02.Laugh and get fat?
『アマテラス国王より、大切なお知らせがあります。国民の皆様は、お近くのホログラムにご注目ください』
聖地オーストラリア大陸より北、直線距離で6851キロに位置する日本は、鎖国制度を実施するため、国土から200海里の位置に巨大な防壁を建造し、上空には他国からの電波、衛星写真、時にはミサイルといった外部からの干渉を全て遮断する為のプロテクトを張り巡らせている。
日本は鎖国制度開始と並行して、47都道府県あったエリアを8つのエリアに纏め、各エリアの領長達とアマテラス国王によって管理されている。そのエリア各所に設置された巨大ホログラムにて、国王アマテラスのシルエットが映し出されると四大大国首脳会議での決定事項を述べ始めた。
『国民の皆さん、本日正午より始まりました第一回四大大国首脳会議がやっと終わりましたあ! 本当に疲れました。何かみんなピリピリして怖かったしさあ。あ、それで皆さんにお知らせっていうのが、今まで争い事は避けて来た日本ですけど、残念ながら領土争奪戦に参加することが決定しちゃいました』
国王は気の抜けた口調で報告をしているが、日本が戦争に参戦するということは、鎖国制度始まって以来の重大ニュースであった。
国中で動揺の声が上がる中、特に慌ただしくなるエリアがあった。そこは8つのエリアの中でも最もクラフト技術が発展し、クラフトの聖地と呼ばれる秋葉原を中心とした旧関東地区エリア3。かつてはオタクの聖地と呼ばれていた秋葉原だが、鎖国政策を実施して以降、試作品ALICEの改造・改良するための技術開発施設が多数設置される日本国内で最大の科学技術都市となっている。
「ユウラ! 今の見たか!?」
エリア3の13番街にある小さな工房に駆け込んできた彼は、隣街の12番街で部品屋を営んでいるセンバ・アルマ。日々、ALICEの改造に明け暮れているアズマ・ユウラとは新東京科学大学クラフト専攻科からの顔馴染みで、今では公私ともに仲の良い友人であり、ビジネスパートナーでもある。学生のころから手先が不器用で、お世辞にもクラフター向きとは言えなかった彼は、大学を卒業後、大手クラフト部品メーカーに就職し、社畜として馬車馬のように働き、今では自分の店舗を構えるまでになった生真面目な男である。
「ああ、見たよ。領土争奪戦が11月にあるってんだろ? 戦争なんてくだらない事いつまで繰り返すつもりだよ」
彼の名前はアズマ・ユウラ。この街で1番の腕利きクラフターとして名の知れたクラフト業界ではちょっとした有名人で、毎日のように工房に引きこもり、怪しい改造やら研究をして日々を過ごしている。
「本当に戦争するんだぞ!? なんでお前はいつもそんなに余裕なんだよ!」
「別に余裕ってわけじゃないけどさ、そんなことよりこれを見てくれよ! かなり昔に流行ってたボーカロイドっていただろ? あの初音ミクを実際に再現できないかと思って、ALICEの外見をちょっとばかり改造してさあ。結構いい感じに仕上がったんだぜ!」
戦争のことなど、気にも止めず、自身が改造したオタクの真骨頂とも言える2次元のアイドル、初音ミク風に改造したALICEを惜しげもなく披露した。
顔や身体の一部以外はほぼそれと同じような格好をしている。単純に美少女コスプレイヤーのような感じにも見えるが、クラフターの技術を駆使して、改造を施したのであれば、それなりにボーカロイド要素を持っているに違いないと、アルマはユウラの自信有り気な顔からそう思った。
「いつかやるだろうとは思っていたけど、まさか本当にやっちまうとはな。お前いつかALICEに殺されるぞ」
「こんなに可愛いALICEに殺されるなら本望だっての」
「お前って本当にバカなのな。じゃなくて! そのALICEを使って戦争するみたいなんだよ! 今、詳細を話してるから早く表に出て見てみろ!」
「ったく、俺は戦争には興味ないっていうのに」
半ば強引に腕を引かれ、工房の外へと出たユウラ。表の通りには巨大ホログラムを食い入るように見つめ、アマテラス国王の言葉に聴き入る人々が通勤ラッシュの満員電車のように群れを成していた。
『そういう訳で、本日より準備期間を設け、約5か月後の10月25日にALICEおよびクラフターを選抜する【ALICE♰CRAFT】を開催します。それと今回、日本軍が所有しているALICE3機に加えて、クラフターの皆様が保有している試作品ALICEに関しても、選考対象とするので、クラフターの皆様には全員参加してほしいと思います。もし、不参加の場合はクラフター免許の剥奪と試作品ALICEの没収に処するので、不参加ということがないように気を付けてね。ちなみに僕も例外ではないので参加することにしましたあ。そんな感じなので、国民の皆様よろしくねえ。あでゅ!』
そう告げ終わると、ホログラムは消え失せ、人々の不安と動揺の声が辺りを覆い尽くした。今まで日本は戦争を拒み、真の平和とは何たるかを世界に訴え続けた結果、主張が受け入れられず、鎖国制度という答えに行きついたのだから、動揺するのも無理はない。国内に潜伏していた試作品ALICEも、兵器としてではなく、国民が豊かに暮らすための奉仕用アンドロイドとして改造と修正を繰り返し、ようやく生活の一部として馴染んできた矢先、そのALICEを再び兵器として領土争奪戦に参戦するなど、誰もが予期せぬ出来事だった。
「クラフター資格の剥奪にALICEの没収って、マジかよ」
さすがのユウラもその内容に驚きの色を隠せなかった。
「どうすんだよ? クラフターは強制参加だなんて、こりゃあ昔で言ったら赤札だぞ。赤札! 兵士として選抜されたらその時点で命はないぞ」
「まあ、確かに命はないだろうけどさ、これで優勝したら日本で1番のクラフターってことになるんだよな?」
「優勝? お前何言ってんだよ!? これはスポーツの大会とは訳が違うんだぞ!? 確かに実力が認められて領土争奪戦のクラフターに抜擢されたら、文句なしで日本一のクラフターだろうけどさ」
「決めた! 俺、参加するよ」
「そうそう参加して……って! はあ!? お前馬鹿じゃないのか!? クラフターの資格なんかより命の方が大事だろうが!」
「クラフターの資格はどうでもいいんだけどさ。このALICEを手放したくないんだよ」
「それを馬鹿だって言うんだよ! 資格を剝奪されたくないならまだしも、たかが兵器の為に命まで投げ出すなんて」
「ルカは、たかが兵器じゃない。俺にとっては、たった1人の家族なんだよ」
「あ、ごめん。なんつうか、気が動転しちゃってさ。ほんとごめん」
「いいよ。父ちゃんと母ちゃんが死んじゃったのも、馬鹿げた戦争のせいなんだからさ」
亡くなった両親を思い出し、悲しげな表情を浮かべていた。ユウラの両親は旧ロシア連邦の生物兵器の影響で発病した不治の病によって、日々肉体を蝕まれ、3年前に他界していた。
旧ロシア連邦が開発し、アメリカが敗北する要因のひとつとなった生物兵器【ヴィイ・ウイルス】。ロシアに古くから伝わる【死を運ぶ妖精ヴィイ】からその名を取った感染型の生物兵器なのだが、その威力は妖精のようなメルヘンチックなものではなかった。爆心地を中心とする半径230km、旧アメリカの国土ほぼ全ての生物が死滅した。そして、濃度が薄まったウイルスは風に乗って全世界へと拡散され、不治の病が蔓延していった。反アメリカ同盟国は、事前にワクチンを投与していたため、被害はなかったが、旧アメリカとの繋がりが深かった日本は、その影響をもろに受けた。空気感染による第一被爆者は1年保たずに命を落としたが、10歳未満の子供や母子感染により生まれた子供たちの死亡率は低く、平均寿命50歳まで生きることができた。その為、第一被爆者の孫にあたるユウラたちにはヴァイ・ウイルスによる影響はなく、第四次世界大戦以前と変わらぬ健康体を取り戻している。
1つだけ大きく変化したことといえば、日本の人口の九割以上が20代前半から20代前半を占めているということである。その大半が、ユウラのように親族を亡くし、孤独の身となった者たちが殆どなのだ。
「お前、親父さんたちの命を奪った戦争に行くかもしれないんだぞ? それでも参加するのか?」
「戦争を無くす為の戦争なんだろ? これ以上、誰かを失う辛さを味わうくらいなら、ルカと一緒に居られる方を選びたいだけだよ。勝っても負けてもさ」
「ユウラがそこまで言うなら、止めないけどさ。っていうか、お前ALICEに名前なんかつけてたんだな」
「クラフターなら大体の人がALICEに名前つけてるぞ。それに俺は家族同然だと思ってるから総称で呼ぶのも変な話だろ?」
「それもそうだな」
「だろ? だから俺は兵器としてじゃなくて、家族を失わない為に参加しようと思う」
「ユウラにはユウラなりの理由があるもんな。それに参加するだけが条件なら、初戦敗退でも良いってことだろうから、適当に流してれば問題ないか」
「ったく、アルマは真面目で賢いけど、臆病というか逃げ道ばっかり見つけるよな」
「安全に越したことはないだろ? それに兵士に選抜されたら、妹さんも危険な目に合わせることになるぞ」
「どんな状況においても、ルカを守るのがクラフターである俺の役目さ。それはそうと、この間お願いしてたやつは出来た?」
「そうだったそうだった。これを渡しに来たんだった」
「さっすが、仕事が早いねえ」
「まあね。とは言っても、俺は開発案を考えるだけで製作に関しては別業者に依頼したんだけどな」
「またまた謙遜するなって、アルマの開発案がなけりゃ作れなかったんだしさ」
「煽てても値引きしてやんねえからな。ほれっ」
アルマは、背負っていたリュックの中から、掌ほどの小包を取り出しユウラに投げ渡した。
「サンキュー!」
「ちなみに何に使うんだ?」
「そりゃあ、ルカの改造に使うに決まってんじゃん!」
「そのバネをか?」
「すぐ取り付けるから、適当に座って見てろよ」
「はいよ」
ユウラは、1円玉の棒金ほどの太さと長さがあるバネの製作をアルマに依頼していた。見た目は普通なのだが、1tの力を加えなければ、縮めることができない程の反発力がある。通常ならばそれに見合った大きさと太さが必要だった為、どこの業者に頼んでも答えは決まって不可能の三文字だった。しかし、アルマは真面目な性格とは裏腹に、常識に囚われないところがあり、常識的には不可能なことでも、可能にしてしまう発想力を持っていた。
そのバネを受け取ったユウラは、専用の機械でせっせと圧縮し、ルカの足元、人間でいうアキレス腱辺りの部品と取り替え始めた。
「どうだ、ルカ? 何か異常はあるか?」
「特ニ問題ハ、アリマセ……、ア、ソコハ、イヤ、ヤメテ」
「お前声までボカロにしてんのかよ。つか、反応がおかしくねえか」
「あ、元に戻すの忘れてた」
バネを取り付け終えると、ルカの喉元を開き、ボーカロイド用声帯装置を取り外し、通常の声帯装置をはめ込んだ。
「これでよしと」
「もう! お兄ちゃん私のこと弄りすぎだよ! 良い加減にしないと怒るからね!?」
「ごめんごめん。でもこれで足首が細くなって綺麗になったろ?」
「ひっどーい! それって私の足が太いってことじゃない!」
まるで、本当の兄妹のように会話をしている2人を見て唖然とするアルマ。それもそのはず、人工知能を搭載した少女型戦闘兵器だったとしても、ここまで表情豊かに話す姿を見たことがなかったからだ。
元々は潜伏・暗殺用に作られたのだから、それなりに人に近い存在でなければならないから、これぐらい当たり前のことなのかもしれない。しかし、ルカのそれは正式なALICEにはないものだった。
通常、感情を持った人間としてのALICEではなく、相手に悟られず潜伏・暗殺を成功させる為に必要最低限の日常会話や違和感のない行動をするようプログラミングされている正式なALICEは、兵器としての性能を優先的に開発されている為、暗殺の妨げになるような感情を排除し、人間性を最小限に抑える仕様になっている。
一方で試作品ALICEは、作戦の第一段階である潜伏のスキルを上げる為、人間に馴染み、普通の人として認識されることを目的として作られている。その為、兵器としての性能は劣っているが人工知能の発達が著しく感情豊かに表現することが可能となっている。
だからこそ、試作品ALICEであるルカは、ユウラの本当の妹として成り立っているのだ。実際にルカ自身も自分のことを兵器としてではなく、少し特殊な能力を持った人間として認識している。
「お前のALI……妹さん、すげえな」
「すっげえ可愛いだろ?」
「そういうことじゃなくて」
「お兄ちゃん、この人は?」
「ああ、大学の同級生でアルマっていうんだ」
「アルマさんですか。私のデータにないということは初対面ですね。初めまして、ユウラお兄ちゃんの妹のルカです。いつも兄がお世話になっています」
「い、いえいえこちらこそ」
私のデータって、そこら辺は機械っぽいんだな。と、アルマは意外そうな顔をした。
「それにしても、妹さんの足を細くするために特注のバネを作らせたのかよ」
「そうだけど?」
「ガチで?」
「うそうそ。細くしてやりたいっていうのは本当なんだけどさ。ルカって見た目以上に重いからそれを支える強力なバネが必要だったわけよ」
「は? ってことは、体重1t以上あるってことか!?」
「お兄ちゃんたち体重の話はやめてよ! ほんとデリカシーがないんだから!」
「兄ちゃんは悪くないぞ。デリカシーのない質問をしてきたのはアルマだ」
「お、俺のせいかよ」
「冗談だよ。そんなに重かったら床が抜けてるだろ」
「びっくりさせんなよ」
「まあ、正式なALICEは相当重くて硬いみたいだけどな」
ALICEは、戦前オーストリアの科学チームがカーヴァインという地球上で最も固いとされる物質を用いて、新たに生成された完全な金属【エルテヴンダーライト】を素材にして作られた最高強度の兵器。
大地が齎した奇跡の鉱物として命名されたその金属の強度はダイアモンドのおよそ300倍。エルヴンダーライトとダイアモンドをぶつけ合えば、氷をアスファルトに投げつけたときのようにダイアモンドが砕け散る。それくらいの硬さがあるおかげで、正規ALICEは質量と密度が高く、見た目以上の重さがある。1tとまではいかないが、500kg以上の重さがある。
一方で試作品ALICEは、正式なALICEに比べて強度は10分の1。重さも一般女性と同じくらいしかない。
「それはおっかないな」
「だろ? その点でいえば我が妹であるルカちゃんは、スタイル抜群のザ・美少女なのさ」
「ザ・美少女ってなんだよ」
「まあ、細さだけじゃなくてわざわざ強力なバネにしたのは、クラフター心と言いますか。兄心と言いますか。どうせ取り換えるなら、機能性に優れたものを付けたいと思ってさ」
「つまり?」
「超美脚なのに、走っても良し。跳んでも良し。最速最強の美脚って訳さ」
「なんだそりゃ、陸上の世界大会にでも出すつもりかよ」
「ははは。面白いこと言うね!」
「いや、面白くねえから」
「あははは! アルマさんって面白いですね!」
「え?」
工房にユウラとルカの楽しい笑い声が響き渡る。
表の通りでは、未だ国民たちのどよめきが続いているのに対して、5か月後に【ALICE♰CRAFT】に参戦する当事者の2人は呑気に笑っている。正直、現段階で【領土争奪戦】と【ALICE♰CRAFT】が開催されるという現実を受け入れられている者はごく僅かだろう。大半の人は、大規模な映画予告でも見ているような感覚に違いない。もちろんユウラ達もそんな感覚を覚えていたのだが、工房に現れた新たな訪問者によって、これは現実なのだと実感することとなる。