23.Dead men tell no tales.
「君の言う通り、僕とユキにはもう時間がない。だからこれから僕が話す事は決して忘れずに覚えていてほしい」
今までの雰囲気とは全く違う表情を浮かべている。
「分かった。忘れないようにするから、早く話してくれ」
ALICEが暴走するまでの時間が定かではなくなってしまったことで、ユウラは焦っていた。だが、人の気も知らずにミヤギ・ヒロはゆっくりと話し始める。
「まずは質問からさせてもらうよ。君がルカさんを起動させたのは、いつだい?」
時間がないというのに質問をする意味があるのかと、少し苛立ちを覚えた。ここで言い合っていても埒が明かない事を重々承知していたユウラは、意見することをせず、素直に質問に答えることにした。
「俺が大学を卒業して1年後だから、多分今から3年前だ」
「僕がユキを起動させたのも3年前、つまり同時期という事になるね」
「何が言いたい?」
「質問を変えよう。君はどうしてクラフターを目指すようになったのかな?」
「高校の時に両親が亡くなって、身寄りもなかったし、自分だけの力で生き抜くためにはクラフターになる以外に道はなかったし、誰かの下で働けるようなタイプでもなかったからな。自分の工房を持つ方が良かった。それだけだ」
「それは可笑しな話だ」
「何が可笑しい?」
「君は両親を亡くしているのに年間400万円を超える学費を支払っていたという事になる。君の両親は大金を残してこの世を去ったのかな? しかも、自分の工房を持つだけなら軍事クラフターになる必要もなかったはずだ。実際、君は軍に属してハチオウジ・クダイの下で働くことになった。可笑しな話だろう? 言い換えるなら不可思議な話とでも言っておこうか」
特に意識したことはなかったが、確かに不可思議な話だ。ユウラの両親は10年近い闘病生活の末にこの世を去っている。医療が発達し、国の法律が変わったことにより医療費のほぼ全額が免除されていたとはいえ、働くことがままならない両親が子供1人を育てながら、高額な学費を用意できたとは考えにくい。かといって、大学卒業するまでの間はバイトすらしたことがない。両親を亡くしてからというもの、新東京大学クラフター専攻科に入学する事だけを目標にひたすら勉学に励み、クラフト技術を磨いてきたからだ。可笑しなことに、クラフト工房を持ち、働き始めるまでお金を意識したことがなかった。更にクラフターになろうとした理由もよくよく考えてみれば、明確な理由がなかった。気が付いたらクラフターを目指し、気が付いたらクラフター資格を取得し、ルカを起動させて軍事クラフターとして自衛隊に所属するようになっていた。
「そういう言い回しだと、可笑しな話だし、不可思議な話だ。だけど、お前が何を言いたいのか、さっぱり分からないぞ」
「君がクラフターになるまでの経緯も理由も矛盾だらけだという事だよ」
「何が矛盾しているのか分からないな。それにお前はどうしてクラフターになった?」
「僕かい? 僕は元々ただの研究者だよ。転送装置を開発したいだけのただの開発者で、ただの技術者だ。新東京大学でもクラフター専攻科ではなく、技術開発専攻科に入学した。だけど、3年前ALICEを保有するクラフターとして軍に属するように通達があった。だから、僕はクラフターになろうとしてなった訳じゃない。たまたま、ALICEを起動させることが出来た人材だった。それがクラフターとしての僕さ」
「つまり、お前はクラフター専攻科ではなく、技術開発専攻科で転送装置の開発を行い、就職した後に軍の命令でクラフターになったってことなのか?!」
ユウラは驚いた。クラフターになるには必ず新東京大学クラフター専攻科へ入学した後にクラフター試験に合格しなければならないという決まりがあった。それなのに、全く違う形でクラフターになった人物が目の前にいる。
一つだけ、納得したところはあった。正式な試験を受けずにクラフターになったという点だ。表向きではユウラ達のように試験を受けなければクラフターになる事は出来ない。しかし、ミヤギ・ヒロのような特例が存在していた。公表して良いような内容ではないことは確かだ。恐らく、クラフターであるミヤギ・ヒロについての情報は元々記録として残されていない。特例があったということが知られては元も子もない。
ミヤギ・ヒロの話から考えると、MOTHER&FATHERに記録されていたと思っていた情報は元々隠ぺいする為に、初めから記録さえされていなかった。新東京大学で聞き込みをした時は、才能ある生徒であれば名前を憶えている程度の高齢な教授に話を聞いただけで、クラフター専攻科に在籍していたかどうかは分からない。研究資料室を探したときはクラフター専攻科の研究資料室を探していたから、技術開発専攻科に在籍していたミヤギ・ヒロの研究資料が保管されていなかった。そう考えれば、全ての辻褄が合う。
「軍の命令っていうのは少し違うかな。ALICEを起動させた時点でクラフターとして認知されたという方が正しい。さっきも言ったけど、僕と君がALICEを起動させたのは3年前。正確には試作品ALICE100体全てが起動したのが3年前の話だ。そして、一番初めに起動させたのは他でもない君だよ。アズマ・ユウラ君」
「俺が最初に起動させた!? いや、その話の方が可笑しいだろう! 過去にクラフター専攻科を卒業してALICEの保有者として軍事クラフターになった人もいるだろ?!」
ようやく腑に落ちたと思った矢先に、またもや意味深な話をし始めたミヤギ・ヒロにパンク寸前の頭を抱えるユウラは、いい加減にしろよと言いたげな荒々しい口調で言った。
「試作品ALICEが起動される前に軍事クラフターになった人たちは、日本が保有している正式なALICE3体を扱う為に集められたALICE CRAFTER候補生だよ。元々、旧アメリカ軍の保有していた少女型戦闘兵器だからね。日本で上手く活用する為には、それなりに改造や改良を施す必要があった。最初の頃と完成間近の頃はシステムエラーが続いてALICEの暴走が頻繁に起きていたみたいで、犠牲者が大勢出たらしいけどね」
「嘘だろ……」
この時、ユウラの脳裏に浮かんできたのは、パトロールの最中に寄り道をした部品屋を営むサチカの弟のことだった。ALICE CRAFTERを目指して軍事クラフターになった彼も恐らく、いや、確実にこれが原因で命を落としたに違いない。そう思わずにはいられなかった。
「公にはされていないけど、これは本当の話だよ。僕達国民は多くの犠牲の上に成り立っている。今こうして話が出来ているのも、過去に命を落とした軍事クラフターや先人たちあってこそ。そして、完成した正式なALICEを保有する事に成功したことで新たな計画が進められた」
「試作品ALICEか」
「そう。日本は鎖国制度のせいで他国の情報が全くなかった。だから、完璧な安全と安心を手に入れる為に他国に負けない為の軍事力を強化する事に特化し始めた。それが3年前のことだ」
「その第1号が俺だっていうのか?」
「そうだね。君のクラフターとしての実力もそうだけど、タイミング的に君が最適だった。ちなみに君が最初だというのは、ルカさんに割り当てられたナンバーで分かるはずだよ」
ユウラはハッとした。確かにルカに割り当てられたナンバーは001。単なる数字の割り当てだと特に気にも留めていなかった。それがたまたまだったら良かったが、ミヤギ・ヒロの言い回しから察するに試作品ALICEを起動させるのに1番都合が良かったのがユウラだったという事になる。
「いや、待て。俺は自分の意思でルカを起動させた。誰の指図も受けていないし、家の地下室でたまたま見つけただけだ。だから、偶然最初に起動させたってことだろう?」
「たまたま? 君は大学を卒業するまでの21年間1度も地下室へ入ったことがないのかい? 人の形をしたALICEを1度も見かけなかったと君はそう言いたいのかな?」
話せば話すほどに自分の発言に矛盾が多い事に気付かされる。元々、好奇心旺盛で探求心の強い性格の自分が幼いころに家の中を探索しない訳がない。ユウラは矛盾から生じた疑問を解消する為に記憶を遡った。大学へ入学した時のこと、高校を卒業した時のこと、それ以前の両親との思い出、幼い頃の記憶。そして、疑問は確信へと変わる。
何かに気付いたユウラは目を見開き、答え合わせをしようとした時、ミヤギ・ヒロはユウラの口を手で覆い塞ぎ、耳元でささやき始めた。
「気付いたようだね。だけど、ここで言うべきことではない。誰が聞いているか分からないからね。僕は真実を知っている。だけど、ここで全てを話してしまえば、君は命を狙われる危険性がある。君は僕が騙そうとしていると警戒をするふりをしたまま聞いてくれるかな」
ユウラは軽く頷き、口を塞いでいる手を退けた。
「なるほど。お前は俺の動揺を誘ってこの場から逃げようとしているって訳か」
ミヤギ・ヒロの言う真実が本当のことなのか半信半疑だったが、信憑性は高いと思った。しかし、信じたくない自分もいた。そうでなければ、自分の存在そのものを否定することになるからだ。
試作品ALICEを保有しているクラフターは全員、意図的にクラフターに仕立て上げられ、自分の意志ではなかった。遠回しだったが、ミヤギ・ヒロの言いたいことはそういう事なのだと理解した。
「君が信じるか信じないかは別の話さ。これがこの国で起こっている現実だ。それに君は不思議に思わなかったのかい? 今まで戦争を断固拒否し続けていた日本が、長きにわたって他国との繋がりを断ち続けていた日本が、どうして今になって鎖国制度を解除し、戦争に参加することを表明したのか」
まだ何かを伝えたいのか、再び問題提起し始めた。
「知るかよ。俺は国の方針に従うだけだ。軍事クラフターになった時点で、俺は日本に仕える身だからな」
そう言いながらも、何故? という疑問が頭の中を埋め尽くしていく。
3年前に試作品ALICEの起動実験が始まり、今になってALICEを使用した戦争をしようとしている。単なる偶然なのか、意図的なものなのか。もし、この話がミヤギ・ヒロの作戦でユウラを惑わそうとしているのだとしたらもう手遅れだ。半分信じてしまった時点で、ユウラの思考は鈍り、適切な判断が出来ない。国に対する不信感とミヤギ・ヒロに対する警戒心で視界が歪んでいく。何が真実で何が偽りなのか。錯綜する情報の中に溺れるユウラは次第に冷静ではいられなくなっていった。
「君に伝えたいことはたくさんあるけれど、どうやら話しても無駄のようだね」
明らかに混乱しているユウラを見て、ミヤギ・ヒロはそれ以上伝えることを止めた。
「ああ、俺はお前が何を言おうとALICEの暴走を止める。それだけのことだ」
混乱しながらも、本来の目的であるALICEの暴走を阻止するということだけを達成しようと踏み止まる。
「そうだね。だけどそれは無理かもしれない」
ミヤギ・ヒロはユキの手を取り、右殿の出口に向かって進んだ。
「まさか逃げるつもりじゃないだろうな!?」
「大丈夫。僕はここを動かないから安心してくれ」
追いかけようと駆け出したユウラを制止すると、深々と頭を下げた。
「何の真似だ?」
「ありがとう。ユキの心を取り戻す事が出来た。僕の最後のクラフトを見届けてもらえて良かった。君の記憶の中で、僕の存在が在り続けることを願うよ」
隣で軽く会釈をしたユキの表情は心なしか微笑んでいるように見えた。今まで人工知能を搭載していないただの機械のように沈黙を守り続けていたユキとは思えないほどの優しく朗らかな笑顔だ。
「最後って、お前やっぱり逃げるつもりだろう!?」
「いや、もう逃げる必要がない。僕は僕だった頃の目的を達成する事が出来た」
「は? 何を言って――」
ユキを見ながら愛おしそうに微笑むミヤギ・ヒロの目に生気がなかった。幾度となく転送装置を使用して肉体を粒子のサイズまで分解したのだから、当たり前といえば当たり前だろう。愛する妻の心を取り戻す為に、自らの心と肉体を犠牲にした代償。彼に残された僅かな時間とは人として生きていられる時間のリミットだったのだと、ユウラは悟った。
「ユウラ君。これが本当に最後だ。僕が死ねばユキは暴走する。君がユキの暴走を止めて無事に生き延びる事が出来たら、僕の調べ上げたこの国の真実を全てのクラフターに伝えてほしい。データは全て転送装置を通して分散してある。君なら見つけ出せるはずだ」
「わかった」
「これはそのお礼になるか分からないけれど、直接君に知ってもらいたいことを伝えるとするよ」
「回りくどいのは無しにしてくれよ」
「ああ、単刀直入に言うよ。試作品ALICEはクラフターの――」
そう言いかけた瞬間、白い閃光が奔った。銃声はない。ただ一瞬だけ見えたそれは確実にミヤギ・ヒロの眉間を打ち抜いた。辛うじて人としての原型を留めていたミヤギ・ヒロの身体は霧のように細かく分解され、季節外れの雪のように舞った。愛するユキの肌のように白く透き通った白だった。




