16.Something is better than nothing.
暗雲立ち込め、雲行きが怪しくなり始めると、ユウラはアルマから転送装置が不具合を起こして使用不可になっていたという話をしていたことを思い出した。
「ルカ、転送装置が不具合を起こし始めた正確な日時を調べてくれるか?」
「転送装置の不具合だねっ! 検索してみる!」
ユウラは格納庫に待機しているルカに指輪型の通信機を使って指示を出した。指示を受けたルカは、大手IT開発会社のデータベースにアクセスすると、転送装置について調べ始めた。
「何故、そんな事を調べさせている?」
「まだ、ミヤギ・ヒロが転送装置を使用して逃亡している確証が得られていない以上、作戦を立てようが無いですからね。彼が逃亡したと思われる日と、転送装置の不具合が生じ始めた日が重なれば、逃走時刻と最初に逃走で使用された転送装置がどこのものなのか見当がつきます」
ユウラは、転送装置の不具合が発生した時刻と場所を特定し、ミヤギ・ヒロの逃亡した日が一致した場合、不具合の原因が彼の逃亡に起因したものだと断定できる。そして、その原因が生物を転送する為に必要不可欠なものだとすれば説明が付くと考えたのだ。
「お兄ちゃん、転送装置の不具合は3日前の午後9時23分10秒に発生しているみたい」
「場所は?」
「新東京大学」
「新東京大学だって!?」
「どうかしたのか?」
「いえ、俺が通っていた大学だったので」
「そうか。それで何か見当は付いたのか?」
「確証はありませんが、恐らくミヤギ・ヒロは旧国会議事堂を出た後、何処かしらでMOTHER&FATHERから自分のデータを抹消した後、新東京大学へ行き、転送装置に関する研究データと合わせて在学中の全ての情報を抹消していることが考えられます。その後、新東京大学内にある転送装置を使用して逃亡したと思われます」
「ちょっと待ちなさいよ! 彼が自分に関するデータを抹消したまでは分かるけど、どうやって自分を転送することができたのよ?」
大人しくユウラの話を聞いていたスズナがここぞとばかりに口を開いた。頭の良いスズナは、人の粗探しが得意だ。特に自分が劣勢に立たされた時ほど、その能力を存分に発揮する。個人的には、あまり良い気のしない特技だが今回ばかりは的確な指摘だった。
転送装置を使用するためには、必ず送り手と受け取り手が必要なのだ。その点は、携帯電話やスマートフォンが普及していた時代と何ら変わらない。メールシステムを例に挙げるなら、送信する側の端末と受信する側の端末があれば送受信は可能だ。しかし、受け取り手は、メールを開くという作業を手動で行わなければならない。転送装置も同じことだ。
転送装置も光子化された粒子とそれを構築する為のデータを送信先で自動的に受信することは可能だ。しかし、光子化された粒子と構築データを用いて再構築する為には人の手が必要なのである。現在普及している転送装置は、大量の光子化された粒子と構築データが入り乱れる中で送受信が行われている。その中で、微量でも別の粒子や構築データが混在してしまう恐れがあった。もし、そうなってしまえば人の手を借り不必要な物を取り除く必要があるからだ。万が一、不純物が混入した状態で再構築を試みた場合、再構築は失敗し転送されたものは永久に消滅してしまう。それを踏まえて考えても、人間を転送するという事はかなりの危険を伴う。結果的に研究者たちの間でも人体実験どころか生物実験すらタブーとされていた為、生物を転送した成功事例など存在しない。
「俺もそこは気になっていたけど、恐らく彼の保有しているALICEもしくは一次予選敗退者に協力者がいる可能性がある。まあ、後者の線は薄いと思うけどさ」
「なるほどね。でも、ALICEが協力しているなら内蔵されている専用電子チップの信号をキャッチできるはずじゃない?」
「多分、それはもう対策されているはずだ」
「ああ、そういうことね。あんたにしては良い考えね」
「おいおい。2人で完結されても困るぞ。私にもわかりやすいように説明してくれるか?」
「すみません。一応、転送装置の原理ついて少し考えればクダイ領長も分かるはずです」
「ここまで話して何を勿体ぶっているのよ」
「別に勿体ぶっているわけじゃ……」
「仕方ないわね。私が説明します。まず、あらかじめALICEを所定の場所に転送します。その際に、光子化された粒子の中にALICE専用電子チップも含まれていますが、もし構築データにその情報が含まれないまま、再構築されたらどうなると思います?」
「電子チップは再構築されないということか」
「そういうことです。そうすれば、ALICEが何処に現れようと検出されない。多分、同様の手順でミヤギ・ヒロ自身の中にある電子チップも破棄したと考えられます」
「となれば、電子チップを用いて捜索をしても無駄という事か」
「クダイ領長、ミヤギ・ヒロはまだ第1区駅に潜んでいる可能性があります。やはり俺たちも急いで向かったほうがいいと思うのですが……」
「いや、ここまで分かっているのであれば確実に捕らえる方法がある」
クダイ領長はそう言い残すと、通信ボタンを押し、ある場所へ連絡を取り始めた。ある場所というのは、ミヤギ・ヒロが勤務していた大手IT開発会社、つまり転送装置を製造、管理している場所だ。モニターに社員と思われるスーツ姿の男が映し出された。
「第3エリア領長のクダイだ。転送装置管理部へ繋いでくれ」
『こちら転送装置管理部です。クダイ領長様本日は如何なさいましたか?』
「忙しいところすまないが、過去3日間に転送装置が起動した場所のデータを転送してもらいたい。それと、これから転送装置が起動した場合はリアルタイムで第3司令部に転送するようにしてくれ」
『簡易的で宜しければすぐにでも転送することは可能ですが、それでも宜しいでしょうか?』
「ああ、それで良い。頼んだぞ」
話し終えると、転送装置管理部の社員から転送された情報がモニターに映し出された。
「さて、ターゲットを捕獲するには冷静な分析力と対応力が求められるが、元々一国民である君達には荷が重かろう。私が捕獲に関する作戦を練る、君達はそれに対応したクラフトを頼みたいのだが、それで良いな?」
「確かに俺達の専門はクラフトであって捕獲ではないですからね。構いませんよ」
「私も異論ありません」
昔から捜査において情報は何よりも重宝するものであり、絶対的な力に成り得るものだ。情報力が必要不可欠なものだという事をクダイ領長は身をもって知っている。水を得た魚のように息を吹き返したクダイ領長、無謀だとさえ思えたミヤギ・ヒロおよび保有するALICEの捕獲作戦を練り始めた。
「まずは、今送られてきた転送装置起動場所を見てくれ。不具合が発生してから、1番最初に転送装置が起動したのは、ユウラ君が推測した通り、新東京大学だ。そこからすぐ、起動した東京美術館内にある転送装置。その次は、国立科学博物館。その次は、上野動物園、日本武道館と次から次へと移動を重ねているようだ。どういう訳かエリア3から出ようとはしていないようだが、何れにせよ何らかの目的があって移動していると考えていいだろう」
「何らかの目的って、どんな目的が?」
自信あり気に言い切ったクダイ領長に疑問を抱いたユウラは問いかけた。
「それは私にも分からん。これは司令官としての勘だ」
「勘って……」
「まあ、聞け。日本武道館を経由した後に向かったのが、東京ドーム、その後が新東京メトロ第1区駅だ。今まで誰でも聞いたことのあるような場所へ移動を重ねていたにも拘らず、何故ここへ来て駅なのか。おかしな話だと思わないか?」
「確かにそうですよね。しかも、新東京大学からわざわざ回り道をして、西へ向かっているのも気になります」
「そこだ。恐らく彼は何らかの目的を持って西へ移動している」
「過去のデータを見たらそうかも知れないですが、100%西へ向かっているとは言い切れないですよね」
「だから今回は泳がせておく」
「じゃあ、次に転送装置が起動した場所から次の行き先を絞り込もうってことですか?」
「その通りだ。恐らく、今回自衛隊員を派遣したことで警戒心を強めているだろう。それでも西へ向かっているのだとすれば、確実性が増す」
「そんな回りくどいことをしなくても、次に現れそうな場所を限定して自衛隊員を配備しておけば良いのではないですか?」
回りくどいことが嫌いなスズナは、いち早くユウラと自分のどちらが優れているクラフターなのか白黒付けたかったこともあり、不服そうな顔をして意見した。実際にALICEの暴走を考慮しても悠長にミヤギ・ヒロが姿を現すのを待っている時間もない。
「君の言うことは一理ある。しかし、その一理の為に国民の命を危険に晒すわけにはいかない。私はね、日本国民の命を預かる身として慎重に決断を下さねばならない。石橋を何度叩いても、確実だと分かるまではね」
国民の命を預かるプレッシャーはユウラ達の比ではない。アマテラス国王にこの重大な任務の指揮を任されている以上、失敗は許されない。慎重になるのも無理はないのだ。
「私が軽率でした。国民の命が懸かっているのに……」
任務の趣旨を履き違え、私利私欲を優先して考えていた自分に対して嫌悪感を抱いたスズナは、申し訳なさそうに俯いた。
「気に病むことではない。どれだけ危険な状態だと分かっていても、背負っているものが違えば、考え方も変わってくるだろう」
「私たちはどうしたら良いでしょうか」
「君たちには、対ALICE用の追尾システムと捕獲用の装備を各ALICEにクラフトしてもらいたい。ミヤギ・ヒロの行動パターンが分かったところで、ALICEに関する情報がない以上、我々に出来ることは限られる」
「ALICEに関しては進展なしのまま作戦実行しないといけないってわけですか。それこそ本末転倒な気がしますけど……」
確実性について語っていたにしては、本作戦の本命であるALICE捕獲に確実性がないとユウラは異論を唱えた。
「不本意だが、そういう事になる。本来ならば、ミヤギ・ヒロを捕獲後に尋問しALICEの情報を吐かせた上で作戦を組み立てたかったが、ALICEの情報を素直に提供するとは思えないからな。僅かな可能性に賭けるよりも幾らか対処できるはずだ」
「分かりました。どこまで通用するか分かりませんが、最善を尽くします」
「すまないな。ミヤギ・ヒロの転送先が把握できるまでの間にクラフトを済ませておいてくれ」
「了解」
「了解しました」
ユウラ達は、腕を胸の前で組みながらモニターを見つめるクダイ領長を尻目に、ルカとレイの待つ格納庫へ向かった。
「スズナ、この作戦上手くいくと思うか?」
「あら、あんたが私に質問してくるなんて珍しいじゃないの。もしかして、怖気づいちゃったの?」
「質問を質問で返すなよ」
「私が分かるわけがないでしょ。普通のクラフトならまだしも、国民の命が懸かっている任務なんて……」
「悪い。俺ちょっと弱気になっていたかも知れない」
「本当に珍しいわね。珍しく良く喋ると思ったら、私の前で弱気になるなんて槍でも降るのかしらね」
「お前、俺を何だと思ってたんだよ?」
「アニメオタクのクラフトマニア。根暗で友達も少ないくせに、私よりもクラフトが上手いとか言われているいけ好かない奴。あ、あとシスコンだったわね」
「お前、俺のことそんな風に思ってたのな」
「だから、あんたに負けているなんて言われている分野があるのが気に入らないのよ」
「はは。さすがスズナお嬢様、この状況でもいつも通りか」
いつもと変わらないスズナの対応に安心したユウラは、ふっと笑みを浮かべた。
「当たり前でしょ。てか、あんたにお嬢様とか言われたくないからやめてよね」
「へいへい、どうもすみませんでした。お嬢様」
「あんたバカにしてるでしょ?」
「滅相もありません」
互いの緊張を解すかのように、くだらない痴話喧嘩をしながら歩いていると、二人の接近に気が付いたルカが慌てた様子で走ってきた。レイもその後に続いてゆっくりと向かって来る。
「お兄ちゃーん!」
「ルカ!? どうした!?」
「レイも命令を無視するなんで、何かあったの?」
「申し訳ありません、お嬢様。実は先ほどALICEと思われる個体を発見したので、至急ご報告にと——」
「ああああ! ルカが先に教えようと思ったのに! レイちゃんフライングだよ!」
「ごめんなさい、ルカお姉様」
「え?」
「お、お姉様?」
ALICEの情報を入手したかもしれないという事よりも、いつの間にか仲良くなっているルカとレイに驚きの色を隠せないユウラとスズナはキツネにつままれたような顔をしていた。