18.It takes all sorts to make a world.
スズナは新東京大学クラフター専攻科を卒業後に、一般企業やユウラのようにクラフト工房を持つことはなかったが、その飽くなき探求心とユウラに対するライバル意識から様々な分野におけるクラフト技術や専門知識を身に着けるためことに時間を費やしていた。その内の1つが、軍事用クラフト技術である。
プロテクトを取り付ける際に事前に施していたクラフトは、軍事用クラフト技術の1つであり、日本の誰もが知っている物を応用したものだ。
「もう、クラフトして終わっているって、どんなクラフトをしたんだ?」
「簡単な技術よ。マジックミラーってあるでしょ?」
「片面からは鏡に見えるけど、もう一方からはガラスみたいに透けて見えるっていうあれだろ?」
「そう、原理はそれと似たようなものよ。プロテクトにプログラミングされているものは、単純に全てを遮断するでしょ? ここで使用されているプログラミング言語は、国の上層部が管理する開発局で独自に作り出したものだから、一般的には知られていないのだけど、その言語を利用して新たなプログラムを組めば簡単なことよ」
「いや、何となく理屈は分かったけど、何でお前がそのプログラミング言語を知っている?」
「私の知り合いにその開発局で働いている人がいるのだけど、その人に無理を言って教えてもらったのよ。とは言っても、交換条件で1年くらいはそこの開発局に勤めていた頃があったのだけどね」
「お前何気に凄い事していたのか」
「少しは見直したかしら?」
「元々お前のことを蔑んで見たことねえから」
「以外ね。取り敢えず、プログラムが上手く組み込まれているか確認してみましょう。レイ、私の声が聞こえているなら、プロテクトを解除してみて」
スズナが指示を出すと、すぐにプロテクトが解除されレイの姿が再び現れた。
「プロテクト解除致しました」
「どうやら成功みたいね」
「じゃあ、そのプログラムをルカのプロテクトにも組み込んでくれ」
ユウラは姿の見えないルカに向かって身振り手振りで、プロテクトを解除するように伝えたが、プログラムを組み込んでいない為、ルカの方からも外部の情報を認識することができない。結果的にユウラの動きが見えているわけもなくルカはプロテクトの解除をするタイミングを失っている。
「妹ちゃんの姿が見えないと組み込みようが無いわね」
「もう少し待ってくれ、多分そろそろ自主的にプロテクトを解除すると思うから」
それから5分程経過した後、ルカは自主的にプロテクトを解除した。
「良かった。これでプログラムが組み込めるな」
「え? もしかして、何かあったの?」
思ったよりも早く、プロテクトを解除してくれた事に安堵の表情を浮かべたユウラを見たルカは、何か大変な事が起こっていたのかと不安そうに言った。
「心配するな。ルカに取り付けたプロテクト発生器に俺達の声とか外部の情報を取り込めるようにプログラムし直すだけだからさ」
「そうだったんだ! じゃあ、安心だねっ!」
プロテクトを起動した際、内側から見ると光も音も全て遮断される。一次予選でユウラ達が一度経験した状態になっていた。人工知能を搭載していないロボットであれば、恐らく自身の機能が停止するかプロテクトが老朽化で壊れない限り、半永久的にプロテクトを起動したままだったはずだが、幸いにも人工知能を搭載しているルカには、多少なりとも暗闇に対する恐怖や孤独感と似た感情が生じている。その為、5分程でプロテクトを解除し、外部の情報が取り込めると聞いた瞬間、安心して不安げな顔から笑顔に変わっていた。
スズナの手によって、ルカのプロテクトに新たなプログラミングが施された。これで、外部からの情報を取り込めるようにプログラムされたプロテクトを用いたステルス少女型戦闘兵器ALICEが完成した。
「これで、潜入と潜伏に関しては問題なさそうだな」
「後は、捕獲に必要なクラフトよね。 私はレイに上空からターゲットを捕捉させて、捕獲させるけど、相手が武器を所持していたら幾らステルス機能を搭載していてもかなり厳しいわよ?」
「そこなんだよな。さっきの静止画を見る限りだと、装着型のクラフトはされていないっぽいから、今のルカとレイちゃんみたいに内蔵型って考えたほうが良いよな」
ALICEにクラフトを施す際、身体の外部に様々な部品や武器を取り付ける装着型クラフトと内部の部品を取り換え、改造を施す内蔵型クラフトの二つに分けられる。ユウラがルカに施しているクラフトは声帯装置の取り換えと人間のアキレス腱部分にあたるバネを取り換えた内蔵型クラフト。スズナがレイに施していた飛行用の翼は、ぱっと見、装着型クラフトに思われるが、背中に取り付けていたわけではなく、内蔵していた骨格を変形させて翼を作り出している為、これも内蔵型クラフトである。より人間に近い存在として人々の生活に溶け込むため、製造されたALICEに施すクラフトとしては内蔵型クラフトが一般的だ。その為、個体による質量の差で、クラフトの内容が変わってきてしまう。個体の質量に合わないクラフトを施せば、肉体の表面に不自然な凹凸が出来てしまい、人間とは程遠いものになってしまうのだ。そういった点を踏まえながら、質量や形などに細心の注意を払いならなければならない内蔵型クラフトは、取り付ける部品や武器に限りがある。
「内蔵型クラフトだとして、武器を装備させるとしたら軽量化されたものよね」
「多分な。お前だったら何を選ぶ?」
「私だったら、手堅くピストル系かな。一応、大人数に取り囲まれるって考えたらマシンガンタイプかしらね。ユウラだったら何にするの?」
「俺か? 俺がミヤギ・ヒロだとしたら、戦闘用の武器じゃなくて逃走用の武器を選ぶかな」
「例えば?」
「そうだな。M84スタングレネードとかかな」
M84スタングレネード。正式名称【XM84】は、第四次世界大戦中に旧アメリカ軍が使用していたとされる閃光弾のようなもので、閃光発音筒やフラッシュバンと呼ばれることもある。使用した際に、強烈な爆発音と蝋燭の光の100万倍以上の閃光を放ち、突発的な目の眩みや耳鳴りを引き起こすことで一時的に方向感覚を失わせ、自分の居場所が分からなくなる見当識障害を引き起こす事が出来る。爆発自体は小さく、それによる被害は最小限に抑えられた作りをしている為、非致死性兵器にも分類されている。
「これまた、昔の武器の名前が出てきたわね」
「今は新しい武器の製造が禁止されているから仕方ないだろ」
日本では武器の使用が基本的に禁止されている為、武器製造工場などが存在しておらず、自国の防衛のために必要な武器は昔、国外から輸入していたものを使用している。その為、日本で保有している武器には限りがある。
「まあ、逃走を優先に考えたら一番効果的に相手の動きを封じられるわね。でも、それってALICEには有効なのかしら?」
「実際に使ったことないから、詳しくは分からないけど、対人間用だからALICEには効果はないと思うぞ」
「レイ。あなたにM84スタングレネードを使用した場合の被害予測は可能?」
「はい。ある程度の予測は立てられます。爆発音による聴覚異常は、マイクロホンアレイを調整して、特定範囲の音声のみを取得するようにすれば問題ないです」
マイクロホンアレイは、複数のマイクロホンを耳の異なる位置に配置したものである。ALICE以外にもお手伝い用や作業用の簡易アンドロイドにも標準装備されている装置だ。これは、視覚情報と音の振動をセンサーで探知し、配置したマイクの位置を調整することで特定の音を認識して対応する事が出来る技術。
「じゃあ、聴覚に対する被害はほぼないという事ね」
「ですが、視覚異常については軽減することが難しいです」
「ずっと瞼を閉じているわけにはいかないものね」
「お嬢様のおっしゃる通りです。私には、お嬢様のように瞬時に危機を察知し瞼を閉じる事が出来ません。ある程度予測していれば多少は軽減することが可能ですが、光の速さに対応するには、それ相応の対策を練る必要があります」
ALICEには人間が表情豊かにする為の表情筋がない。必要最低限の表情を作る為に人間らしい顔立ちとそれを自在に操る構造をしているのだが、人間のような動体視力と反射神経を持ち合わせていない。この2つを補うために膨大な量の情報を瞬時に取り込み、次なる動作に移ることで普通の人間として生活することを可能にしてきた。しかし、今回のように不確定要素を多く含んだ状態では、数千通り以上のパターンを常に用意しておかなければならない。それでは、さすがのALICEでも瞬間的な動作に移るための処理能力が足りない。今、ユウラ達が行っているのは全く授業を受けていない状態で無謀にも山を張ってテストに挑む学生と同じことをしようとしているのだ。
「あのさ、光に対する対策なら簡単じゃないか?」
「あんた何を言っているの? 起爆地点から15m以内に100万カンデラ以上の閃光が放たれるのよ!? 音なら事前に調整しておけば対応できるけど、光は無理でしょう?」
「光に対しても事前に対応したらいいじゃないか。両目のレンズにフィルター掛ければ問題ないだろ? ほれ、見てみ」
ユウラはルカの目を使って、フィルターを操作して見せた。両目に内蔵されているレンズは通常フィルターと暗視フィルター、そして減光フィルターの3つの層に分かれている。これらを巧みに使いこなすことで人間と同等以上の視覚がある。
「でも、そのフィルターだと100万カンデラ以上の閃光には無意味よ」
「カメラのフィルターにND-Millionっていう減光フィルターがあっただろ? あれを加工して、フィルターを4つにしておけば多少は軽減できると思ったけどな」
ND-Millionは、光量を100万分の1に軽減してくれるため、M84スタングレネードが放つ閃光にも対応できると考えたのだ。
「カメラにそんなフィルターがあったなんて初耳だけど、あんたカメラなんかに詳しかった?」
「詳しいって程じゃないけど、コスプレイヤーさんたちを如何に美しく、より可愛く写すのか研究していたら自然に覚えただけだ」
「待って。あんたコスプレイヤーの写真を撮っているわけ!? かなり引くわ」
エリア3の13地区に住んでいるユウラからしてみれば、ごく当たり前のことで寧ろ、コスプレイヤーを撮影しないというが逆に責められてしまう。これはクラフターの聖地もといオタクたちの聖地である秋葉原では常識だ。しかし、13地区外に住んでいるスズナからしてみれば、それは異常な事だった。
「別にお前がどう思おうと知ったことじゃねえから。これは俺の楽しみの1つだし、お前にとやかく言われる筋合いはない。つか、今はそれよりフィルターを探すほうが先だろ」
「あんたの趣味を否定するつもりはないけど、私には受け入れられないわね」
「うるせえよ」
二人は軽く言い合いをした後、互いに目も合わせないまま格納庫にある資材の中からND-Millionを探し始めた。何故、口喧嘩に発展してしまったのか理解できないルカとレイは互いに顔を見合わせ、首を傾げると自身のクラフターの下へ駆けて行った。
一方で、ミヤギ・ヒロおよびALICEと思われる女性の動向を監視していたクダイ領長に女性の姿が防犯カメラの映像に映し出されたという情報が入っていた。
「これがミヤギ・ヒロのALICEなのか? 次は何処に向かおうというのだ」
女性が現れたのは、新東京メトロ第1区駅に程近い道路沿い。24時間すべての会社、店がフル稼働しているとは言え、午後11時30分を過ぎた夜遅くにOL風の女性が単身夜道を歩いているのは、あまりにも不自然。何らかの事情があるにせよ、絶対的な治安維持を前提にしている防犯システムに必ず引っ掛かる。その事は、この日本に住んでいる限り誰もが知っている常識。それはミヤギ・ヒロも例外ではないはずなのだが、ALICEと思われる女性の行動は注目してくれと言わんばかりのものだ。過去3日間の間に防犯システムが収集したデータの中に、この女性に関する不審な情報は一切残されていない。意図的に削除されたのか。誰にも気づかれないようにデータを改ざんされていたのか。何れにしても、ミヤギ・ヒロの存在に気付き、自衛隊員を新東京メトロ第1区駅に向かわせた時点で目立った行動をしないはずなのだ。彼はそれほどまでに用意周到かつ慎重に、今の今までその存在を認識できないほど緻密に計算された計画を下に行動していた。それが、突然姿を現したと思えば、芋づる式に正体不明のALICEと思われる人物まで現れたのだ。本来ならば、素直に喜ぶべきところなのだろうが、相手が相手だけに腑に落ちない点が多かった。
様々な憶測がクダイ領長の脳内で展開されていた。まるで、難解な事件を紐解いていく敏腕刑事のように。そして、クダイ領長はハッとする。
「まさか、ミヤギ・ヒロは目的を達しているのか?!」