20.Snakes follow the way of serpents.
一度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせたユウラは女性が明治神宮境内へ入って行くのを見届けた。どうやら、クダイ領長の予想は当たっていたようだ。
「明治神宮境内への侵入を確認。現時点をもって女性をALICEと断定し、作戦行動に移ります」
『頼んだぞ』
通信を終えたユウラは、女性に悟られないように一定の距離を保ちながら、明治神宮境内へ潜入した。鳥居を潜ると、松明と灯篭の灯りで浮かび上がる参道と、品種改良によって1年中見ることができる夜桜がライトアップされ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
普通ならここで夜桜を眺めていたいところだが、そうはいかない。ユウラは幻想的な景色に目もくれず、転送装置が設置されている宝物殿へと向かう女性の後を追った。
暫くして、宝物殿に辿り着いた女性は、周囲を警戒するそぶりも見せずに中へと入っていった。
「宝物殿への侵入を確認。転送装置を使用すると思われます」
小声でクダイ領長に現状を報告した。
『了解した。君はALICEを呼び寄せ、合流するまでその場で待機。合流次第突入してくれ』
「分かりました」
ユウラは、クダイ領長への報告を終え新たな指示を受けると東側に待機しているルカにその内容を伝えた。
「そういう訳だから、急いできてくれ。ばれない程度の速度だぞ」
『うん! 今行くね!』
ルカは足の回転数を上げつつも、抜き足差し足で足音を抑えながらユウラの下へ急いだ。その数秒後、ユウラと合流したルカはあることに気付く。
「お兄ちゃん。私が来る前に誰か中に入ったの?」
「いや、あのALICEだけだけど、なんでだ?」
「中から2つの熱反応があるの」
「え? でも、さっき入って行ったばかりだぞ?」
「でも、2つ反応があるよ」
「嘘だろ? 転送装置は起動しているのか!?」
ミヤギ・ヒロが既に再構築が完了しているのかもしれないと焦った。
「ううん。リアルタイムに届いている情報には転送装置が起動した形跡はないみたい」
「じゃあ、他に協力者がいるのか」
「分からないけど、最初に検知した熱反応の数がお兄ちゃんを含めると3人に増えてるのは確かだよ!」
もし、ミヤギ・ヒロのALICEが捕獲を妨害するような行為をして来たとしてもルカが対抗してくれるが、戦闘訓練を一切受けていないユウラが生身の人間を2人同時に相手するなど出来るはずがない。協力者がいる可能性が高まるとユウラの焦りは最高潮に達した。
「このままだと分が悪そうだな。スズナ、クラフトはまだ終わっていないのか?」
格納庫でクラフトをしているスズナに連絡を試みるが反応がなかった。
「ルカ、周囲にジャミングされている様子はあるか?」
自分たちが女性を追って明治神宮境内に侵入したことに気付かれたせいで、通信を妨害されていると考えたユウラはすぐさま周囲の状況をルカに調べさせた。
「うん! 妨害電波がここ一帯を包み込むようにジャミングしているみたい!」
境内へ入る前は、東側で待機していたルカや第3司令部で指揮を執っているクダイ領長と問題なく連絡が取れていたにも関わらず、境内へ入った途端外部との連絡が取れなくなってしまった。この時点でミヤギ・ヒロがユウラたちの存在に気づいていることは確定したといって良い。
「どうやって分かったのかは見当も付かないけど、さすが天才ってことか。まったく、骨の折れる奴を相手にしたもんだな」
そう言うと、ユウラは何か対策を練るわけでもなく、単身宝物殿へと足を踏み入れようとしていた。
「お兄ちゃん!? もしかして、1人で行くつもりなの?」
姿は見えないが、その心配そうな口調からユウラの身を案じていることが分かった。
「心配するな。もしかすると、ステルス機能を付けていてもルカに気付いている可能性があるからな。下手に警戒されたら何をしてくるのか分からないだろう? だから、ちょっと様子を見てくる。もし、俺に変化があったらすぐ来てくれ」
相手の情報に関して、不確定要素を多く含んでいる事は任務成功率を大幅に下げてしまうと判断したユウラは、正確な情報を収集する為に1人で行くことを決意した。
「わかった。気をつけてね」
「ああ」
ルカに心配させまいと、にっこりと笑い掛け、そのまま階段を上がり宝物殿の中へと入って行った。
宝物殿の中に入ると、展示されていた華やかで美しい金色の装飾が施された英国製の六頭曳儀装車に目を奪われてしまう。緊迫した雰囲気を一掃してしまう程の輝きと美しさは、これまでタイムスリップしてしまったような感覚だった。
瞬間的ではあったが、ユウラがそれに見惚れてしまった時、奥の方からバサッと布が落ちたような音がした。何かいるのかと、その音がした方へと慎重に歩みを進めるユウラの鼓動は直に耳に響いてくるくらいに響いていた。少し進んだ先に、1つだけ部屋を見つけた。僅かに開いた扉の隙間から中の様子を覗うと、白くきめ細やかな肌をした女性が上半身裸で背を向けていた。何かに着替えているようだが、ここには転送装置も無ければ、他に誰かがいる気配もない。一体何をしようとしているのかと不思議に思っていた。
「女性の着替えを覗き見るとは感心しないね」
背後から男の声がした。その声に咄嗟に振り替えると紋服袴を着た男が立っていた。暗がりで見える男の顔は、第3司令室のモニターで確認したミヤギ・ヒロその人だった。
「お前がミヤギ・ヒロか」
まさかの登場に驚きはしたが、ここで動揺して相手のペースに乗せられてしまえば、劣勢に立たされたまま終わってしまう。ユウラは、拳を握り戦闘の意思を見せた。
「そういう君は、もしやアズマ・ユウラ君じゃあないのかい?」
ミヤギ・ヒロの口から出てきた言葉は予想外なものだった。
「へえ。俺の名前を知っているのか。さすがだね」
あくまでも対等だという姿勢を崩さない。動揺はしていない。追い詰めたのは自分であるように振る舞った。
「いやいや、さすがだなんて。君ほどのクラフターの名前なら覚えていて当然のことさ」
すっと笑みを浮かべながら答えた。
「俺がクラフターってことも知っているなら、何で俺がここに来たのかも分かっているんだろ?」
不利な状況に立たされていることは、自分でよく分かっていた。ユウラは構えた拳を下ろし、冷静な判断で行動することを心掛けた。相手がどんな人物で、何を考えここに居るのかを見定めるために、毅然とした態度で話を続けた。
「勿論分かっているさ。君は第3司令部で司令官を務めているハチオウジ・クダイ領長から僕を捕獲するように命令を受けてここへ来た。戦闘経験もなければ、ALICEを使用した作戦を実行した経験もない。最近、ALICEに施したクラフトも脚部と声帯の部品を取り換えた程度、まあ、僕を捕まえる為に更なるクラフトを施していると思うけどね。例えば、ステルス機能を搭載したとかかな?」
全て見透かされていた。どこから情報を仕入れたのか、ミヤギ・ヒロの言う事に間違いはなかった。
「俺のことまで全部お見通しかよ。それにルカのことまで知っているみたいだな」
用意周到で几帳面な性格。自分が想定していた人物通りだと思い、少しだけ安心した。
「ルカ? ああ、あのALICEはルカという名前なんだね」
1歩、また1歩とユウラに近づいて来る。緊張が走った。
「そう身構えなくても大丈夫だよ。君については、よく知っているからね。僕も彼女を紹介しなくては失礼だろう?」
そのままユウラの横を通り過ぎ部屋の中へと入って行くと、話している間に着替えを済ませた白無垢姿の女性の横に立った。
「良いのかよ。俺はお前を捕まえに来たんだぞ」
「ああ、構わないさ。君には僕たちの結婚式の立会人になってもらいたいからね」
「結婚式? 立会人ってどういうことだ。何を企んでいる?」
ユウラは部屋の中へ警戒しながら入ると、不可思議なことを言い始めたミヤギ・ヒロにその真意を訊いた。
「企んでいるなんて人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕は純粋に結婚式を挙げて、彼女との思い出を再現したいだけだ」
愛おしそうな目で女性を見ると頬に手を添えた。
「思い出を再現?」
「そうさ。彼女の名はユキ。僕の本当の妻になる美しい女性さ。結婚することでユキのメモリーに新たな記憶が蓄積され、もっと本物の彼女に近づける事が出来る。その為にも、君には立会人として結婚式に参加してほしい」
本当の目的が何なのか。混乱させようと関係のない話をしているのか理解に苦しむ。
「お前、奥さんはどうしたんだ? 結婚していたはずだろ」
そう訊いた瞬間、ユキへ向けていた愛おしそうな目が一転して虚ろな目に変わり、ユウラの方を向いた。
「そんなことまで調べていたのかい。彼女はね死んだ——いや、少し違うな。僕が殺したと言った方が正しいかな」
「殺した?!」
日本の犯罪抑止力が強化されたおかげで、殺人という犯罪は長い間起こっていない。ルカに調べさせたデータ上にも該当する事件は何一つ存在していない。動揺を誘っているのだと一度思ったが、ミヤギ・ヒロが自分に関するデータを抹消していたことを思い出し考えを改めた。
「お前、奥さんを殺したから自分のデータを抹消したのか?」
「さあ、それはどうだろうねえ。僕は彼女を愛していた。誰よりも愛している相手を殺すと思うかい?」
こいつ普通じゃない。こちらを見つつ、手はずっとユキの顔や頭をひたすら撫でまわしているミヤギ・ヒロの姿を見て思った。
「さっき自分で殺した方が正しいとか言っていただろう!?」
さすがに恐怖を覚えたユウラは声を荒げた。
「そうだったね。僕は彼女を救おうとして、殺してしまった。この意味が君に理解できるかい?」
理解できるはずがなかった。
理解しようとも思わなかった。
ミヤギ・ヒロを捕獲し、ユキという名のALICEの暴走を未然に防ぐ。その任務を円滑に進める為の情報だけが知りたいだけなのだ。
「悪いけど、話していても俺にはお前のことは理解できそうにない。それにお前が誰を殺していようと俺には関係のない事だからな」
これ以上、不必要な情報ばかりを頭に入れてはならないと、一方的に話を終わらせようとした。
「それは残念だ。君も同じクラフターなら僕の気持ちを理解してくれると思ったのだが、見当違いだったようだね」
本当に残念そうにしていた。
何を考えているのか。何の目的があって逃亡しているのか。ますます分からなくなってしまった。これがミヤギ・ヒロの作戦の内ならば大成功。ユウラは不安と緊張から少しずつペースを握られ始めていた。
「そういえば、お前が転送装置を開発したっていうのは本当か?」
自分が冷静さを欠き始めていた事を分かっていたユウラは、話題を変えつつ、ミヤギ・ヒロという男を見極めようとしていた。
「その通りだ。僕は転送装置を完成させて全ての物を転送することに成功した。ここへ来る時にも僕の最高傑作である転送装置を使用させてもらったよ」
研究データを抹消していた割にはあっさりとその事実を認め、転送装置を使用して移動していた事さえも自白してしまった。
「一次予選の時に抜け出したのも態とだったのか? 閉所恐怖症とか暗所恐怖症を装っていたのか? そのALICEと逃げる為に」
「あれが僕だったと気付いていたのか。さすがクラフターになるだけあって頭は良いみたいだね。けど、あれはユキとは関係ない事だね」
「どういうことだ」
「君もクラフターなら僕の気持ちが分かるはずだよ。自分がクラフトしたものを試さずに戦争に駆り出されて死ぬかもしれない。戦争に行かずとも日本が負ければ自由にクラフトが出来ないかもしれない。もし、やり掛けのものがあればちゃんと終わらせて試したいと思わないかい?」
その点に関しては何となく分かる気がした。自分が考え最高だと思ってクラフトしたもの試したいとか、誰かに見てほしいとか、評価してほしいとか毎回クラフトをする度に思っていた。
「確かに気持ちは分からないでもないけど、逃亡してまで何をしたかったんだ」
「生物の転送さ。転送装置を完成させた時に、生物を転送する為の方法も既に完成していたんだ。だけど、生物実験をするには大きなリスクもあったからね。転送装置を実用化して日本全土に普及させる為には静物に限定する必要があったんだ。だから、僕はどうせ死ぬかもしれないなら、自分自身の手で研究を完成させたかった」
「まさか、自分で人体実験をしたのか!?」
その問いかけに、不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「人体実験を自分でするなんてどうかしているぞ。正気なのか!?」
「正気も何も、生きた人間で実践しなければ本当の成功とはいけないだろう? その為に他人を危険に晒すわけにはいかない。それなら、自分を実験に使用する以外に選択肢はない。だから僕は同じ死の危険性があるのなら、自分の実験に命を捧げようと思っただけさ」
昔は囚人や奴隷などを使って、非人道的な人体実験が繰り返されてきた歴史がある中で、ミヤギ・ヒロが自身の身体を用いて行った人体実験は間違っているとは言い切れない。それに過去にも自分の身体を用いて人体実験を行った研究者がいたこともあったが、自分の身体を分解して光子化した後に行うなど、正気の沙汰ではなかった。




