13.Better the devil you know than the devil you don't.
焦りを感じつつも、ミヤギ・ヒロと行動を共にしているALICEの暴走までの時間に関してある程度の予測が立てられた。しかし、捕獲任務に際して新たに2つの問題点が浮上していた。
「ミヤギ・ヒロのALICEには、どんな改造が施されているんですか?」
「確かにそれが分からないと、私たちも対処方法を考えられないわ」
一つは、ALICEにどのような改造が施されているのか。
基本的に日常生活をより快適にすることを目的とした改造を行うのだが、逃亡する人間が何の武装も無しに逃げ回っているとは考え難かった。仮に武装していないとしても、逃走に必要最低限の改造を施しているはずなのだ。
「残念だが、ミヤギ・ヒロがALICEに改造を施したというデータは残っていない。と、言うよりも奴のクラフターとしての実績に関するデータが全て無いのだ」
「え? それは変じゃないですか?」
「変っていうか、データが無いなんてあり得ないわよ! 私たちはクラフター資格を取得した時点で、改造や開発に関するデータは全て記録されて管理されているはずでしょ?」
最も危険度の高い兵器であるALICEの保有を許されたクラフターは、ALICEに関する情報を自衛隊と国の特務機関に開示する義務があった。故にデータが存在していないことは不自然だった。
「その通りだ。君たちクラフターと保有するALICEに関する情報は、一般の国民以上に厳重に管理され、どんな些細なことも全てMOTHER&FATHERに記録される。だが無いのだ。記録が残っていたという痕跡も、抹消されたという痕跡も何一つ残されていない。データベース上で確認できるものが無い」
「MOTHER&FATHERは世界最高峰のメインコンピュータでなんですよね?!」
自分の常識の範疇にない内容にどうしても納得がいかないスズナは、食い気味で訊いた。
「そうだ」
「尚更納得できません! データの書き込みは基本OSに標準装備されているアプリケーションを用いているはずですよね。しかも、MOTHER&FATHERに書き込まれでいるはずのデータの痕跡が一切無いなんて絶対あり得ない話ですよ!?」
「俺も同じ意見です」
クラフター及びALICEに関する情報は、国の特務機関が開発したオペレーションシステム【JACS】が搭載されたコンピュータに標準装備されているアプリケーションを使用して書き込みを行い、数百を超える様々なセキュリティシステムを経由した後にMOTHER&FATHERに記録される。特務機関に対する情報の共有は、ALICEを保有しないクラフターにも義務付けられている為、少なくとも週に一度は必ず書き込みが行われる。もし、書き込みがなかった場合は特務機関からクラフター資格剥奪警告の通達があり、それでも書き込みが行われなかった場合は、問答無用でクラフター資格を剥奪される。よって、クラフターであるミヤギ・ヒロに関するクラフターのデータが無いということはあり得ない。
仮にMOTHER&FATHERからデータを抹消するとなると数百を超えるセキュリティシステムに残されているデータを抹消した上にMOTHER&FATHERのメインシステムに侵入し、電子媒体内のデータを特殊なハードウェアやソウトウェアを使用して書き換え抹消する必要がある。しかし、毎秒ごとに何兆通りの暗号コードが並び替えられ、外部からの侵入を拒絶するセキュリティと日本各地から選りすぐられたホワイトハッカー達によって完璧なハッカー対策が成されている。事実上、データを抹消することは不可能なのである。
「君たちの言う通り、本来ならあり得ない話だ。だが、現実にデータが存在していない。それは事実だ」
「でも、それってつまり——」
現実に起こってはいけない事が起きてしまった事実に、動揺するスズナは言葉に詰まってしまった。
「ミヤギ・ヒロは、ホワイトハッカーを凌ぐハッカーの知識と技術を持ったクラフターという事ですか」
「考えたくはないが、その可能性が高いだろう。恐らくALICEに施している改造も並みのものではないはずだ」
「ちょっと待ってくださいよ! それじゃあ、私達に対抗できる手段なんて無いじゃないですか?!」
「君達を召集したのは他でもない。今いるクラフターの中でもトップクラスの頭脳とクラフター技術を持っている君達なら対抗しうる可能性があるという結論に至ったからだ」
「俺達が」
「対抗できるですって!?」
「そうだ。これは八領長会議で話し合った結果だ」
一次予選を通過したクラフター達がパトロールをしている最中、領土戦を前にして日本存亡の危機に直面したアマテラス国王は8人の領長たちを集めて緊急会議が行っていた。
最初はALICEの活動を停止させる為に、MOTHER&FATHERを一時的に停止させるかどうかの議題だったが、それはすぐに否決された。理由は簡単だ。日本経済や暮らしの一部として浸透しているシステム全てを停止することになり、更には全てのALICEが停止することになる。そうなれば、丸裸同然。他国から攻め入られればひとたまりもないからだ。
残る手段は2つ。破壊か捕獲。
破壊に関しても、問答無用で却下だ。もし、ALICEを地上で破壊してしまった場合に起こり得ることと言えば、ただ1つ。
それは核爆発だ。
ALICEが核弾頭そのものと言っても過言ではない。万が一、ALICE破壊に伴う核爆発が起きれば、第二次世界大戦時に広島や長崎に投下された核爆発とは比にならない程の威力で日本のみならず世界に大打撃を与えることになる。広島に投下された核爆弾【リトルボーイ】と比較した場合、リトルボーイの威力が約20Kt、対してALICEが核爆発を起こした場合の威力は100Mtで、リトルボーイの約5000倍の威力があるとされている。
広島原発の際、爆心地付近の表面温度が最高で8000度以上になり、周囲の家屋を一瞬にして燃やしてしまった。人々にも甚大な被害を与え、灼熱地獄により皮膚は焼けただれ見るも無残な姿と化してしまっていた。熱傷の被害は半径3.5キロにも及び、更には致命的な放射線被害が半径2.4キロという正に地獄のような状態だった。
単純にその被害範囲が5000倍だと考えたとするなら、半径17500キロの地域で核爆発の被害が起こることになる。この数値はあくまでも簡単な計算で算出したものに過ぎないが、半径17500キロという数字を聞いて想像が付くだろうか。
地球の半径が約6378キロ。つまり地球の約3倍の範囲が核爆発の被害を受けることになるのだ。つまり、ALICEが一体でも核爆発を起こせば、地球は灼熱の死の星になってしまう。よって、ALICEの破壊は却下。機能を停止させれば、核爆発を起こさずに破壊することは可能だが、MOTHER&FATHERの停止は既に否決されているため不可能。その結果、最終的に残されたのは捕獲の一択のみという訳だ。
捕獲に論点が絞られた際、ミヤギ・ヒロのクラフターとしての実力と脅威になり得るハッカーとしての実力を加味し、最善策を考える必要があった。その中で白羽の矢が立ったのが、クラフター資格試験で初となる筆記科目を全て満点で合格したネノカミ・スズナと実技科目で断トツの実力を発揮し、類い稀な才能を見せたアズマ・ユウラだった。
「ちょっと待って下さい! 私達にどうしろと言うんですか!?」
「落ち着けスズナ。クダイ領長達も考え無しに決めた訳じゃないんですよね?」
「勿論だ。君達にはミヤギ・ヒロに対抗し得る頭脳と技術がある。1人では太刀打ちできないだろうが、2人なら可能なはずだ」
「嫌です」
「嫌だと? これは日本の存亡に関わる重大な任務だ。君達に拒否権はない」
「ユウラとタッグを組んで任務に就かなくてはならないってことでしょ? それだけは絶対に嫌です」
「今の状況が分かって——」
クダイ領長が怒鳴りつけようとした瞬間、ユウラは軽く手を挙げ自分に任せてくれと口パクで合図をした。クダイ領長は頷き、ユウラに任せることにした。
「スズナ、お前もしかして俺に負けるのが怖いんだろ?」
「は? なんでそうなるのよ」
「お前は頭脳だけは1番って認められただけだからな」
「何が言いたいの?」
「俺と一緒に任務なんてしたら、クラフターとしての力量が分かっちまうからな。実技で1番の俺に負けるのが怖いんだよ、お前は」
「何寝ぼけたこと言っているの? 私がクラフターとして劣っているって言いたい訳?」
「違うのか?」
「違うに決まっているでしょ! 全てにおいて私があんたより上なのよ! そうよね、レイ」
「お嬢様。大変申し上げにくいのですが、残念ながら実技試験の成績を比べると圧倒的にアズマ・ユウラ様の方が優勢です。現時点での差は分かりませんが、当時と変わらないのであれば、確実に負けます」
「レイ!?」
「ほらな、レイちゃんも言っているくらいだからまた俺に負けるのが怖いんだよ。もし、違うって言うなら、俺とお前でどっちが上か今回の任務でハッキリさせようぜ」
「良いわ! あんたのクラフト技術なんかよりも私の方が上だと言うことを証明してみせるわ!」
「だそうです」
「そ、そうか。任務を受けてくれるなら何でも良いが、これは遊びではなく人々の命に関わるということを肝に命じておけ」
ライバル視しているユウラと肩を並べて任務に就くことが、どうしても嫌だったスズナだが、それ以上にクラフト技術で負けていると認めたくなかった。負けず嫌いで単純な性格のおかげで無事任務に就くことが出来る。
「それで、ミヤギ・ヒロの居場所の検討はついているんですか? このままだとエリア外に逃亡すると思うんですが」
ユウラは、もう1つの問題点であるミヤギ・ヒロの居場所について訊いた。
「まだ居場所が掴めていないが、今自衛隊と他のクラフター達がパトロールを行ない、エリア3から出入りする為の通路は全て封鎖しているからエリア外に逃亡する心配はない」
一次予選が開始されている最中に、エリア3の出入口を全て封鎖し、検問用の電子チップスキャナー搭載のゲートのみ使用するようにしていた。電子チップの個別の周波数と登録番号、顔で判別している為、一次予選に参加しているクラフターがエリア3の外に出ようとした場合のみ警告音が鳴るように設定されている。
ALICEの危険性や戦争に行くかもしれないというクラフターの不安定な心理状態を考慮した上で、アマテラス国王が独断で決定した事だったが、先手を打ったことにより逃走経路を限定する事が出来た。ミヤギ・ヒロの逃亡が確定した時点で、軍用ALICEも配備され、自衛隊員が私服パトロール隊を編成。その際、いつもパトロールしている軍服姿の自衛隊員たちが居なければ怪しまれてしまう。そこで新たなパトロール隊として、軍服を着用させたクラフターたちのみで編成し、総勢3055名の厳重警備網が敷かれたわけだ。もし、その警備網を掻い潜り出入口ゲートに辿り着いたとしても、如何なる人物であろうと職務質問を行い、それを拒否する者がいれば、男女問わず軍用施設へ連行し、確証が得られるまで尋問を行っている。
「分かりました。ミヤギ・ヒロの捜索はお任せします。俺たちはミヤギ・ヒロと保有するALICEの捕獲に向けて、作戦とそれに必要なクラフト作業に専念します」
「ああ、頼む。クラフトに必要な素材や部品は地下1階の格納庫に準備してある。もし、必要な物があれば言ってくれ」
「了解」
「了解しました」
2人はALICE2機を引き連れて、地下一階にある格納庫へと向かった。
格納庫には、ボルトや配線コード、武器など様々な物資が数百はある高さ8メートル程の棚に陳列されている。日本に存在するクラフトに必要な物資は一般的に市場に出回っている物であれば1つも欠かす事なく準備されている。
「へえ。結構色々揃ってるみたいだな」
「作戦を立て次第、必要なクラフトをするって感じでいいわよね?」
「ああ、それで良いと思う」
ミヤギ・ヒロの顔写真と僅かな個人情報のみという限られた情報から捕獲作戦を計画することは困難を極めることになる。
一刻の猶予も与えられず、決して失敗の許されない日本の存亡をかけた任務。普通に生活して来た2人が今までに経験したことのない重圧を感じさせる中、日本に住む全国民、世界に生ける全てのものの命が最高の頭脳を持つスズナと最高のクラフト技術を持つユウラに託された。