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ALICE♰CRAFT~序章:最愛なる君の記憶~  作者: 夢月真人
2nd.少女型戦闘兵器と姿なき天才
11/26

11.Appearances are deceptive.

「それじゃあ、まだパトロールの途中なので、これで失礼します」

「ちょっと待って」


 サチカは2人を引き留めると、作業台の引き出しから小さな箱を取り出しユウラの元へ持って来た。


「これは?」

「弟がALICE CRAFTERに昇格した時に渡そうと思っていたクラフト用の部品よ。良かったら受け取ってくれる?」

「それって大事なものなんじゃ」

「うん。だからこそ、ユウラ君に受け取って欲しいの」


 そう言うと、そっと手を添えながらユウラに手渡した。


「サチカさん」


 いつもと違うサチカの行動に頬を赤らめながら受け取った小さな箱には、≪昇格おめでとう。いつもあなたを応援しています≫と、可愛らしい丸みを帯びた文字で書かれていた。弟へ向けた想いがその一文から伝わってくる。この部品は心を込めて作り上げたものに違いない。


「ユウラ君、一つだけ聞かせてほしいの。君は日本の為に戦争へ行くつもりなの?」

「日本の為なんて、考えたことないですよ。俺はルカを失いたくないだけです。それに日本の代表として戦地に赴くなんてまだ想像できないし、まだ俺が行くと決まったわけじゃないですからね」

「そうよね。でも、もし戦争に行くことになったら、これだけ約束してほしいの」

「約束……ですか?」

「必ず無事に生きて帰ってきて」


 生きて帰ってきて。


 妙に心に響くその言葉に、ぐっと胸が締め付けられる。戦争に行くかもしれないという現実から無意識に抱いていた死への恐怖がそう感じさせたのかもしれない。戦争に行くということは死へ直結すること。自ら進んで行くものではない。弟を亡くしているサチカにとっては、絶対に行って欲しくないはずだ。しかし、ユウラは弟と同じようにクラフターとしての誇りを持っていることも知っていた。だからこそ、引き止めることはできなかった。


 切なげな表情からその気持ちを汲み取ったユウラは、サチカの目を真っ直ぐに見つめた。


「必ず、生きて帰ると約束します」

「良かった。ユウラ君は約束を絶対に守ってくれるから安心だね!」


 笑顔で気丈に振る舞うサチカだったが、その笑顔が作り笑いだということはすぐに分かった。


「心配しなくても大丈夫ですよ。俺はちゃんと帰ってきますから。それに弟さんの分も——」

「違うよ」

「え?」

「あの子は自分の信念を貫いて、誇り高き一人のクラフターとしてこの世を去ったの。だから、君は自分の信念を貫いてほしい。他の何者でもない、君自身の為に」

「俺自身の為に」

「そう、君自身の為に」

「分かりました。クラフターとしての誇りとルカの為に頑張ります!」

「よく言った! それでこそ私が認めたクラフターね! ほら、そんな辛気臭い顔してないで笑顔、笑顔! 可愛い妹さんの為にも頑張るんだぞ!」


 姉同然に接してきたサチカに背中を押され、店を出たユウラ達はパトロールを再開した。


 最初は驚かせてやろうとサプライズ的な感覚でとった行動だったかもしれない。それでも、ここへ来たことは正しかった。自分の無事を願ってくれる人がいる。帰りを待ってくれる人がいる。これ以上に心強いことはない。


 半ば強制的にALICE♰CRAFTに参加する事になった時は、ルカを失いたくない一心から参加することを決めたが、こうやって自分を信じて見守ってくれる人と約束を交わしたことで、ALICE♰CRAFTにかける想いは違うものになっていった。何かを失いたくないという自分本位な目的ではなく、誰かのために生き抜くと思えることが出来たからだ。


「よし! 気合い入れてパトロール再開だ!」


 ユウラは一段とやる気に満ち溢れていた。しかし、そのやる気とは裏腹に日本は異常なまでに治安が良い。


 日が暮れて街頭の明かりと地面に敷き詰められた日照石が日中に溜め込んだ陽の光を放ち、幻想的な雰囲気を醸し出すメインストリートを2時間近くパトロールしていたが、何らいつもと変わらない平和な日常を過ごす人々を眺める以外にすることがなかった。


 これほどまでに治安が良い理由は実に簡単なことだ。日本は犯罪抑止の為に注ぎ込んでいる金と労力が他国とは桁違いなのだ。


 かつての借金大国と呼ばれていた日本は、国会議員に支払われる給与が他国に比べて異常に多く、給与以外にも歳費と呼ばれる無課税の経費や毎月100万円以上の交通費を支給され、実質年収6000万円程度の収入があったとされていた。未だにそれが全てなのかは謎に包まれたままだが、当時は政治とカネの問題が大きく取り沙汰されていたその事実に低所得者を筆頭に国民の反感を買った。


 その際、学生運動時代の派閥が再び立ち上がり日本国民対日本政府という形でデモ活動が行われた。これは2020年の東京オリンピック開催から10年後の話だ。


 他国のように暴動を起こすことはなかったが、日本の人口の八割が参加したデモ活動は世界が注目することとなり、日本政府も対策を練らざるを得ない状況に追い込まれた。


 その結果、国会議員の中で議論に参加しない議員の解雇、減給措置、無駄な施設の建設を撤廃などの措置が施され、浮いたお金の大半が国民のために使用されることになった。それが国の治安維持と国民の生活水準の向上だ。


 現在、日本全土各所に防犯カメラが設置され、国を守るための自衛隊員の増員に力を入れている。そして、また国民が何らかの理由でデモ活動や暴動を起こさないために、新生児の体内に電子チップを埋め込み国民の管理するようになっていった。


 その為、少しでも怪しい言動をすれば、巡回中の自衛隊員が急行し、職務質問や取り調べを行うことで犯罪を未然に防いでいるおかげで、犯罪が起こる確率は大幅に減少している。


 万が一、事件が起こったとしても実刑がかなり重くなっている為、再犯の可能性もかなり低い。これほどまでに完璧な防犯システムを導入し、犯罪を抑止している状態でのパトロールは本来ならば、自衛隊員だけで事足りる。


 しかしながら、犯罪抑止のためとは言え、自分たちのプライベートが監視されていると国民が知ったら、どうなるだろうか。間違いなく反感を買い、また国のバランスは崩壊してしまうだろう。


 その為、電子チップを使用した防犯システムは自衛隊の上層部と国王しか知り得ない情報だ。もちろん、自衛隊に属する専門技術者という位置づけにあるユウラたちも、その事実を知らされていない。


「なんか変だよな」

「なにが?」

「あれだけ急かされて、パトロールに来たのに何もないなんて、おかしくないか?」

「そうかな? 何も起きないようにする為にパトロールするんじゃないの?」

「だったら自衛隊だけに任せた方が良くないか? それにクダイ領長からも、特に連絡がないし」

「連絡あったよ」

「そっかあ。連絡あったのか……っていつ!?」

「お兄ちゃんがサチカさんに鼻の下伸ばしている時」


 サチカの店に行ってから、何となく素っ気ないと思っていたが、どうやらヤキモチを妬いていたようだ。


「の、伸ばしてない!」

「ほんとに?」

「本当だよ」

「ほんとにほんと?」


 ルカは疑わしそうな顔をして、ユウラの顔を覗き込んできた。


「本当だって!」

「0.5ミリ」

「え?」

「サチカさんのお店にいた時のお兄ちゃんと今のお兄ちゃんの鼻の下の長さが0.5ミリ違う。やっぱり鼻の下伸ばしていたんだね」


 ルカの目に内蔵されたカメラを通して行われる寸分狂わぬ、測量からは逃れられない。ルカの目に内蔵された小型カメラで撮影した二枚の写真をタブレットに映し出すと、ユウラの面前に突き出した。


「こ、これは気のせいっていうか、その時のタイミングで少しは変わるだろ?」

「お兄ちゃん。私に嘘ついたんだね?」

「そ、それよりクダイ領長はなんて?」

「話を逸らさないで」

「兄ちゃんがルカに嘘を吐くわけがないだろ? 本当に誤解だから! なっ? 良い子だから何て連絡が来たのか教えてくれ」

「ぶぅ。もういいよっ! クダイ領長が第3司令部に来るように。ってさ!」


 頬を膨らませて、少し拗ねているように見えるが、何とか諦めてくれたようだ。


「第3司令部か——」


 第3司令部はエリア3の中心部にあり、クダイ領長が指揮をとっている日本の頭脳とも呼べる場所だ。


 そこにはALICEを制御するためのメインコンピュータMOTHER&FATHERがある。旧アメリカがALICEを使用していた際に用いていたメインシステムを引き継ぎ、日本独自に改良を重ねた最新型の制御システムであり、日本の電子機器やネットサーバー、生活における全てのものが正常に作動する為に必要不可欠な心臓部でもある。国民の電子チップを管理しているのも、このMOTHER&FATHERなのだ。


 ユウラは、第3司令部に集まるように指示が出たという時点で何か良からぬことが起きているとすぐに勘付いた。


「何かあったのか」

「それは分からないけど、至急らしいよ」

「至急!? サチカさんの店出てからもう2時間以上経ってるじゃねえか!! 何でもっと早く言わないんだよ?!」

「だって、お兄ちゃんが——」


 また頬を膨らませて、じっとユウラを見つめている。まだヤキモチを妬いていることは明らかだ。ルカは不機嫌になると、機嫌が良くなるまでにかなり時間が掛かる。ここまで人工知能が発達し、人間寄りになってしまうと機嫌を直してもらうのにも一苦労だ。とは言っても、回りくどい謝り方や言い訳をすれば逆に機嫌を悪くしてしまう。それを知っているユウラは、潔く頭を深々と下げた。


「すまん! 兄ちゃんが悪かった! だから、許してくれ」

「やだ」

「ダメか?」

「だって嘘ついたもん。謝るだけじゃ許さない」

「アキバナナプチシューか?」

「違う」

「じゃあ、どうしたら良い?」

「ん」


 ルカは自分の頭をユウラの前に突き出した。


「頭わしゃわしゃ?」

「うん」

「……分かったよ」


 人目を気にしながら犬の毛をわしゃわしゃするように、ルカの頭を撫で回した。


「えへへ」


 綺麗に整えた髪の毛はボサボサになってしまったが、満足気に笑っている。


「これで許してくれるか?」

「うんっ! 許してあげる!」

「ありがとな」


 毎回機嫌を直してもらう方法が違うせいで、どうして良いのか迷ってしまうのだが、今日は頭を撫でるだけで許してもらえたのはかなりラッキーだった。ここでゴネたりしたら、長くて一日は言うことを聞いてくれない。しかしながら、2人の絡みは傍目から見れば、イチャついているカップルにしか見えない。


「あら、こんなところでイチャついているなんて恥ずかしい」


 やはり冷やかす人はいるようだ。と、声のする方に目をやるとユウラたちと同じ軍服姿のスズナがいた。


「スズナ!? なんでお前がこんな所にいるんだよ」

「私は君と違って早速パトロールの任務を与えられていたのだけど、急にクダイ領長から招集命令があって向かっていたところよ。ほんと忙しくて困っちゃう」


 自分は特別なのだと、自信満々に胸を張っている。本当に面倒くさい絡み方をしてくるスズナに溜め息が出てしまう。


「はあ。俺たちもそんな感じだけど」

「嘘……でしょ?」


 まさか自分と同じ立ち位置にいるとは、夢にも思わなかったスズナは、口をあんぐりと開けて驚いていた。


「いや、嘘じゃないし、今エリア3司令部に向かおうとしていたところだし」

「また、あんたなんかと同じな訳? クダイ領長って意外と見る目ないわね」

「ってか、招集があってから結構時間経つぞ。いつも一番じゃなかったのか?」

「もちろん。一番よ。一番遠くの巡回経路を回って、隅から隅までパトロールして回ったわ」

「だから?」

「私は誰よりも遠くで、誰よりもパトロールに専念していた。つまり、私が誰よりも一番国の為に働いているってわけ」

「ああ、なるほどね。今日は誰が一番乗りとかじゃなくて、クラフターとしての任務をトータル的に考えて一番って訳か」

「そういうことよ。全てにおいて一番を極める私だからね。エリア3司令部には最後に行くことにするけどね! どうせ、あんたも一番最後を狙っていたでしょう?」


 相変わらず面倒なくらいの一番への執着具合だ。しかし、今はそんな拘りに付き合っている時間はない。


「そうだな。確かに最後に行こうと思ったけど、至急の召集命令があったからな。丁度スズナもまだここに居るし、俺と勝負でもするか?」

「勝負? 私があんたなんかに負けると思う? バカバカしいし、付き合っていられないわ」

「俺とお前でどっちが一番先(・・・)に第3司令部に着くか勝負しようと思ったけどなあ。やっぱり俺には敵わないってことか」


 ユウラは、スズナを煽れとルカに目配せした。


「そうだよ! お兄ちゃんは日本で一番のクラフターだもん! スズナさんに負けるはずないよ!」

「はい? 私がこいつに負けるなんてあり得ないから! その勝負受けて立つわよ!」


 ルカが拍車を掛けたおかげで、スズナの負けず嫌いな性格に火をつけることに成功した。なんとか超特急で第3司令部に向かうことができそうだ。


「姫様。そんなに気を荒だてては、美しい顔が台無しです」


 スズナの背後からとても綺麗な顔立ちの金髪ポニーテールをした幼い少女がひょっこり姿を現した。


「姫様? なんだ、この子」

「私のALICEよ。名前はレイ。私の可愛い従僕よ」

「こんな幼い姿のALICE見たことないぞ。ってか、お前ALICEに姫様なんて呼ばせているのか? ちょっと引いたぞ」

「あら、あんただってそこのALICEにお兄ちゃんなんて言わせているじゃないの。そっちの方が引くわ」

「ルカは妹だから、俺がお兄ちゃんって呼ばれんのは当たり前だ!」

「あっそ。レイ。こんなシスコン男は放っておいて先を急ぐわよ!」

「かしこまりました。それではシスコン男様、私たちはこれで失礼致します」


 レイは、スズナの背中に飛び乗ると両手足でガッチリと上半身に自分の身体を固定し始めた。


「お前ら何を?」

「何って私と勝負するんでしょ? だからもう出発するのよ」

「んっ。んあっ」


 レイは、ちょっとばかり声を漏らすと背中から鋼の翼が飛び出した。そして、どこかで聞き覚えのあるエンジン音が響き始める。


「お前まさか戦闘機用のジェットエンジンを使う気じゃないよな!?」

「あんなバカでかいやつ付けられるわけないでしょ」


 翼の先端部分には、ペットポトル500mlくらいの大きさのジェットエンジンを搭載してあり、小型だが戦闘機さながらな速度が出るほどの馬力がある。翼の根元部分には重力装置を内蔵し、飛行に特化した改造が施されている。


「ってか、制限(リミッター)の解除は重罪だぞ!」

「緊急の場合は特別許可が下りるらしいわよ」


 スズナは自前のヘルメットとゴーグルを装着すると物凄い音でエンジンを吹かし始めた。


「でも、周りに人がいるのにそれはダメじゃないか?」


 エンジンを吹かすと強風が吹き荒れ、周囲の人々は突然のことに驚きを隠せないでいる。


「別にここから全速力で飛ばないから大丈夫よ。それとも悔しいのかしら? まあ、一番は私で決まりだけどね!」


 そう言うと、重力装置であっという間に空高く浮上し、人に被害が出ないところまで到達すると、エンジン全開で第3司令部に向かって飛んで行ってしまった。


「あいつ本当にめちゃくちゃだな」


 ALICEの制限解除は、今まで国民の誰もが見たことがなかった。クラフターですら普通の人間と見間違えてしまうほどのALICEが突然、鋼の翼を広げて飛んで行ってしまったのだから、メインストリートは大騒ぎだ。

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