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ALICE♰CRAFT~序章:最愛なる君の記憶~  作者: 夢月真人
2nd.少女型戦闘兵器と姿なき天才
22/26

22.He that knows nothing doubts nothing.

 奉賽殿へと続く参道の砂利道をじゃりじゃりと音を立てながらゆっくりと進んだ。


 その間、ミヤギ・ヒロの思い出話やユキへの愛情の深さを聞かされ、ユウラは少しずつ心を開いていった。


「お前、ミヤギさんは本当にユキさんを愛しているんですね」

「もちろん。僕が愛した唯一の人だからね。彼女なしに僕の人生はあり得ない。僕にとってユキは全てなんだ」


 心を失ってなお、愛する妻への思いはデータ上でも色褪せることなくミヤギ・ヒロという人間の奥底に刻まれていた。それは心そのものと言ってもおかしくはない。きっと心は科学では絶対に証明できない分野であり、大きな力を秘めているものだとユウラは思った。


「さあ、そろそろ奉賽殿に着くよ。僕達は右殿で待っているから、君達は左殿に準備してある正装に着替えてきてくれるかな」

「分かった。すぐ着替えてくるよ」


 二手に分かれると、ユウラはミヤギ・ヒロの言う通りに左殿へと向かった。


「ルカ。そろそろステルス機能を解除しても良いぞ」


 ステルス機能を解除すると、足元から頭部に向かってルカの姿が現れた。


「ステルス機能解除完了。お兄ちゃん、これ解除して大丈夫なの?」

「今は下手に行動しても危険が増えるだけだからな。ここはミヤギ・ヒロの言う通りにして、機会を待つ方が得策だろう」


 ユウラは心を開き始めていたが、信用しているわけではなかった。ミヤギ・ヒロが話していた内容はあくまでも心があった時のミヤギ・ヒロという人間の記憶。今、相手にしているのは心を失った人であって人ではない存在。何かを考えているかもしれないし、考えていないかもしれない。そんな相手を容易に信じる程、ユウラは馬鹿ではない。


「お兄ちゃんって、やっぱり頭良いよね!」

「頭が良いか……」


 頭が良いんじゃなくて、予測できない相手に怯えているだけだ。と、そう感じていた。本当に天才的な頭脳を持つ男の考えを理解し、同調し、最悪の場合その計画を阻まなければならない。慎重に事を進めなければ、ミヤギ・ヒロはユキを暴走させる。時間が過ぎユキのエネルギーが尽きても暴走する。ここで判断を間違えるわけにはいかなかった。


「すっごーい! お兄ちゃん見てよ! ここ凄いよ!」


 左殿の中に入ると、両サイドに並行して参列者用の46席が並べられていた。前方には、手前から順に媒酌人の席が2つ、新郎新婦の席が2つ、玉串を奉げる玉串案、そして明治天皇と昭憲皇太后を御祭神とする神座があった。


「確かに凄いな。こんな内装の建築物を作るなんて、昔の人達は物作りの天才だったかもしれないな」

「あっ! もしかして、さっき言ってた正装ってこれかな?」


 神座に向かって、左側に真っ白な小袖と緋色の袴が対をなす伝統的な巫女装束、右側には上下黒のスーツと真っ白なシャツ、真っ黒な革靴、どちらもマネキン人形に着せられていた。


「らしいな。さっさと着替えて右殿に行こう」

「うんっ! すぐ着替えるから絶対にこっち見ないでよね!」

「見ない、見ない。妹の着替えなんて見ても萌えないから」

「それはそれで何かムカつくかも!」

「急げよ」

「わかってる!」


 むぅっと頬を膨らませながらも軍服を脱ぎ捨て、巫女装束に着替え始めた。


 父さんと母さんの葬式以来だな。と、久しぶりに袖を通すスーツを見ながら結婚式直前に不謹慎なことを思い出しながら、ユウラも着替えを始めた。


「そういえば、父さんと母さんって結婚式挙げたのかな」


 12歳の頃に亡くなった両親の馴れ初めや自分が生まれる以前の話を全く聞いたことがなかった。そういったことに興味を持ち始めた頃には、既にこの世を去っていた両親もどこかの式場で結婚式を挙げていたのかと思うと、何だか心がほっこり温かくなった。


「ねえ! お兄ちゃん! これって着け方あってるかな?」


 早々にスーツに着替えたユウラが着慣れない巫女装束を着たルカを見ると、白い小袖がはだけて鎖骨や胸元が露になり、緋色の袴は腰より下まで下がり、何とも言い難い格好をしていた。


「おいおい! それはダメだろ! つか、下着は!?」


 さすがのユウラも淫ら過ぎる構図になっているルカの姿に動揺の色を隠せなかった。


「下着? これの事かな?」


 マネキン人形から無造作に脱がされた巫女装束の一部が脱ぎ捨てた軍服と一緒に床に散乱していた。


「多分それだ! その白いの! 着方が分からなかったら検索してみろ!」

「お兄ちゃん、もしかして私の着替え見て動揺しているの? 今、ここ一帯電波が遮断されていて検索できないよ」

「あ、そうだった」

「もう一回着替えるからあっち向いて!」

「お、おう」


 ユウラが目を背けると、ルカは床に散乱した白色の和装下着を手に取った。すると、1枚の紙が落ちてきた。


「これって」

「どうした?」


 着替えを見ないように背を向けたまま訊いた。


「なんか写真付きの説明書きがあったから、これと同じように着替えてみる!」

「大丈夫そうだな」


 ミヤギ・ヒロの準備の良さには舌を巻く。ここまで全て計算尽くめだったのだろう。

 ルカは説明書きを見ながら再度、巫女装束に着替え始めた。まず初めに腰巻を着用し、肌着である純白の肌襦袢(はだじゅばん)をその上から重ねて、紐状の白い帯であばら下部分を結んだ。これで和装下着の着用は完了した。次に真っ白な小袖を重ね、更に先ほどと同じような白い帯を巻き結んだ。更に緋色の袴の前部分をエプロンのような手順で腰に巻き付ける。何度か帯を巻き、背中の方で蝶々結びをし終えたら後ろ部分も同様に帯を巻き付け、背中に巻いた結び目を見えないようにした後、その帯を前の方に蝶々結びすれば終わりだ。


「多分これで大丈夫かな。着替えたよ、お兄ちゃん! 確かめてみて!」


 恐る恐る振り返って見ると、先ほどとは打って変わって奇麗に巫女装束を着たルカの姿があった。


「おっ! 結構似合ってるな」

「ほんと!? 巫女さんに見えるかな!?」

「見える、見える! でも何か足りない気がするんだよな」


 奇麗に着こなしているが、何か足りない気がしたユウラは下から上へじっくりと観察した。


「お、お兄ちゃん。そんなにじっくり見られたら恥ずかしいよ」

「あ!」


 もじもじし始めたルカをお構いなしに観察を続けるユウラは、ある事に気が付いた。


「ルカ! 髪型が合ってないんだ! 巫女さんってポニーテールだろ!」


 青緑色の髪を下ろしただけの姿はただ巫女さんのコスプレをしているだけの女の子にしか見えなかった。髪の色は変えられないにしろ、ポニーテールにすることで雰囲気が出ると考えたユウラは、ルカの背後に回ると、近くに落ちていた緋色の帯を拾い上げ、髪を結ってあげた。


「よし! これで巫女さんらしくなっただろ」


 ポニーテールにしたルカの雰囲気は巫女さんそのものだった。黒髪ではない分、少しコスプレ感は残ってしまうがかなり良い具合に仕上がっている。ユウラは神前に置いてあった鏡を手に取り、ルカの目の前に差し出した。


「ほんとだ! 巫女さんだ!」


 見違えるような自分の姿に満足したのか、コスプレイヤーが写真を撮られる際に行うポージングをするように毎秒事に違うポーズをしながら自分の姿を眺めていた。


「これで着替えは大丈夫だな。急いで右殿に向かうぞ」

「うんっ!」


 やはり見た目だけの巫女さん。機嫌を良くしたルカは、巫女が絶対に神前で行わないようなスキップをし、ボカロの曲を口ずさみ、任務中とは思えない。


「ルカ。任務中ってこと忘れるなよ」

「大丈夫! 大丈夫! ちゃんと分ってるよ!」


 にやけた顔を前面に押し出しながら言われても説得力がない。本当に大丈夫なのかと不安を抱きながら、浮かれるルカと共にミヤギ・ヒロの待つ右殿へと向かった。


 右殿に着くと、ミヤギ・ヒロが用意したであろうアンドロイドが笛を吹き、右殿内にその音色が響き渡っていた。


「着替えたぞ」


 新郎新婦席に座る2人に向かって言うと、ミヤギ・ヒロはにっこりと微笑みながら振り返った。


「やはり似合っているね。ルカさんも巫女姿がとても似合っているね」

「ありがとうございます!!」


 誉め言葉に俄然テンションが上がったルカは嬉しさと照れくささからポッと頬を赤らめた。


「それで、俺たちはどうしたら良いんだ?」

「そうだね。祝詞と修祓、三三九度は終わったから、まず君達は誓詞を読み上げるのを聞いていてくれるかな」

「聞けばいいんだな」


 ユウラは、神前に向かって右側の参列者の席に座り、ルカは左側の参列者の席に座り誓詞を聞くことにした。新郎新婦の2人は席を立つと、神前の前に設置された玉串案の前に立ち並び、蛇腹状に折りたたんだ紙を広げた。


「誓詞。この良き日を選び、明治神宮の大前を拝し、婚姻の礼を行う。今より後、互いに敬愛の心を尽くして、一家を整え、苦楽を共にし、終生変わらず願わくば、幾久しく守り導き給え。ここに謹みて誓詞を奉る。安寧(あんねい)37年5月9日、ミヤギ・ヒロ」

「ユキ」


 誓詞を読み上げると、再び新郎新婦の席へ戻っていった。


「ルカさん。君の左側に置いてある指輪を持って来てくれるかい」


 ルカが左側の台座に目をやると、ダイヤモンドが美しい輝きを放つ9号サイズと19号サイズの結婚指輪が置かれていた。


「これですね」


 指輪を手に取ると、ミヤギ・ヒロの下へ持って行った。


「ありがとう」


 指輪を受け取ると、ユキの白くか細い左薬指にスッと指輪をはめ、ユキも続いてミヤギ・ヒロの男らしい薬指に指輪をはめた。


「ルカさん。あとは、神前で寿の舞を踊ってくれるかい?」

「なんですかそれ?」

「僕らの結婚を祝う為の踊りだよ。このメモリーに寿の舞のデータが入っているから取り込めば簡単に踊れるようになるよ」


 ルカはそのメモリーを受け取ると、一度ユウラの目を見て取り込んでいいものかと確認をした。ミヤギ・ヒロから直接渡されたそれがルカに悪影響を及ぼさない保証はなかったが、自らの結婚式を台無しにするようなことをするはずがないと、ユウラは静かに首を縦に振った。


「分かりました。寿の舞のデータをインストールします」


 メモリーチップを左首筋にあるメモリースロットに挿入すると、インストールが始まった。データ容量はそれほど多くなかったため、10秒程度でインストールが完了した。


「なるほどですね。神楽、寿の舞をインポートしました。ミヤギ・ヒロさん、鈴はありますか?」

「ああ、指輪を置いてあった台座の側に立ててあるよ」

「ありがとうございます」


 ルカが鈴を手に取ると、タイミングを見計らっていたようにアンドロイドが笛を奏で始めた。その音色に合わせて、神前へと階段を上がり、ルカは舞い始めた。


 神楽、寿の舞は昭憲皇太后の歌に曲を加え、その曲に合わせて舞う女舞である。この舞は、昭憲皇太后を御祭神として奉っている明治神宮で行われる神前式に用いられる舞でルカが手にしている神楽鈴を時折シャンシャンと鳴らしながら舞う伝統的な舞だ。


 それをインポートしたルカが、ゆっくりと身体を大きく使った舞は流麗の一言に尽きる。ミヤギ・ヒロを始め、参列席で見ていたユウラも任務の事を忘れてしまう程の美しい舞に言葉を失っていた。時折鳴らす鈴の音は、笛の音と相まって独特な雰囲気を作り出している。これが日本の生み出した伝統の一つなのかと、感銘を受けた。


 一通り踊り終えたルカは、神前から降りてくると新郎新婦の席へと歩み寄り、2人の前で鈴を鳴らす。


 シャンシャンシャンシャンシャンシャン。

 シャンシャンシャンシャンシャンシャン。

 シャンシャンシャンシャンシャンシャン。

 シャン。


 2人の目の前を右から左、左から右、右から左へと鈴を鳴らし、最後に正面で一度手首のスナップを利かせて鳴らした。


「ありがとう。とても美しい舞だったよ」


 美しい舞を披露したルカに礼を言った後、神前式の流れを一通り済ませたミヤギ・ヒロは、じっと2人の姿を見守り続けたユウラの下へ歩み寄った。


「アズマ・ユウラ君。君のおかげでユキと結婚式を挙げる事が出来た。感謝するよ」

「別に礼を言われるようなことはしていないだろ。ただ、見届けたってだけで」

「いや、僕にとってはとても重要な事だよ。本当にありがとう」


 何のことはない。ただ、ユキの暴走を懸念して嫌々従っていただけに過ぎない。その無理矢理付き合わされただけの結婚式を見届けただけのユウラに深々と頭を下げ、礼を言うミヤギ・ヒロは愛する妻の為に死力を尽くした格好の良い、尊敬に値する男のように見えた。しかし、それとこれとは全く別の話。結婚式を終え、目的を果たしたであろうミヤギ・ヒロには、やってもらわなくてはならない事がある。


「礼はいらない。俺はお前の願いを叶えただろう? ALICEが暴走しないように活動を停止するなり、エネルギーを補給させるなりしてくれよ」

「そうだね。ユキには記憶のデータと思い出を可能な限り記録させる事が出来た。そこにはとても感謝しているよ。だけど、1つだけ君に話しておかなければならないことがある」

「この期に及んでまだ何かあるっていうのか? まあ、そんな事だろうとは思ってたけどな」

「これは君にも深く関係している事だ。僕達クラフター全員に関係する事でもある。重要な共通点と言ってもいい」


 意味深。早く言ってしまえばいいのに、勿体ぶって時間稼ぎをしている言い回しに不信感は募るばかりだ。


「暴走まで時間がないんだろう? 言いたいことがあるなら早く言ったらどうだ」

「君にこの話を聞く覚悟がなければ聞くべきじゃないと思う。だけど、君がクラフターである以上知る権利はある。君は真実を知って受け入れる勇気はあるかい?」

「知る権利? よく分からないけど、時間もないし、どんな内容かぐらいは言えよ」


 ミヤギ・ヒロの策略か。言葉巧みに興味をそそるように仕向けられたのか。いずれにせよ、何の話なのか興味を持ってしまったユウラの知的好奇心は抑えられなくなっていた。


「何故クラフターが存在し、ALICEと共にあるのか。君は一度も疑問に思ったことはないかい?」


 その問い掛けに、ユウラは答える事が出来なかった。と、いうよりも今まで疑問に思ったことなど一度もなかった。それが当たり前だったし普通の事だと思っていたからだ。興味は次第に疑問へと変わっていき、ミヤギ・ヒロの発する次の言葉に固唾を飲んだ。


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