21.It will be too late unless you hurry.
「お前が何をしようと勝手だけどな。他人の迷惑も考えてから行動しろよ」
ユキが暴走してしまうのではないかと、焦り恐怖しながらここへ来たユウラは、私的な研究や目的の為に周囲を巻き込んだ事に対して、怒りや不安をぶつけるように言った。
「少しは落ち着きなよ。君がここへ来た理由は知っている。ユキを暴走させない為に僕を捕らえて活動を停止させるつもりなのだろう?」
当然のように言うと、妙に落ち着き払って戦国時代の武将の如く、威風堂々とした立ち振る舞いで、まったく隙を見せずゆっくりとユウラに向かって来た。
「本当に何でもお見通しってわけか」
ユウラもまた、緊迫した状態で汗1つ流さず、指1本すらピクリともさせずに言葉のやり取り――つまり、互いの腹の内の探り合いを蝋燭の灯りが照らす薄暗い室内で静かに繰り広げていた。
「そうだね。この世に存在しているデータ化された情報であれば、何でもお見通しさ」
ユウラが無理に平静を装っていることすらも見透かしているのか、少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。
「さすが、天才。さすがに一筋縄ではいかないみたいだな」
ミヤギ・ヒロの態度に少しだけムッとしたが、いつ何を仕掛けてくるかも分からない相手に隙を見せられないとその姿を凝視していた。すると、ユウラの右肩に左手を軽く乗せ、
「君が僕の願いを叶えてくれる最後のピースになってくれるのなら、大人しく降伏しても良いよ。とは、言っても元々誰かと対立するつもりはなかったからね」
と、吐息交じりのぼそぼそとした声で耳元に囁くように言った。
「何の願いか知ったことじゃないけど、お前の言う最後のピースっていうのは俺じゃないとダメなのか?」
「いいや。どうしても君にお願いしたいって訳じゃないけど、何せ時間が限られているからね。時間内にここへ来る人間が君だったって言うだけさ」
時間というのが何を指しているのかは見当がつかなかったが、全てお見通しだと豪語している彼の言う事だ。スズナがクラフトを終えて駆けつけるまでには、事が済んでいると考えるべきだろう。と、ミヤギ・ヒロの言葉から何となくそう汲み取った。
「お前の願いっていうのは、俺が結婚式の立会人をすることで叶うものなのか?」
「ああ。君が立会人をしてくれれば、僕たちが結婚式を挙げたという事実が確実なものになる。僕の妄想やユキの作り出した情報の寄せ集めではなく、確かな記憶として君の脳裏に色濃く残されるからね」
「俺の記憶? 俺の記憶に残して意味があるのか? お前がちゃんと覚えていればいい話じゃないのか」
その疑問は、当然と言えば当然の疑問だった。当事者であるミヤギ・ヒロが覚えていれば未来永劫、死ぬまで記憶に残る。今の医療では痴呆症やアルツハイマー型認知症は簡単に治せてしまうし、記憶の復元など容易いものだ。それを知らないはずがないのに態々、立会人の役割を担わせる意味が理解できなかった。
「今の僕には記録する事は出来ても、記憶する事が出来ない」
「何を言っている?!」
「記憶という漢字は君も知っているだろう? 僕は気付いたんだ。己の心に意味のある事柄だけが記され残される。それが記憶であり心を持った者だけが成せることだ。何でもインプットすれば記録してしまう機械とは大違いだと思わないかい?」
「何が言いたい?」
「簡単な事さ、僕には記憶する為の心がない」
「は?」
「正確に言えば、失ったと言うべきか」
「いや、何を言いたいのかさっぱり分からないんだが」
理解力があるユウラですら、何を言いたいのか分からなかった。頭の良い奴は頭の中で色々考えて、最終的に導き出した結論に沿った内容しか話さない。ミヤギ・ヒロは典型的な頭の良いタイプの話し方をしていた。論文に例えるなら、問題提起をした後で唐突に結論を述べられただけで、その結論に辿り着くまでの過程が一切ないのと同じだ。
「生物を転送する時、細胞は細かく分解され、構成情報はデータ化される。その時、心はどうなると思う? 科学的にも医学的にも解明されていないものをどうやって分解して情報化する?」
「嘘だろ……」
現実に起こり得ない出来事が起こっている事に、必死に平静を装っていたユウラの思考が掻き乱されていった。
「そう。僕は自分の身体と心を使って確かめた。その結果が今の僕だ」
焦点の合わない目で、文章を読み上げるかのように淡々と言われた内容は本来あってはならいことで、そんな危険なことをする必要性などどこにもなかった。
「ちょっと待ってくれ。それが本当だとして何でお前は自分の願いを叶えようとしている? 奥さんに対する愛情とか失った悲しみっていうのは心がないと感じられないものじゃないのか?!」
「逆のことを考えてみれば君も分かるはずさ。ALICEは何故、心がないのに感情を表現できている?」
人工知能。ユウラの頭に浮かんだのは、その4文字だった。
「僕は、心を失う可能性があったからユキとの思い出やユキに対する感情全てを出来る限り正確な形でデータ化した。そして、頭部に埋め込まれた電子チップの代わりに人工知能チップを入れ込んだ。チップの入れ替えは再構築するときに書き換えてしまえば造作もない事だったけれどね。結果として、僕はミヤギ・ヒロという生身の人間にデータ化された知識や記憶を埋め込んだ人形に過ぎない」
ミヤギ・ヒロの言う通り、心を失い、過去のデータだけで動いている彼は非人道的な人形だった。善悪の判断が出来るだけ。データ上に残された目的を果たすために動いているだけの生きた屍だ。
「なんでそこまでしなくちゃいけなかったんだ。危険を冒してまで研究成果を上げる必要があったのかよ」
人の道を外れたクラフターを蔑むような目で見ていたユウラは、悲しい結末を迎えてしまったクラフターなのだと考えを改め、同情するような悲しい目をして見つめた。
「またユキに会いたかった。心のない姿かたちだけ似せた戦闘兵器としてではなく、ちゃんと心を持ったユキに会いたかったんだ。僕を愛おしそうに見つめるユキの顔をもう一度見たかった。だから、僕は心について知る必要があった。人工知能にも心は宿るのか。2人の思い出を1つずつ確かめさえすれば、それがメモリーに蓄積されて、記憶となって心になると思っていた」
妻を亡くして正気を失ったとしても、その考えはあまりにも危険で普通では理解し難いことなのは確かだった。ユウラも両親を失った悲しみを知っているからこそ、ミヤギ・ヒロの悲しみだけは理解できる。しかし、身勝手な行動を許す事とはまた別の話だ。
「お前の目的は分かった。だけど、俺にはまだ全部を信じる事が出来ない。それに何かを企んでいる可能性があるからな。簡単に協力してもらえると思うなよ」
天才と言われる男に対抗するには、相手の口車に簡単に乗せられてはならない。ミヤギ・ヒロが別の目的がある可能性も踏まえて慎重に話を進めた。
「まさか、そんな簡単に協力してくれるとは思っていないさ。心がないとはいえ、僕はミヤギ・ヒロだよ。全てにおいて慎重に事を進めるつもりだよ」
「やっぱりそうか」
「君にも大切なALICEがいるのだろう? 名前はルカ、君の妹だったかな?」
「まさか……、ルカに何かしようって言うんじゃないだろうな!?」
ルカを人質もしくはユウラにとって不利益なことを仕掛けてくるのではないかと、眉間にしわを寄せミヤギ・ヒロに血走った目を向けた。
「いやいや、僕は誰かに危害を加えるつもりはないと言っているじゃないか。僕は本物のユキが戻ってきてくれさえすればいい。でも、君が立会人になってくれないというのなら、僕はユキを暴走させて共に死ぬ。そしたら、君たちもどうなるか予想は付くだろう?
再び、ユキの側へ歩み寄ったミヤギ・ヒロは、白無垢姿のユキをそっと抱きしめながらどこを見ているのか分からない目をして、半笑いで言った。
「お前、心がないからって好き放題して良いわけがないだろ!」
思考回路がイカれてしまっているミヤギ・ヒロに対して、冷静な対応が続くはずがなかった。取り乱すユウラを見かねたミヤギ・ヒロは、ユキの手を取り部屋の外へと出ようとした。
「話は終わっていないぞ!」
「時間もないし、少し歩こうか。このままだと、僕の意思とは関係なくユキが暴走してしまう」
「……わかった」
ユキの暴走まで時間がない。その口調から察するに、ユウラが想定していた暴走までの時間を大幅に上回る速度でエネルギーを消費していることを意味していた。恐らく、転送装置を起動する際やミヤギ・ヒロを再構築する為に必要なエネルギーをユキから直接補給していたのだろう。冷静に考えれば、容易に予想できることだった。不具合を生じている転送装置に態々エネルギーを供給しているはずがないのだ。
大誤算をしてしまったユウラは、ユキの暴走を恐れミヤギ・ヒロに先導されるがまま宝物殿の外へと出た。
「ミヤギ・ヒロ!? お兄ちゃん! どうするの!?」
ステルス機能で姿の見えないルカが指示を仰いできた。
「ルカ。今は手を出すな。俺はこのままミヤギ・ヒロと行動する。こいつの目的がハッキリしない以上、完全に危険がないとは言い切れないからな」
ルカの存在に気付かれていると思ったユウラは、堂々とルカに指示を出した。
「やっぱり君のALICEもここに居たのか。僕に不意打ちを仕掛けなかったことは正しいよ。もし、僕の身に何かあればユキは暴走するように設定を追加しているからね」
あまりの用意周到さにぞっとした。心がない分、倫理的な考えや物事の善し悪しを分別できないのだろう。目的を達成する為だけに動き回る無感情な相手ほど怖いものはない。
何が他人に危害を加えるつもりはないだ。何かあれば暴走させるという脅しは、明らかに他人を巻き込もうとしてるではないかと、矛盾だらけの発言にツッコミの1つでも入れてやりたいところだったが、状況が状況なだけに喉元まで出かかった言葉を寸でのところで飲み込んだ。
「何かあればね。じゃあ、俺達が大人しくお前の言う通りに行動していれば、何もしないと思って良いんだな?」
「もちろん。僕は願いを叶えられれば、満足だからね」
今はその言葉を信じるしかないと、一旦考えることを止め、疑心暗鬼による志向の妨げを回避し、ミヤギ・ヒロの気持ちに寄り添うことで打開策を見つけ出すことにした。
「分かった。これから何処へ向かうんだ?」
「僕たちが結婚式を挙げた奉賽殿に向かおうか」
「ほうさいでん?」
「とても伝統のある式場だよ。昔から変わらない佇まいで、これぞ日本の文化の象徴といっても過言ではないほどだ。あと、神前で2人の愛を誓う挙式は厳粛に執り行われるから、君たちも神前では無礼のないように立ち振る舞ってくれると助かるよ」
「無礼のないようにってさ。ルカも分かったか?」
「うん! 神前での立ち振る舞いは今のうちに調べておくね!」
「ルカも理解したしたみたいだから、問題ない」
「さすが話が早いね。一応、軍服姿だと雰囲気も出ないし無礼に当たるかもしれないから、奉賽殿に僕の用意した正装があるから、着いたらそれに着替えてもらえるかな」
「正装? 着物でも着たらいいのか?」
「君にはスーツと靴、妹さんには巫女装束を用意しているよ」
事前にユウラとルカが来るであろうと予想していたミヤギ・ヒロは、2人の身長や体格、スリーサイズまで調べ上げ、ユウラには高級ブランドのスーツと靴、ルカには巫女装束を用意していた。そんな事まで調べられているとは思いもしないユウラは、
「スーツは分かるけど、何で巫女さんの衣装なの?」
と、明らかに可笑しい組み合わせに思わず問い掛けた。
「雰囲気だよ、雰囲気。それに巫女さんの寿の舞がとても印象的でユキとよく話をしていたからね。少しでも当時と同じようにしたいのさ」
「そういう事か」
「いやあ、それにしてもあの時の結婚式は本当に良かったよ。今のユキも白無垢姿が似合っているけど、初めてユキの白無垢姿を見た時は、奇麗さが眩しいくらいで思わず見惚れてしまってね。本当に奇麗だったよ」
心がないわりには、参道を美しく彩る夜桜に負けず劣らないくらい、とても嬉しそうな笑顔で思い出話に花を咲かせていた。こうして見ると、ミヤギ・ヒロも普通の人と何ら変わらない。普通に生まれて、普通に学んで、普通に恋をして、普通に仕事をして、普通の生活を送って来た。そこに戦争への恐怖や不安、大切な人の死によって生じる悲しみや孤独感が普通ではない者へと変えてしまう。敵をどうやって出し抜くかを考えて、情報収集をしているはずだったのに、話を聞けば聞くほど、ミヤギ・ヒロに対する印象も少しずつ変わっていった。




