変な動き!? すぐに向かう!」


 急いでルカの下へ戻ると、ユウラが先に着いているのを発見したスズナ達が上空から物凄い勢いで飛んで来た。その風圧で炎はさらに燃え上がり周囲の木々や建物に燃え移っていった。


「バカ野郎! 燃え広がっちまったじゃねえか!」

「私は女だからバカ野郎じゃないですぅ!」

「お兄ちゃん達喧嘩してる場合じゃないよ! ユキさんの様子がおかしいの!」


 両手を正面に力なく垂れ下げ、幽霊のような姿勢で少しずつ上体を前に倒し続けていた。


「何をする気なんだ」

「あんたバカなの!? プロテクトの結界を張っている時間があったら、完璧に身動きが取れないように拘束しておくべきだったでしょ!」

「うるせえな! ミヤギ・ヒロがどんなクラフトを施しているか分からない状態で迂闊に手を出せる訳ないだろ!」

「あんたって意外に小心者よね。私がやるわ」

「やめろ! 何してくるか分からないんだぞ!」


 制止も空しく、スズナはレイと共にユキに近づいて行った。


「レイ。F-G2189を準備して」

「かしこまりました」


 レイは鋼鉄の翼を背中にしまい込むと、両腕を変形し見たことのない銀色の銃を装備した。銃の上部には液体のようなものが入っていて青色のネオンが奇麗に輝いている。


 F-G2189は、スズナが独自にクラフトした瞬間凍結可能な銃でFreeze Gunの略称である。2189は言うまでもなく今年が2189年だから付けただけだ。性能に関しては試し打ちをしている時間がなかった為、クラフトした本人ですら把握していない。しかし、天才的な頭脳を持つスズナの計算上では高出力で放出される液体窒素が瞬間的に周囲の物を凍結させることが可能。炎でさえも凍りつかせてしまう程の威力を発揮する。


「さあ、私たちの実力をあのバカに見せてあげるわよ!」

「はい」


 そう言うとレイは高出力で発射する為、カウントダウンを始めた。


 10、9、8、7、6、5、4、3、3、2、1。


「出力最大。発射します」


 発射された液体窒素は、大気中の水分、地面、軌道上にある全ての物を凍らせながらユキへと向かっていった。これならば、回避されない限り弾かれることがない。効率的かつ有効に作用するそれは少しずつ動くユキを直撃した。


 ユキの身体は周囲の炎と共に凍りつき、全ての動きを止めてしまった。


「どう? これが私の実力よ」

「す、すげえ。アニメとか映画じゃあるまいし、こんな武器クラフトするかよ」

「あら。私があんたより先にALICEを止めたから負け惜しみかしらぁ? おーほっほっほっ」


 以前にも増して勝ち誇った顔で高笑いするスズナにカチンとしながらも、ユウラが危惧していた事態にならなかったことに対して、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「お嬢様」

「どうかしたの。レイ?」

「まだのようです」

「そんなはずないでしょ。だって、骨の髄まで凍って動けるはずない」

「レイちゃんの言う通りだよ。ユキさんの体内から高熱反応があるもん」


 熱源体をスキャンできるようにしていたルカの目にはユキの腹部からじわじわと身体全体に向かって高熱が伝わっていくのが見えていた。そして、その高熱で徐々に氷は溶かされていき、その周りの一部分の炎が再び燃え盛った。


「嘘でしょ。あれだけの液体窒素を浴びたのに自力で溶かすなんてあり得ない!」


 完璧なクラフトで作り上げた武器が無駄に終わったことは、クラフターにとって落第点をつけられたようなもの。全て1番でなければ気が済まないスズナは、その現実を受け止めることを拒み、更なる手段を使ってユキの動きを封じようとレイに新たな命令をしようとした。


 しかし、既に暴走を始めてしまったユキがいつまでも大人しくこちらに付き合ってくれるほど優しくはない。命令をしようとレイの方に向いたスズナの背後で、異様な姿へと変形をするユキにユウラは愕然とした。

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